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カシュガル行きのバスはギルギットの先で僕を拾ったあと、ポプラが茂る谷を国境の街スストへと向かう。荒涼とした岩山はますます険しくなり、氷河が道に迫る。乗客は僕のほか、みなパキスタン人。男だらけ総勢16名。

12時過ぎにススト着、ここで一時間くらいかけてイミグレを通過していよいよフンジュラーブ峠越えの道に入っていく。ここから中国側のイミグレがあるタシュクルガンまで200kmあまり街はなく、ただひたすら灰色の岩山と、谷沿いに茂る緑、そして青い空だけが広がっていた。

スストから二時間あまりで国境の峠を通過。4730mということだが、チベットからネパールへの峠ほどの雄大さはなかった。冬のヒマラヤがそれほど雄大だったのか、それとも僕の感性が磨耗しただけなのか。

国境を越えて5分くらい行くと、中国側の手荷物検査があった。ここで乗客はみな荷物を持って降り、パキスタン側と同じように中身をすべて開けて係員に見せなくてはならない。解放軍の部隊らしき係員はみなまだ若く、よく聞くと大学院時代に聞きなれた四川訛りが聞こえる。きっとみな各地の農村からやってきたのだろう。

別に中国という国が好きなわけじゃない。これまで行ったことのない国に行く時の高揚感はない。だけど戻ってきたと感じる国は日本を除けばこの国だけだ。三年ぶりの中国。雄大な景色と緑の解放軍服、そしてふるさとを遠く離れて働く彼らの四川訛りを聞いてそんな感情がこみ上げてきた。

国境からさらに一時間半走り、北京時間午後9時に中国側のイミグレ、タシュクルガン着。国境でチェックしたはずなのに、再度荷物を全部出してチェックする。これで今日四回目。当然そこには長蛇の列。もちろん横入りする中国人、それに負けじと僕の背中にピタッとくっついてくる髭もじゃもじゃのパキスタン人。ああ、耐え難い匂いだ。

30分にわたるイミグレを抜けて、中国のスタンプが押されたパスポートを受け取ると、同じバスの乗客とタシュクルガン行きのバスに乗ってきていたツーリストたちがビールを片手に迎えてくれた。イギリス人、ドイツ人、カナダ人、韓国人。そして白いオウム服姿のパキスタン人たちもうれしそうにビールを飲んでいる。「cheers for free beers!!」乾杯を繰り返し無事中国に着いたことを祝いあう。一日に四回も荷物を検査され山道を越えた末に中国にたどりついた乗客たちは、いつの間にか苦難を共にした仲間となっていた。

そこから先のバスは、まるで遠足のようだった。ビール片手にみなが各国の歌を歌い合い、バスの中は歌声と笑い声が響き続ける。お祭り騒ぎは、途中カラクリ湖で数人が降りるまで一時間ほど続いた。単純なのかもしれないけど、結局目的や喜びを共有するってこういうことなんだろう。そしてそういう時は、恥とか見栄とかすべての心のストッパーを取り払ってただ楽しむ心を解放するに限る。隣で歌うムハンマド↓

今日このバスに乗り合わせた以外に何も接点のない僕らが、違いを超えて喜びを共有する。きっとこのうちのほとんどにはもう二度と出会うことはない。そんな仲間たちで愉快な時間を過ごせたことが最高にうれしかった。これこそ旅の醍醐味であり、僕が求めていたものだった。この夜のことはこの先も忘れることはないだろう。そんな最高の時を過ごせた国境越えだった。

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Written by shunsuke

2007年8月14日 @ 3:38 AM

カテゴリー: 2007/07 Hunza

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