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DAY11: 標高6,000mで見上げた空は限りなく青かった

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夜中12時半、ガイドのフランシスに起こされ寝袋を出る。結局標高5,000mちょっとのロックキャンプでまったく寝つけなかった。横になった頃から痛くなった頭のズキズキは一向によくなる気配はない。重たい頭を抱えなんとか用意した朝食を口に運ぶ。
 
周りを見てもどの登山客も体が重そうだ。昨夜床に入ってからというもの、寝返りをうつ音やガサゴソと荷物を探る音が絶えることはなかった。みななかなか寝つけなかったんだろう。
 
朝食を流しこんだら装備を身につける。ゴアテックスを着込み、ザイルを結んでフランシスと身体をつなぐ。そしてクランポン(アイゼン)をつけ、ピッケルを手に取りいざ雪の斜面の前に立つ。
 
午前1時30分ロックキャンプを出発。気温はマイナス12度、風はそれほどないけれどじっとしていると身体の先のほうがすぐに冷えてくる。この時点ですでに写真を撮る余裕なんてない。山側に差したピッケルを支えにして、雪の上にギザギザのクランポンを突きさすように足をすすめていく。月明かりが雪面に反射しているので、ヘッドライトの明かりで十分登攀が可能な明るさだ。
 
高山病と思しき頭痛のせいか、単に心肺機能のトレーニング不足か、呼吸は昨日よりもさらにひどい。三歩進んだだけでもうまともに息ができない。急な登りでは二歩進んでは呼吸を整え、なんとか自分のペースをつかもうと手探りで足を進めていく。
 
1時間ほど経った時時計で高度を確認するが、まだ150mしか高度を稼いでいないことに愕然とする。ってことは頂上まで6時間ペース、最低でも200mは登ったと思っていたのに。まったく距離と高度の感覚がわからない。これが5,000mオーバーの世界か。
 
旅行の最終日、ゆっくり買い物でもしていればよかったのに何でこんなつらいことやっているんだろう?早めにギブアップして山小屋に戻っちゃえ。頭の中を何度もそんな思いが交錯するが、そこはドMの意地。中途半端なことが多い自分に決別するためにも、ここは最後まで登りぬきたい。そんな意地を抱え、ただただフランシスのあとを追って足を先に進める。ほんとバカだよ。
 
もう何時間経ったんだろう?頭の痛みは気にならなくなってきたが、次第に頭がボーっとして自分がどこにいるのか何をしているのかがわからなくなってきた。左足のレンタルブーツの状態がよくないらしく、さっきから濡れてきて感覚がなくなってきている。足だけじゃない。手袋で覆っているはずの手もあまり感覚がない。
 
思えば昨夜はウユニからのバス移動、その前も移動の連続、そしてロックキャンプでも寝付けなかった僕の身体はかなりよくないコンディションのはず。5,500mを過ぎてからは症状はさらにひどくなり2回ほど気を失いかけた。二週間後に振り返っている今でも、生き地獄のようなあの苦しみがこみ上げてくる。
 
ちなみにフランシスは超スパルタガイド。僕が身体の不調を訴えても「立ち止まったら凍え死ぬ、前に進む以外に選択肢はない」とバッサリ。Go or dieって。ロックキャンプに戻るという選択肢も暗いなかの下りは確かに危険。進むしかないのか…
 
6時を過ぎたころ、東の空が明るくなりはじめてきた。真っ暗だった世界が次第に光を取り戻してくる。ようやく僕も写真を撮るということを思い出した。ここで高度は5,800m。
 
  
実はこの日のうちにラパスから帰国予定のため、登山に費やせる時間はそれほど多くない。ラパスへの帰りの車の時間もあり、日の出とともに下山を開始しなくてはいけないのだ。頂上まではあと200m、急がねば。
 
と頭では考えるものの、身体はまったく言うことを聞いてくれない。高度、疲労、年齢、運動不足。目指す頂上はあともう一息なのに、身体も肺も油が切れた機械のように錆びついてしまっている。結局頂上まであと高度100m地点、標高6,000mで日の出を迎えた。
 

 
ここまで来たからには意地でも頂上まで行きたかったけど、コンディションと時間を考え泣く泣くここで頂上を断念。下ってきた別のパーティを出迎えると無念さがこみ上げてきた。結局登山も中途半端じゃないか、悔しすぎる。
 
 
 
それにしても空は限りなく青い。明け方の気温はマイナス20度。きらきら光るダイヤモンドダストがまぶしかった。太陽の光は極寒の地を一気に暖かくしてくれる。高地に住んだインカの人たちが太陽を神と崇めた理由がよくわかる。
 
 
精魂尽き果てた図。限界です。
 
 
尾根を下っていく別の登山客。このあと右の斜面を下らなきゃいけないんだけど、メチャクチャ怖かった。だれだ簡単なトレッキングだよって言ったやつ(笑)
 
 
登山道のすぐ横にぽっかりと口をあけたクレバス。登りでは暗かったからよくわからなかったけど、少し踏み外したら…と思うとむしろ見えないほうが恐怖感がなくてよかった。
 
 
このあと9時過ぎに無事ロックキャンプに帰還し、15時にラパスに戻ったあとお土産を買い込んで20時の飛行機でボリビアをあとにする。それにしても、30年間の人生で精神的にも肉体的にも一番追い詰められた日だった気がする。だけど空の美しさと朝日の神々しさは、その苦痛を補って余りあるものだった。
 
登山時に濡れた左足の指3本が軽い凍傷になってしまって、現在まだちょっとしびれがある。ウユニですっかりクライマックスかと思いきや、南米旅行の最後にこんなのが待っているとは。
 
ドMのみなさん、わずか100ドルで6,000mのピークに登れてしまうボリビアたまりません(頂上行ってないけど)。神の存在を少し感じることができた気がします。なんか日常が物足りない、そう感じたら、ぜひ行ってみてください。
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Written by shunsuke

2009年5月21日 @ 2:01 AM

カテゴリー: 2009/04 Peru, Bolivia

コメント / トラックバック3件

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  1. えっ、なにこれ。いきなり本格的な登山になってるし!すごい、これは大変だったでしょう。無事にかえってこれてよかったですね。日の出の写真身震いがしました。あれを苦労してのぼった後に見たらものすごい感動なんだろうなあ。人生観変わりそう。でもフンジャラブごときで苦しいとか行っていた私には無理そう・・・

    Wakabun

    2009年5月21日 at 10:45 AM

  2. これはハード。時間がないのに挑戦してしまうなんて、しゅんさん、体力ありすぎですよ。でも、高山病だったんじゃないですか?止まったら死ぬって、歩き続けても死ぬ可能性があったんじゃないですか?それにしてもこの景色を自分の目で見られたなんて、すばらしい。私には絶対不可能な景色です。体力(年齢だけじゃなくて)と・・・高所恐怖症!w

    裕子

    2009年5月21日 at 11:56 AM

  3. > ヒロコさん6,000mというインパクトについつい行ってしまいました。恐らく高山病ではありましたね。でも、4,000m近いところに一週間以上いたのでひどいものじゃなかったですけど。後から聞いたらここワイナ・ポトシでは毎年死者も出ているらしく、それもうなづけるハードなコースでした。登って下りたら体重が2日で5キロ減っていたのも納得です。> Wakabunほんと、なにこれ?です。登った自分もびっくりでした。フンジュラ―ブがちょうど出発点くらいの高さですね。僕にとっても人生で最高地点だったんですけど、やっぱり高いところとかきついところ大好きみたいです←ドM次はもっと鍛えてまた行きたいなー

    Shunsuke

    2009年5月21日 at 8:34 PM


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