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「李香蘭」@四季劇場・秋:世代を越えて語り継がなければならないもの

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6月9日夜、劇団四季のミュージカル「李香蘭」を見に行った。いやーほんと陳腐な表現で申し訳ないんだけど、素晴らしかったです。
 
僕が李香蘭の名を知ったのは確か2004年の夏のこと、山口淑子さんが連載していた「私の履歴書」だった。日本人の両親のもとに生まれながらも、中国人として歌い一世を風靡した戦中のスター。その彼女の半生を描いた作品かと思って劇場へ向かったが、予想を超えた展開に驚かされた。
 
作品は、1920年代から45年にかけて日本が戦争への道をひた走り破滅に向かっていく激動の時代を、戦争に利用され時代に翻弄された李香蘭の人生を通じて鮮やかに描いている。
 
戦争を描くのは難しい。敵と味方、攻める方と攻め込まれた方。そのどちら側に立つかによって"歴史の事実"はまったく別物になってしまう。だからこそ、この作品では余計な脚色をまったく排除して二つの国を愛した女性の視点を通すことで、日本寄りでも中国寄りでもなく戦争によって狂わされた数多の人の運命と希望を描こうとしているのだと思う。
 
日本人と中国人が戦争の中で何を思い、戦争により何を失い、そして何のために生き、死んでいったのか。言葉の一句一句が観ているものの心に響いてくるのは、李香蘭という実在の、それもまだこの瞬間も存命の女性を通してその戦争の事実をたどっているからなんだろう。
 
一番印象に残ったのが劇中最後の場面。法廷で無罪を告げた裁判官が李香蘭に対して伝えたこの言葉。「憎しみを憎しみで返すなら争いはいつまでも続く。徳をもって怨みに報いよう」
 
「日本は開戦と敗戦の責任を情緒論には流されず、自らの手でしっかりと裁き歴史に刻印しなければならない」企画・構成・脚本を手がけた浅利慶太は常々そう語っている。彼なりのけじめがこの作品であり、この裁判官のメッセージなのだと思う。
 
この舞台をただのミュージカルと侮ってはいけない。これは時が過ぎ去るのを待つことで、戦争を遠い過去のものとしようとしている日本人への挑戦状だ。
  
中国にいた時に付き合っていた中国人の彼女と話した戦争のこと、日本人というだけで彼女の家族から拒絶されたこと。それらの思い出が物語と重なり合って涙が止まらなかった。
 
あとから知ったんだけど、李香蘭こと山口淑子さん本人も初日に観劇したらしい。御年89歳、まさに生きてきた軌跡が歴史そのものだ。自分の人生を演じている演劇を見るってどんな気分なんだろう。
 
    
 
それにしても中国に行く前に見ることができてよかった。活字でしか語ることができないあの時代を、自らを投影しながらこうして感じることができて自分の中で少しは整理ができた気がする。浅利慶太の挑戦状をしっかりと受けとめて中国へ行こう。
 
6月21日まで浜松町の四季劇場でやっているので、ぜひ見に行ってみてください。全力でおすすめします。
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Written by shunsuke

2009年6月11日 @ 1:49 AM

カテゴリー: エンターテイメント

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