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ヤンリーピン「云南的响声」@南寧劇場

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楊麗萍(ヤンリーピン)。中国人だったら知らない人がいない(と宣伝文句でうたわれる)くらい有名なダンサー。雲南の白族である彼女は、80年代から中国のトップダンサーとして活躍し、近年は雲南の少数民族の伝統文化をミュージカルにして世界各地で公演している。

実は去年の春に来日公演があったのだけど、気がついたのが遅くて満席でとれずに悔しい思いをしていた。で、南寧に来て部屋探しをしていたある日のこと。不動産屋に連れられて見に行ったマンションでたまたま彼女が南寧で公演することを知り、すぐに予約。昨日の夜に一年半越しの願いがかない、舞台「雲南的響音」を見に行ってきた。

舞台はすばらしいの一言。命の誕生、死、雨乞いの祈り、自然の息づかい、そして収穫の後の酒盛り。雲南に住む少数民族の生活のひとこまひとこまを、舞踊と音楽で芸術にしてしまっている。踊りの技術的なことは僕はわからない。だけど「舞踊とは天や地、神や自然と交流するためのものである」と話す彼女自身の言葉とおり、踊る姿は鳥肌が立つほど力強く神々しかった。

そして「雲南的響音」との名のとおり、舞台の中で奏でられる音がまたすごい。ある時は米つぶで雨の音を再現し、ある時は竹をそのまま笛にしてしまう。舞台で使われていた道具のほとんどが、実際に彼女が村々を回って集めたらしい。その一部がロビーに展示されていたのだけれど、どれも大木を切り抜いて作ってあって年月がにじみ出ていた。

中国でもめったに見られない彼女の舞台ということもあって、劇場は満席。ただ残念なことに、本当に残念なことに観客がひどかった。舞台が始まってもみな普通にしゃべってるし、赤ちゃんは鳴くし、携帯は鳴り響く。

一番ひどかったのが、かなりの人が勝手に写真を撮っていたこと。「撮影厳禁」とアナウンスされてチケットに書いてあるのに、フラッシュばしばしたいて写真をとりまくっていた。カメラ向けている人に係員が注意するといったんやめるのだけど、係員がいなくなるとすぐにまた写真撮影する。

客席がにぎやかなのは国民性として我慢できる。まあ赤ちゃんも仕方ない。でも携帯と写真、とくにフラッシュは舞台に対して失礼極まりないんじゃないか。神経集中している時にフラッシュたかれる身になってみろよ。モラル云々というよりも、芸術に対する敬意をまったく感じられない行為にあきれるのを通り越して悲しかった。

弁護するならば、観客全員がそのようなことをしていたわけではないこと。一緒に行った友人は他の客の行為に対して嘆いていたし、眉をしかめている客も半分くらいはいたと思う。

そしてこれは僕の憶測になるのだけど、客層を見る限り一階席で最低680元(一万円弱)という高額のチケットを払って見に来るような人たちには思えなかった。チケットが売れなかったから主催者側が配って普段舞台やライブを見る機会のない人がたくさん見に来ていたのかもしれない。それだったらまあ仕方ないのかな。

救いはダンサーたちが悪条件にもかかわらずすばらしいパフォーマンスを見せてくれたこと。普段から鍛えられているのだろうけど、それがせめてもの救いだった。

今日の一冊:西木和明「夢顔さんによろしく」

劇団四季「異国の丘」の原作。戦後抑留先のシベリアで亡くなった近衛文麿の息子、近衛文隆の物語。脚色されていると思うけど、どんな時代でも人を動かすのは情熱なんだろうな。ミュージカルを見て結末は知っているのに、久々に読み始めたらとまらなかった。

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Written by shunsuke

2009年8月24日 @ 6:33 PM

カテゴリー: エンターテイメント

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