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ちょっとまじめに中国の教育の話

with 2 comments

日曜日、彝族の知人と東京見物をしてきた。東京駅から皇居の二重橋まで歩き、東京タワーにのぼって、浅草でもんじゃ焼き。毎日東京駅まで通っているのに皇居をきちんと見たのが初めてだったら、東京タワーにのぼったのも初めて。これぞまさに灯台もと暗し。
 
一緒に行った彼は中国四川省の涼山州出身の少数民族、彝族の青年の李さん。6年前に僕が少しかかわったプロジェクトで始めた日本語学校の一期生として入学し、今では自分が卒業した涼山民族中学の(日本で言えば高校ね)日本語クラスで"李先生"として日本語を教えている。
 
今回、JICAの研修で初めて日本に来たのだけど、昨年日本語能力検定試験の一級に合格した彼の日本語は滑らかだ。彼の故郷は四川省の山の中、(たしか)高校も出ていない彼がここまで日本語を習得してそれを生活の糧とするまでの道のりは楽ではなかったと思う。
 
中国は貧富の差が激しい。国の内陸部と沿岸部、そして農村と都市でそれぞれ何倍もの収入の差がある。そしてそれ以上に悲しいのは教育を受ける機会にも大きな格差があることだ。
 
中国で義務教育が無償となったのは2006年の9月で、2004年に僕が陝西省で調査をした村では義務教育の小学校、中学校の学費と教科書代を払うために親が出稼ぎに出ていることが多かった。当時調べた結果では、各省の財政状況によって学費と教科書代が設定されていたため、税収が少ない省ほど義務教育の費用が高額になっていた。つまり貧しい人が多い省になればなるほど学費が高かった。
 
金持っているところはタダ同然で義務教育が受けられて、金ないところは金ないのに多額の費用を払わないと義務教育すら受けられない。何か間違っているよね。リニアつくって、ロケット飛ばして、そんなことの前にやるべきことがある。一か月の村での滞在の間、世話になった人たちからそんな話を聞かされ、心底憤りを感じた。日本人だからとかそんなことじゃなくて、人として。
  
それでも学校に行けるだけましで、中には学費が払えずに途中で行けなくなってしまった子どもたちもいた。「教育を受けていないと農民、単純労働者にしかなれないよ。自分は仕方ないけど、せめて子どもには自分と同じような貧しい思いはさせたくない。そのためだったら出稼ぎでも犯罪でも何でもするよ」そう話してくれた隣のおばちゃんの言葉が今でも耳に残っている。
 
そんな中、彼は日本語を学んだことをきっかけとして自らの道を切り開いている。今回彼の来日に合わせて涼山つながりの仲間が日本全国から集まったのだけど、努力しても報われないことが世の中に多いからこそ、皆彼のような存在を応援したくなるのだと思う。
 
そんな前向きなエネルギーをもらった週末でした。っと、気づいたらもう3月。周りの人から応援してもらえるような努力、今年の課題ですな。
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Written by shunsuke

2009年3月4日 @ 11:07 PM

コメント / トラックバック2件

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  1. 初めまして、私も李先生からエネルギーをもらいました。いいお話、ありがとうございます。

    海上红

    2009年3月21日 at 12:07 AM

  2. > 海上紅さんはじめまして。コメントありがとうございます。人ひとりができることって限界があると思うんですよね。だからこそ、彼のように周りの人から力を貸してもらえるような人ってすごいなと思うんです。

    Shunsuke

    2009年3月24日 at 12:31 AM


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