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Archive for 8月 2008

村上春樹の世界

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千葉に引っ越してきて一ヶ月半。最近ひと駅行ったところにある図書館によく行くようになった。昔は返すのが面倒であまり好きじゃなかったけど、行ってみると意外に最近の本も置いてあったりしてなかなか使える。これ以上部屋に本を置くスペースもないし、何よりタダって素晴らしい。
 
先週は村上春樹の『海辺のカフカ』を読んだ。久しぶりの村上春樹。『風の歌を聞け』を読んだ高校一年の夏、カリフォルニアの乾いた風が吹いているような爽快感と、ちょっとナイーブな主人公たちがつむぎだす言葉たちに夢中になった。どの作品を読んでも、本に心の何かを抜き取られたかのような虚無感があり、その読んだ後の空っぽの感じが当時の僕にはたまらなかったのだ。僕はフィッツジェラルドとサリンジャーを読み、形而上学とメタファーの意味を覚えた。けだるい脱力感と予想もしない想像の連続、今思うと村上春樹の小説とマリファナはすごく近い。
 
さておき、『海辺のカフカ』。相変わらず読み手から何かを吸い取るような文章は健在だけど、『羊をめぐる冒険』や『ダンスダンスダンス』のような世界観の広がりはなくなっている感じがする。もしかしたら作家としての成長、というものなのかもしれないけど。ただ、すべてを否定し、すべてを肯定する感覚はデビュー以来何ら変わっていない。つまり空虚だ。やはり完璧な文章など存在しない、完璧な絶望が存在しないように。 
 
もはや彼の本は文字を追うのではなくて、村上春樹の雰囲気を味わうことが目的になったのかもしれない。村上春樹的にいえば、僕らは本を読んでいる時点で形而上学的な文字を追っているのではなくて、そこにあるものを感じているだけ。つまりは読者の中には村上春樹はすでに存在せずに、メタファーとしての村上春樹だけが(村上春樹的なものだけが)存在するってことなんだろう。
 
やはり完璧な文章など存在しない、完璧な絶望が存在しないように。 
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Written by shunsuke

2008年8月22日 at 1:20 AM

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ウズベキスタン航空の不思議

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9月のウズベキスタン旅行のキーポイントだったタシケント-ウルゲンチ間の航空券を無事購入。
 
10日間くらい前にウズベキスタン航空に問い合わせていたんだけど、「20人くらいキャンセル待ちだからね~」と言われキャンセル待ちに。ウズベク航空から全然音沙汰がなく、てっきりもう満席なと思い諦めかけていた。
 
昨日、トルクメンツアーを頼んだついでに旅行会社のお兄さんに問い合わせてみたら、ぽつっと一言「あー、あの人たち仕事しないですから、とっときますよ」。するとあっさり今日の午後にはとれてしまった。これって一日で20人抜きってことね。日本語流暢なウズベキスタン航空のお兄さんは何をしていたんだろう・・・手数料込で一万円。8000円ちょっとと聞いていたから、20人抜きで1000円ちょっとと思えば安いもんだ。
 
これで旅程もこんな感じで決まり。トルクメニスタンツアー参加者は見つからず、一人でガイドと車を雇うことになりそうだけど、まあいいや。なにせトルクメンだから。
 
9/18(木) 成田13:30/ソウル16:00/タシケント21:00
9/19(金) 朝一でタシケントからウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ 
9/20(土)終日ヒヴァ(ヒヴァ泊)
9/21(日)ヒヴァから乗り合いタクシーでトルクメニスタン国境を越えクニャ=ウルゲンチからアシュガバッドへ(アシュガバッド泊)
9/22(月)午前中アシュガバッド観光、午後マリへ移動し夕方メルブ遺跡へ(マリ泊)
9/23(火)マリから車でウズベク国境越えてブハラへ(ブハラ泊)
9/24(水)ブハラからサマルカンドへ(サマルカンド泊)
9/25(木)終日サマルカンド
9/26(金)サマルカンドからタシケントへ(できればレギスタン号乗りたい)
      タシケント22:20/ソウル翌日08:50/羽田18:45
 
先週末に図書館で予約していたCD付ロシア語会話も無事ゲット。さっそく明日から毎朝電車の中でipod聞きながらロシア語つぶやこう。

Written by shunsuke

2008年8月20日 at 11:00 PM

カテゴリー: 旅行

オリンピックと中国

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北京オリンピック真っ只中。今夜もテレビをつけたら野球の台湾戦をやってる。7回表で2対1で日本リード、台湾戦なのにすっかりおなじみになった「中国加油!(中国がんばれ)」の声が聞こえるのは、きっと地元民が叫んでいるのだろう。
 
聞いたところによると開会式の視聴率が98%だったとか。中国にとってみたら1840年のアヘン戦争以来の雌伏の時を経て、ようやく世界の中心に戻ってくる象徴的なイベント。こちらの常識を超えた盛り上がり方もわかる気がする。
 
そういえば、2001年に北京でのオリンピック開催が決まった時もすごかった。その時僕は雲南での留学を終え、昆明の自宅で旅に出る準備をしていた。その日は朝からCCTVでオリンピック特集、そしていざ北京開催が宣言されると、大地が揺れるかのような歓声に続き爆竹があたりに響き続けた。
 
1997年に日本が初めてサッカーW杯に出た際、岡野がゴールを決めた時の筑波の学生宿舎(平砂9号棟)もすごい歓声だったけど、あんなもんじゃなかった。まるで13億の人民が叫び飛び跳ねていたかのような騒ぎだった。テレビを見ると「我们赢了!(私たちは勝った!)」の大きなテロップが画面一面に広がっている。私たちは勝った。この表現今思うとすごく中国(人)のメンタリティを表している気がする。うまく表現できないのがもどかしいけど、これが中国なんだよなあ。
 
振り返れば、2000年のシドニーはラオスから雲南を経て香港への長い旅の途中で、2004年は陝西省の山の中で公安にイチャモンをつけられていた。ゆっくり日本でオリンピックを見るのは12年ぶりになる。
 
4年後はどこで見ることになるんだろう。できれば中国以外の場所で見られたらうれしいな。

Written by shunsuke

2008年8月14日 at 10:46 PM

「とんかつ太郎」を想う

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一昨日の昼、無性にかつ丼が食べたくなった。銀座のオフィスを出て有楽町まで歩き、友人からうまいと聞いていたガード下のかつ屋さんへ急ぐ。
 
僕はかつ丼が大好きだ。海外にいた時、食べたくなる日本食は?と聞かれたら、僕は迷わずかつ丼と答える。ちなみに二位はラーメン、三位はオムライス。ともかくかつ丼が好きなんだけど、そのきっかけはつくばで暮らしたことがある人ならよく知る「とんかつ太郎」(通称「太郎」)だった。
 
僕の太郎デビューは遅く、大学5年の秋のこと。「うめえかつを食べさせてくれる大将がいるんだよ、フィリピンパブの前に行こうぜ」最近めっきりテレビに出なくなった、やるせなすの石井ちゃんそっくりの先輩はそう言って僕をとんかつ太郎に連れていった。誤解がないように言うと、二人でフィリピンパブに行ったわけでなく、太郎は僕がアルバイトをしていたフィリピンパブのそばにあり、バイト前に行くにはちょうどよかったのだ。
 
「へい、らっしゃい!」店に入るとまるで寿司屋の職人のようなたたずまいの大将から威勢のいい声が飛んでくる。まずは前菜のポテトサラダ。まるでマッシュポテトのように柔らかくて甘いポテトサラダだ。そしてかつ丼。かつ丼用に薄く調理してちょっと甘めのタレが染み込んでいる肉に、タレが染み込んでもサクッとした衣。そしてシジミの赤だしみそ汁。すべてが完ぺきだった。
 
それから僕は週に一回はとんかつ太郎に通った。最初は一人で行けなかったのに、気がついたらいつの間にか一人でのれんをくぐって読売新聞持ってカウンターに座っている自分がいた(そう、太郎には読売新聞が置いてあった)。かつ丼だけじゃなく、ロースかつ、ひれかつ、串かつ、ミックス定食、どれもがうまかった。そして安かった。
 
次第に店の主人である大将と二言、三言言葉を交わすようになったが、かつを揚げている間は大将とはほとんど話すことはなかった。後で聞いたところ少しの音の違いで揚げ具合を聞きわけていたらしい。客がいるときにアルバイトの私語が多いとその場で叱る。かつ丼600円のお店で、それほど真剣勝負をしていたのだ。
 
そして太郎に通い始めて2年ちょっと経った確か2004年の秋、調査から帰ってきて店に行こうとしたら「しばらく休みます」との張り紙があった。どこか旅行にでも出かけたかなと思い、二週間後に行ったがまだシャッターはしまったまま。そのうち風の噂で癌で亡くなったとの知らせを聞いた。
 
あれから4年。僕は社会人になり、赴任、出張でいろいろな土地に行くたびうまいかつ屋さんを探して食べ歩いたが、まだとんかつ太郎を超える味に出会ったことがない。学生の時には気がつかなかったが、あの値段であれだけうまいかつを食べさせてくれていたのはものすごいことだったのかもしれない。
 
結局、有楽町のかつ屋もそれなりだったけど、かつ、みそ汁、付け合わせ、どれをとっても太郎を超える味ではなかった。もちろんコストパフォーマンスは言うまでもない。いつの日か太郎を超えるとんかつ屋さんに出会うまでメタボにならない程度にかつ屋めぐりをしていきたい。
 
皆さん、おすすめのとんかつ屋あったらぜひ教えてください。かつ好きな人、一緒にかつめぐりしましょう。

Written by shunsuke

2008年8月13日 at 9:32 PM

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富士山頂でライスシャワー

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先週末、富士山へ登った。二年半前にトルコのカッパドキアからシリア国境に向かうバスの中で出会った友人に誘われて、10数人で登ってきた。
 
富士山は学生時代夏休みにアルバイトしていた場所。梅雨が明けた8月上旬は7月8月の登山シーズンでも一番人出が多く、新宿から富士山五合目までのバスチケットがとれずに、まず河口湖に向かうことになった。
 
河口湖で山小屋、蓬莱館に差し入れる桃を買う。さすが山梨、桃の産地だけあって1個100円で売っていたので、人数分も買う。白い身に(当たり前だけど)桃色が差し、ほどよい熟れ具合だ。これはうまそう!みんなで頂上で食べよう。
 
五合目はツアー客を含んだ登山客でいっぱいだった。よく見ると見慣れた顔のガイドさんも見える。ここでアルバイトをしていたのはもう何年も前のことなんだけど、挨拶するとガイドさんも山小屋のスタッフも僕のことを覚えてくれていて、うれしかった。富士山で働いていた時は、数えきれない人たちと接した時間を通じて旅での感動を共有する喜びを教えてもらった。ここは今でも僕にとって大切な場所だ。
 
天気はうす曇り、無風。いつも風が吹いている富士山では絶好のコンディションだ。途中7合目から登山客で渋滞し、いつもなら3時間くらいで登れるところ4時間半かけて八合目蓬莱館に到着する。これだけ人が多いと、12時前には起きないと登山道で渋滞が起こり頂上でご来光を見るのは難しい。ここは快適な登山が目標ということもあり、後発組と八合目でご来光を見ると決めみな夕暮れを眺めながらでビールで乾杯!なんというか、雲の上でビールを飲む、このシチュエーションたまらないよね。
 
翌未明、4時前に起床。周りの人たちが頂上でのご来光に向けてガサゴソと準備をするなか、僕らは高いびきで7時間ほど熟睡したことになる。ほとんどが初の山小屋だったのにこの熟睡ぶりはすごい。さすが旅慣れたやつらは違う。
 
この日の朝は眼下に雲海が広がりその上は好天、一番よくあるパターンのきれいなご来光だった。間抜けなことにご来光に見とれて写真を撮り忘れた。ということで、これまで見たご来光の中で一番きれいだったのを。ちなみに2005年8月4日だったはず。
 
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もう何十回も富士山でご来光を見ているけど、いつ見ても神々しい。日が出る前は容赦ない寒さと猛烈な風が吹き、まるで生き物を拒むかのような場所なのに、一本陽光が差し込んだだけで世界は暖かい光に包まれる。まるで神様がそこに命を吹き込んだかのように、ただきれいなだけじゃなくてそこにすがりたくなる美しさがある。
 
日が出てから2時間ほどで頂上に到着。頂上で河口湖から持ってきた桃を食べ、今度結婚することになった二人を山小屋から持ってきた米でライスシャワーで祝福する。ライスシャワーというよりもはや豆まきみたいだったけど、二人ともおめでとう!
 
下りは二時間で五合目まで下って、新宿駅で5時からビールで乾杯。ヨウスケ、コータロー、誘ってくれてありがとう。充実した週末だった。
 

Written by shunsuke

2008年8月11日 at 11:30 PM

カテゴリー: 旅行

ウズベキスタンの旅程案

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ウズベキスタン行きのチケットを予約して一週間。だいぶスケジュールが固まってきた。できたらもう一カ国行けたらいいなあと4travelでいろいろ調べていたらトルクメニスタンにも行けそうなことが判明。なにせ別名「中央アジアの北朝鮮」、「オレ様の国」…これは面白そうだ。
 
トルクメニスタンはトランジット以外は個人旅行が禁止。旧ソ連圏に強い代理店に問い合わせたところ、手配旅行で3泊4日8万円ちょっとで行けるとのこと。むむむ!これは行くしかない。
 
月曜日に二日目朝のタシケント/ウルゲンチの飛行機をウズベキスタン航空に問い合わせたけど、キャンセル待ちでいまだ返答なし。朝に移動できると楽なんだけど、無理なのかな。今のところ旅程はこんな感じ。
 
9/18(木) 成田13:30/ソウル16:00/タシケント21:00
9/19(金) 朝一でタシケントからウルゲンチへ飛び、ヒヴァへ(航空券とれたら:ヒヴァ泊/とれなかったら終日移動・・・) 
9/20(土)終日ヒヴァ(ヒヴァ泊)
9/21(日)ヒヴァから乗り合いタクシーでトルクメニスタン国境を越えクニャ=ウルゲンチからアシュガバッドへ(アシュガバッド泊)
9/22(月)午前中アシュガバッド観光、午後マリへ移動し夕方メルブ遺跡へ(マリ泊)
9/23(火)マリから車でウズベク国境越えてブハラへ(ブハラ泊)
9/24(水)ブハラからサマルカンドへ(サマルカンド泊)
9/25(木)終日サマルカンド
9/26(金)サマルカンドからタシケントへ(できればレギスタン号乗りたい)
      タシケント22:20/ソウル翌日08:50/羽田18:45
 
こう見ると、やっぱりタシケント/ヒヴァ間の移動がどうしてもネックになってくる。なにせ陸路で移動になるとバス14時間、鉄道19時間・・・逆にいえば、トルクメニスタンツアーを手配するには出入国日と地点を報告しなければならないから、先にFIXしなきゃ前に進まない。最悪の場合、逆回りでもいいか。サマルカンド/タシケント間の鉄道にも乗りたいし・・・さあ、いよいよ楽しくなってきた。

Written by shunsuke

2008年8月9日 at 10:41 AM

カテゴリー: 旅行