人に学びて、自然とともに生きる

Never stop exploring, Keep your curiosity fresh

徹夜おどり

with 2 comments

気がつけばもう九月。企業で働いていると学期や学年の区切りがないので、季節と季節の変わり目を知らずに過ごしてしまっていることが多い。この夏は、夏の節目を感じることが多かったが、中でも8月の上旬に郡上八幡の郡上おどりに行ったのは印象に残った一夜だった。

郡上おどりは夏の間7月上旬から9月上旬、32日間にわたっておどり続ける。そのうち8月13-16日の徹夜おどりは、まさに文字通り朝方までおどり続けるおどりのクライマックスだ。

8月15日、仕事を終えて夜10時ごろ郡上八幡に着く。街はおどりが行われているのが嘘なくらい静かで、せせらぎが流れる古い町並みはひっそりとしていた。昼の暑さが冷め切らない夜の町並みをうっすらと聞こえる歌い手の声を頼りに歩いていくと、次第に往来は多くなり下駄をならす音が大きくなる。

出店が見えた角を曲がると、そこがおどり会場だった。十字路の中心にあるやぐらで歌い手が音をつむぎ、十字路を老若男女がおどり続ける。阿波おどりやよさこいのようににぎやかにおどるものかと思っていたのだけど、みな黙々と歌に合わせておどり続ける。一曲20分くらいの間、音に合わせて下駄をならし、みなおどり続けるのだ。一曲終わると、すぐに別の曲が流れる。そして人々はみな踊り続ける。

僕はおどりの輪に入るつもりで郡上まで行ったのだけど、黙々とおどる人たちの前でなかなか入るきっかけが見つからなかった。結局15分くらい踊ってすぐに輪から離れて、あとは踊る人々をただ眺める。よそ者を受け付けない、そんな雰囲気が僕の足をすくませていたのだ。

もともと日本の祭って地鎮祭や豊作祈願祭なり、地元の人間が土地への感謝を表すものだったと思う。その土地で生まれ育った人間がその土地への感謝を表す。徹夜おどりはそんな昔ながらの本来の祭の形、意味を残している祭だった。

ふるさとでその土地の人々が守り続けてきた祭に、小さい頃から転勤続きだったでふるさとと呼べるような場所がない僕が入っていくことができなかったのは当然なのだと思う。いや、むしろ入っていかなくて正解だった。日本全国津々浦々、それぞれの土地に生まれ育った人々が守り続けた祭がある。ふるさとっていいなあ、そんなことを改めて感じた今年の夏だった。

広告

Written by shunsuke

2007年9月2日 @ 8:25 PM

カテゴリー: 旅行

コメント / トラックバック2件

Subscribe to comments with RSS.

  1. 郡上踊り行ったの?
    あれはいいよねー。マイ地元、岐阜って最高!!
    って言っても、郡上までは車で1時間半くらいかかるけどね。
    俺も1回、行ったことあるけど、2時くらいまで踊ってたよ。
    流石に徹夜で踊るのは無理やったわ。
    まー、また機会があったら、次回は是非、
    行って踊ってくださいな。  まつ

    Masahiro

    2007年9月3日 at 8:43 PM

  2. >まつコメントありがとーそうなんだ、まつ岐阜出身だったんだ。来年も時間をつくってぜひ行きたいと思ってる。よかったらぜひ一緒に。

    Shunsuke

    2007年9月11日 at 8:39 PM


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。