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Archive for 5月 2007

レバノンの苦悩

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レバノンで国軍とファタハ・アル・イスラムの武装衝突が続いている。

昨年はシーア派武装組織ヒズボーラとイスラエル軍の衝突だったが、今回はアルカイダに近いと言われる武装組織ファタハ・アル・イスラムと国軍との衝突。ファタハ・アル・イスラムはパレスチナ解放機構(PLO)の穏健派ファタハから分派したスンニ派武装組織で、シリアを拠点とすることからシリアから武器供給を受けていると考えるのが自然だろう。

北部のトリポリ近郊のパレスチナ難民キャンプで起きた衝突は拡大し、死者は80人を超えたという。衝突が拡大した経緯も、パレスチナとイスラエルの構図と同じ、報復行為。まるでレバノン内戦時に逆戻りした感じだ。

イスラエルとヒズボーラの衝突が終わったと思ったら、今度はまた別の衝突。ニュースを聞くたびに暗い気持ちになる。やられたらやり返す。やり返さなかったら相手はまたやってくる。仕方ないと言ってしまってはそれまでだけど。

「別にイスラエル人すべてが憎いわけじゃない。でも、自分の友人、恋人、家族を殺したヤツが目の前にいたら、僕は銃を手にとるよ」

数日前シリア在住のレバノンの友人とメールをしたとき、かなりリベラルと思っていた彼の言葉が印象的だった。そんな彼に対して、僕は返どんな言葉を返すべきだったのか。

もし、彼のような状況に置かれたとしたら、はたして僕は銃を手にとるのだろうか。せめて彼らの境遇だけでも感じとろうとしたが、今の僕にはその場面を現実のものとして想像することすらできなかった。

Written by shunsuke

2007年5月26日 at 11:24 PM

バベル

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久しぶりの更新、一ヶ月も滞ってしまった。

ゴールデンウィークは、間に仕事が挟まり前後四日間の連休になった。台湾旅行はあきらめて前半は草津へ、後半は名古屋でゆっくり。できたばかりのミッドランドスクエアの映画館に「バベル」を見に行った。

バベルの塔は、旧約聖書で人々が違う言葉を話して世界に散らばっていった原因として描かれている。翻って察するにこの映画の主題は、言語・文化・人種・国家これらを共有しても存在する人と人との溝と、それらが異なることの壁の高さ、そして時にこれらが異なっていても気持ちが通じることの素晴らしさということなのだと思う。それらの主題の暗喩するためバベルという題名をつけたのだろう。

旧約聖書でバベルの塔がきっかけで世界中に散らばって異なる言語を使用している人間が、今の世界では些細なことでつながっていくほど小さい世界になっていること。さらには、たった一つのボタンの掛け違いでこれまで積み重ねてきたものが崩れてしまうような世界に我々が住んでいるからこそ、家族・友人・恋人とのつながりの中で伝えるべきことを伝えて積み重ねていく信頼関係が大切なのだ、そう作者は伝えたかったのだと感じた。

僕個人的には、メキシコ育ちの同行者「メヒコが見たい」の一言で見に行ったのだけど、アフリカ、日本、北中米で展開する物語の各シーンに自分がかつて現地で感じたことのある感覚を思い出しながら見られたのは面白かった。中東のイスラム圏で観光客相手に商売する農村の民と、それをそして「そうさ、メキシコは危険だ。だってメキシコ人がいっぱいいるからな」と笑い飛ばすメヒカーノ。メキシコ人イニャリトゥ監督だからこそ描けた、アメリカそして他の地域に対するアメリカ的視点の描写は素晴らしかった。

ドキドキハラハラする映画ではない。前半から各所に「これから何か起こるぜ」といった不安感を駆り立てるシーンが散りばめられていて、最後にストーリーが一つにつながっていく。アラブ圏や中米に関係のある人にはおすすめの映画。

Written by shunsuke

2007年5月6日 at 2:37 PM

カテゴリー: エンターテイメント