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DAY8: カシュガルにて

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 カシュガル。なんて旅愁を感じさせる響きなんだろう。名前を聞いただけでポプラ並木と砂漠、そして喜多郎の音楽が流れてきそうな気がする。小学校の時に祖父が持っていたシルクロードのビデオを見て以来、長年憧れていた場所に僕はたどりついた。ちなみに19世紀生まれの祖父は80歳を越えてマチュピチュに行ったつわものである。僕の旅好きは血も影響しているようだ。
 
「カシュガルはすっかり中国化されてしまったよ。ほとんど見るものはない」実はそんな話をフンザで聞いていた。確かに到着後街を歩いても、パキスタンと比べるとどこかそっけない。街中に溢れている漢字を見ると確かに中国に来たことを実感するのだけど、道行く人の八割は高い鼻のウイグル人、そして聞こえる言葉はウイグル語。きっと北京のほうから来たら異国情緒たっぷりなのだろうけど、パキスタンから来ると中国に来たのか、パキスタンの続きなのかイマイチ中途半端な感じだ。
 
旧市街にはこんな石畳の道が続いている。
 

午後、手紙を出しにホテルの代理店に入ると、ウイグル語の単語帳が置いてあった。そうか、中国語(漢語)を使っているから皆そっけないんだ。郷に入れば郷に従え、一番重要なことを僕はすっかり忘れていた。

これまで旅の間、たとえ数日の短い滞在であっても現地の言葉をできるだけ覚え話すことを心がけてきた。それが彼らの育んだ歴史と文化に対するよそ者の僕が払うことのできる最大限の敬意だと、僕はそう感じていたからだ。そんな大事なことを最後の日まで忘れているなんて、なんてもったいないことをしたのだろう。パキスタンでウルドゥー語やブリシャスキー語を数単語でも話せていれば、違った旅になっていたに違いない。

夕方早速単語帳を携えて宿から旧市街へと歩く。街の中心部から一歩入ると、急に漢人の姿が消えシリアで見かけたようなアラブ風の建物が立ち並ぶ。道端にはヒゲもじゃもじゃの男たちがくつろぎ、羊を焼く煙があたりに充満する。そんな街に合うのは漢語ではなく、やっぱりウイグル語だ。

 
単語帳を片手にウイグル語で会話をしようとすると、漢語を話していた時はむすっとしていた人たちの表情が和らいでくる。そして、以外と漢語を解さない人が多いことに気がつく。老人はわかるのだけど、小学生くらいの子どもたちに漢語が通じないことが多いのにはびっくりした。漢語教育を受けているはずなのに、日常会話がウイグル語だからなのか、それとも学校に行っていないだけなのか。逆に雲南や四川で少数言語が消滅しようとしている今、こうしてしっかりと民族の歴史と文化を言葉を通じて受け継いでいるのはうれしくなる。
そうこうしている間に20時間のカシュガル滞在も残り少なくなり、飛行機の時間が近づいてきた。夜10時を過ぎてようやく暗くなり始めた街を離れタクシーで空港へと向かう。

ものごとの終わりはいつも寂しいものだ。だけど今回に限っては旅が終わるという寂寞は感じなかった。国境越えとカシュガルで自分の核となる感情に改めて気がつくことができたこと、そしてその表現方法は間違ってはいなかったこと。きっと満ち足りていたからだろう。夕暮れのポプラ並木の道を自転車で行きかう人の流れを見つめながら僕はそう思い、カシュガルをあとにした。

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Written by shunsuke

2007年8月15日 @ 12:22 AM

カテゴリー: 2007/07 Hunza

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