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犬養道子 「お嬢さん放浪記」

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犬養道子『お嬢さん放浪記』を読んだ。2年前くらいだったかな。正月に養老猛と彼女が対談していた番組を見て以来、気になる人だった。

犬養毅の孫である著者が、戦後間もない時期にアメリカ、ヨーロッパを転々とする話。「あなたが争いよりは友情を、非難よりは理解を、愚痴よりは建設を、あなたのまわりに引き入れるような人になってもらいたい」。昭和23年に留学先のボストンで、彼女は奨学金の出資者にそう伝えられたらしい。

心に残る言葉だね。いつか自分に子どもができたら、そんな言葉を伝えたいもんだ。その前に、自分がそんな人にならないと。30歳まであと二年。区切りの日に、そんな抱負を。

お嬢さん放浪記 (1978年) (中公文庫)
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犬養 道子
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Written by shunsuke

2006年10月1日 @ 3:01 AM

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  1. NZにいる時(1997)、通っていた高校でできた友達・・・旧ユーゴスラビアの子とクロアチアの子。私が見る限り、二人は同じ言語で会話していた。だけどお互い、「彼女と私は違う言葉よ」と言っていた。ユーゴスラビアの子は「彼女は嘘つきだ」と言い、クロアチアの子は「彼女に私の友達を殺された」と言う。二人はコソボ紛争の難民。
    留学仲間のベルギーの子に「あなたの国は、ナチスドイツの見方だった。それについてどう思うの?」と聞かれた。
    ニュージーランド人の友達に「私のおじいちゃんは、あなたの国に殺されたのよ。」と言われた。
    日本人の友達と二人でショッピングモールでの買い物の後、帰るためのバスを待っていた。日本語で会話しながら。背後から水をかけられ、石を投げつけられた。
     
    当時、私は17歳だった。
     
    戦争が残したもの。
    50年後にも傷を与え続けていた。
     
    No better.  No worth.
    Just Different.
     
    有色人種である事実。敗戦国に生まれた事実。
    自分ではどうしようもない事実がたくさんあり、それを背負って生きなければならない。
    昭和の後半に生まれ、平成に育ち、戦争が何かも知らない17歳の少女に与えた傷は小さくはなかった。10年たった今の私にもある種のトラウマになっている。
     
    争いよりは友情を
    非難よりは理解を
    愚痴よりは建設を
     
    良い言葉。
    みんながこう思えるようになった時、戦争はなくなるのかな。

    仁美

    2006年10月8日 at 11:53 PM


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