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DAY2: ラホールからラワールピンディへ

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朝6:30、猛烈なかゆみで目が覚めた。どうやら左の足首をダニにやられたらしい。パキスタンで40ドルも払って泊まったホテルでダニにやられるなんて、まったくついてない。

窓を開けると土の道のところどころに水溜りが浮かんでいる。どうやら昨夜眠りについた後に雨が降ったようだ。部屋の中に吹き込む風が心地よい。通りを歩く人たちは老若男女みな白い薄手のダブダブの服を着ており、いわゆる洋服を着ている人はほとんど見当たらない。ちょうどみなオウムの麻原彰晃が着ていたような服をイメージしてもらえればぴったりだろう。涼しいのだろうけど、パキスタン第二の街でほとんどの人がそういう格好をしていることには以外だった。

そういえば、昨夜日本で言うところの最高裁長官がラホールにやてきたらしく、23時過ぎにもかかわらず横断幕を掲げた人たちが道端に集まり、トラックの荷台に乗りながら何かを叫んでいた。けたたましい音楽にグリーンのライト、そしてそれを取り囲む警官たち。彼らの言葉を解さない僕には歓迎なのかモスク事件のデモなのかはわからなかったが、気味が悪かったのはどうやら皆が同じ白い服を着ていたせいだったのかもしれない。

午前中はオートリキシャに乗り、街の名物ラホールフォート(Lahore Fort)とバードシャヒモスク(Badshahi Mosque)へ出かける。ムガル帝国の5代皇帝シャージャハンが残した庭園、建築物がここラホールには多く残されている。唯一の外国人観光客の僕に近寄ってきた若者ガイドと一緒に砦と庭園、そしてモスクをめぐる。砦は質実剛健、庭園は豪華絢爛、そしてモスクは一度に10万人が集うことができるという。モスクはダマスカス以来だが、ようやくイスラム国家に来たという気分になる。

午後はバスターミナルへ向かい、ラワールピンディ行きのバスを探す。どうやらパキスタンでは主要なバス会社は独自のバスターミナルを持っているらしい。ラホール‐ラワールピンディ間はどうやら「ダイワバス」がいいとのこと。タクシーでターミナルへ行くと、なんと韓国のDaewooのことだった。さすがに「ダイワバス」ではわからない。

13:00、押し合いながら窓口でチケットを買いバスに乗り込むと飛行機のCAのようなサービスがあった。パキスタン=女性は社会進出なし、というイメージだったのですこし驚く。さらに沿道に目をやっていると、女性専用スポーツジムがあった。パキスタンの女性アスリート・・・機内の高校教師といい、イスラム国家を掲げながらしっかり女性は地位を固めているのかも。

ラワールピンディまでの道は高速で5時間余り。沿道に目をやっていると、道端で座っている男性が多い。よく見たらみな用を足しているだけだった。オウム服を着ているとどうやら立ちションができないようだ。そういえば、空港とバスターミナルのトイレの小便器は僕が背伸びをしてやっとたどり着くほど高い位置にとりつけられていた。きっとみな個室に入っていくから、西洋人の高さに合わせたのだろう。いい迷惑だ。

ラワールピンディですぐに北部ギルギッド行きのバスに乗り換える。有力バス会社の大型バスは売り切れで、頼りないバスしか席がないが時間がない僕には選ぶ余地はなく、こんなギラギラバスに乗ることになった。

隣のイスラマバードでゴタゴタやっているのも怖いし、さっさと移動するのが賢明だ。回りはみな髭もじゃもじゃのオウム服の人たちに囲まれて、オンボロバスは19:00に出発。これが長いバス旅の始まりだった。

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Written by shunsuke

2007年7月29日 @ 11:07 PM

カテゴリー: 2007/07 Hunza

コメント / トラックバック2件

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  1. もう日本に帰国したのかな?
    とりあえず無事で、旅をしながら色んなことを考えつつも楽しんでいる様子が伺えてよかった。 
    今はさらっと読んでみただけで申し訳ないけれど、シュンスケは私が知らない世界をたくさん教えてくれる頼もしい友だよ!
    写真にも惚れ込んでるしね(笑)
    ゆっくり会って、旅の話をもっともっと聞けるといいなー!!
     
    ちなみに私も先週、石垣島と竹富島に旅行に行ってきました。
    今回は初めての沖縄ということもあり、完全レジャーだったけれど、次は島のことを色々勉強して訪ねたい。

    倫子

    2007年7月30日 at 9:43 AM

  2. >c77/22に無事帰国しました。20歳前後の頃は「とにかく安く!」っていうことが前提だったけど、今はほとんどガイドを頼むことが多いね。もちろんあたりはずれもあるけれど、ガイドの伝える歴史背景を知って初めてその建築や遺跡のすごさを知ることが多い気がするよ。その土地、人々に敬意を払うことにもなるだろうし。きっと石垣島も竹富島も景観の美しさ以外にも深い歴史が隠されているんだろうね。

    Shunsuke

    2007年8月6日 at 4:21 AM


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