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Archive for 10月 2009

重慶で火鍋をつつく

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今週は三泊四日で重慶に出張だった。重慶、といえばやっぱり本場の火鍋でしょ!ってことで、ちょうど今月四川での結婚式で会った友人に現地で評判の店に連れて行ってもらった。
 
席に着くと丸い鍋にこれでもかというくらい唐辛子と花椒が入った鍋が出てきた。この中で肉や野菜の火を通して食べる中国版しゃぶしゃぶ。真ん中には唐辛子と花椒が入っていないスープがあって、箸休めスペースになっている。
 
 
たれは油に好みで酢と砂糖、味の素を入れてつくる。この黒酢がまたうまい。
 
 
実は火鍋を食べるのは人生で二回目。11年前初めて食べたその夜にひどくおなかを壊し、それ以来避けていた。今回初めて火鍋の本場重慶に来たのでこれは食べねば!と思い11年ぶりの再挑戦だった。
 
おそるおそる食べてみると、確かに辛いのだけど見た目より辛くない。というより単に辛いだけじゃなくて甘みやダシのうまみがぎゅっと黒いスープに詰まっていて、すごい深い味になっている。これはうまい。
 

気がつけば汗だくになりながら完食。現地在住の日本人の友人いわく、最初はえっ?って思ったけど、今じゃ一週間食べてないと恋しくなるとか。この辛さ、確かにくせになる。

Written by shunsuke

2009年10月31日 at 5:54 PM

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週末ハノイ旅行 DAY2:旧市街の屋台でフォーを食べる

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週末ハノイ旅行 DAY1:9年ぶりのベトナムと3年ぶりの再会

週末ハノイ旅行 DAY2:フランスと中国の間で揺れる国、ベトナム

革命博物館をあとにしたあと、ホアンキエム湖のほとりまで夕暮れのハノイの街を歩いてみる。街のいたるところにカフェがあって、練乳たっぷりのベトナムコーヒーが手軽に飲める。こういう気軽に休めるスポット、中国ってなかなかない。

あたたかいコーヒーを頼むと、3分ほどで出てきた。ベトナムコーヒーといえば、銀色のアルミのドリッパーというイメージだったけど、ハノイではなかなか目にしなかった。苦味が強い味に甘い練乳がぴったりでおいしい。コーヒー好きにはたまらないひととき。

夕暮れ時、自宅へと急ぐバイクの群れの中で、道端の宝くじ売り場で真剣に新聞を読むうしろ姿が気になった。

線路沿いのスペースも立派な生活空間になっている。というか、線路に面している家は線路沿いにしか家の入り口が作られていなかった。 この風景、アジアだなあ。

おなかすいたよお。 

夜になっても旧市街の人の群れはなかなか減らない。

道に並ぶお店はどれも買い物心をくすぐられるものばかり。今回は何も買わなかったけど、次は買出しに来ようかな。

夜は国慶節の昆明で会った旅人とご飯を食べにいく。ハノイ在住の方おすすめの店に行くと、そこはすごい熱気。道にずらりとテーブルが並び、ビール、肉、野菜と次々と料理が出てきた。 

9年前にサイゴンのファングーラオで食べたベトナム料理はとてつもなくうまかった。そんな衝撃を期待して食べたのだけれど、それがベトナムの北と南との違いなのか、僕の感覚が変わってきたのか、以前ほどの感動はなかった気がした。

最後の締めにフォーを食べに行く。地元人一番のおススメの屋台に行くと、近づいただけでおいしそうな鶏のダシの匂いが漂ってきた。

鶏ガラスープに米が原料の麺を入れて、蒸した鶏をこれでもかというくらいのっける。

そして最後にねぎや空芯菜をのっけてできあがり。お酒を飲んでいたからっていうこともあるかもしれないけれど、鶏のうまみがぎゅっと濃縮されたスープ、麺と具が絡み合ってとてつもなくうまかった。あっさりとした味なのだけど、ダシが濃厚であっさり感を感じさせない。いやあ、フォーってこんなにうまいものだったんだ。ちょっと物足りなかった夕食だったけど、この一杯で大満足。

ハノイに行かれる方、旧市街のLuang Van CanとHong Boとの交差点付近に出ているフォーの屋台、めちゃくちゃおすすめです。夜12時過ぎまでやっているのでぜひ寄ってみて下さい。

Written by shunsuke

2009年10月28日 at 3:12 AM

カテゴリー: 旅行

週末ハノイ旅行 DAY2:フランスと中国の間で揺れる国、ベトナム

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ハノイ二日目。この日は完全休日で初めてのハノイをじっくり過ごす。朝起きてごはんを食べに外に出ると、もうすでにすごい人の群れ。中国と比べても圧倒的にバイクが多くて、狭い路地をバイクが行きかっている。こりゃ、排気ガスでのどがやられそうだ。バイクに乗っている人はマスクをしている人も多くて、地元の人も空気悪いって思ってるみたい。

朝ごはんはフランスパンのサンドイッチ。どこの路地にもこうしてバゲットにいろんな具を挟んで売っていて、フランス文化の名残りを感じる。生野菜ににその場で火を通したスクランブルエッグも入れて、最後に甘めのソースとベトナムの魚醤、ヌックマムをかけてがぶり。これを食べるとインドシナに来たなあって感じる。

ハノイの旧市街はフランス統治時代の建物が数多く残されている中に、観光客向けだったり地元向けのお店が並んでいてただ歩いているだけでも面白い。どの家も通りに面して入り口が狭い長方形のつくりになっているのが特徴的。これってなんでなんだろう?

午前中は近くにあるハノイ大聖堂まで歩いて行ってみた。地図どおりに歩いていこうとするのだけれど、地図が間違っているのか僕の進む方向が間違っているのか、地図どおりになかなかたどりつけない。日差しは南寧よりもきつくてすぐに汗だくになってきた。ということで交差点の一角でお茶を売っていたおばちゃんのところでひと休み。

ふと道路に目をやると、道端で何かを燃やしている。よく見るとお札だった。この習慣、中国にもあって死んだあとにいいことがあるように燃やすためにつくったお札を燃やす。燃やすための日もあって、たしか毎月旧暦の1日と15日だったと思う。たぶん中国の習慣が伝わって残ったんだろうな。

しばらく歩いてようやくハノイ大聖堂に到着。ベトナムにはフランス統治時代に広まったカトリックを信仰する人がいる。それでもフィリピンのように国民の大多数がカトリックというわけではなくて、大半は仏教徒。統治期間の長さの違いなのか、スペインとフランスの違いなのかわからないけれど、旧スペイン植民地ほど徹底的にローマ・カトリックは残っていない。

この日は日曜日だったので中でミサをやっていて、司祭がフランス語で説教をしていた。ディエンビエンフーの戦いでフランスが去ってすでに半世紀が経っているわけで、ベトナムでフランス語を解す人は限られているはず。それでもこういう文化的部分においていまだにフランスの名残りが強く残っているんだなあ。

今使われている文字はフランス統治時代にアルファベットを導入して作られたものだし、その前は漢字による文字表記だった。巨大な隣国中国と、旧宗主国フランス。その二つの文化の狭間でベトナムらしさをつくりだそうとしている、そんな気がした。まあでも教会の前で記念撮影していた新郎新婦は幸せそうだったからいいか。

午後はホーおじさんがガラスケースの中で眠るというホーチミン廟まで足を伸ばしてみる。残念ながらホーおじさんはガラスケースごとロシアに出張中とのことで中に入ることはできなかった。それにしても死体がロシアに行くってどういうことなんだろうか?特殊な防腐作業とかがロシアで行われているんだろうか?

その代わり、ホーチミン廟と隣合わせにある革命博物館でたくさんのホーおじさんが出迎えてくれた。中国的なものとフランス的なもの、それに対してベトナム的なものの代表がこのホーおじさんなんだろう。個人的な感覚として中国での毛沢東よりもベトナムでのホーチミンのほうが個人崇拝の度合いが強い気がした。

週末ハノイ旅行 DAY2:旧市街の屋台でフォーを食べるに続く

Written by shunsuke

2009年10月28日 at 2:57 AM

カテゴリー: 旅行

イフガオ&四川旅行 Index

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Written by shunsuke

2009年10月28日 at 1:13 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

週末ハノイ旅行 DAY1:9年ぶりのベトナムと3年ぶりの再会

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風邪をこじらせてしばらく更新できなかったけど、先週末に仕事を兼ねて南寧からバスでハノイに行ってきた。南寧からハノイまでは陸路で300kmほど。毎日バスが数本のほか、鉄道も走っているのだけれど、鉄道は南寧駅そばの専用窓口でしか買えないとのことだったので、今回はバスで往復してきた。鉄道は次の機会ね。
 
南寧からのバスは毎日4本、午前に8:30、9:00、10:00発、午後に13:40発があって、今回は朝9時発のバスで国境へ向かう。チケットは150元、ハノイまで通しの値段だけれど、国境で乗りかえることになるとのこと。朝起きたら8時であわてて支度をして南寧の東のはずれにある琅東(ラントン)バスターミナルへ急いで向かう。時間ギリギリに着いたら、もうバスが待っていた。危ない危ない。
 
 
バスは定刻どおりに南寧を出発して南西のベトナム国境へと向かう。乗客は欧米系のツーリスト三人以外は中国人かベトナム人。このあたりを往復している人はベトナム語も広東語も話せる人が多い上、ベトナム語と広東語の発音が僕にはほとんど同じように聞こえるためよく違いがわからない。あ、日本人も一人いた。
 
南寧からベトナム国境までのあたりは仕事場でもあるのでよく知った場所、サトウキビとユーカリに覆われた土地に桂林のような岩山がニョキニョキと突き出ている。どこまで行ってもサトウキビとユーカリだらけ。今回撮った写真じゃないけれど、こんなところ。
 
 
国境の街、ピンシャンまでは快適な高速道路のドライブで、2時間半ほどで到着。ホテルの前にバスが止まり、われわれはランチタイム。どうやらチケットにランチが含まれているらしく、ホテルの三階に上がりご飯を食べる。ランチタイムの時に英語のアナウンスがなかったので困惑していたスウェーデンからの三人組にフリーランチの説明をして、一緒に昼ごはんを食べる。
 
20代前半の三人、一緒に4ヶ月旅をしているらしい。「早くアルファベットのある国に行きたい」あーこの感覚よくわかるなあ。僕も初めて中国に来た時、ネパールに入ってアルファベットをたくさん見てほっとした覚えがある。日本人の僕でもそうだったのだから、中国語を解さない欧米人ならなおさらだろう。
 
おなかが満たされたところで出発。ピンシャンから国境の友誼関まで10kmほど。中越戦争でベトナムに戦争を仕掛けておいて友誼関なんてよく言うよな、と中国の厚顔ぶりを感じているとあっという間に国境に到着。結局南寧からずっと高速が整備されていて実に快適なバスだった。
 
 
国境を超える際に首から提げるパスをもらい、パスポートコントロールへ向かう。中国側のバスガイドの説明によると、これをベトナム側のバスに示せばそのままハノイへ連れて行ってくれるとのこと。
 
普段、国境の写真って撮ってはいけないものと思っていたのだけれど、イミグレの係員が撮れ撮れというものだから思わずベトナム側からパシャリ。
 
 
この国境はなんだか国境らしい国境だった。国境らしい国境というのも変だけれど、雰囲気やたたずまいがいかにも国境らしくて、いつも陸路の国境越えが楽しみな島国育ちの僕にはとても刺激的だった。道が一本続いていて、トラックが並ぶ。そして境を過ぎたとたん文字や人の表情がガラリと変わる。心なしかシャイな人が多い気がする。
 
 
これまで目に入る文字が漢字だらけだったのが、いきなりアルファベットを元にしたベトナム語尽くしになるのも印象的。バスガイドさんも中国人っぽいのだけれど、話してみるとなんだか当たりが柔らかい。
 
 
バスの乗客全員が国境を通過するのを待って、ベトナム時間14時過ぎにバスは出発。中国⇒ベトナムだと1時間戻るので1時間半ほど国境通過にかかったことになる。そんなに厳しい検査じゃないのだけれど、全員待つ必要があるので時間がかかる。
 
ベトナム側は中国側と違って高速道路のない片側一車線の下道をひたすらハノイへと下っていく。それなりに整備された道なのだけれど、トラックや二輪が多くてなかなかスピードが出ない。結局140kmほどの道のりを4時間ほどかけてようやくハノイに到着。結局中国時間9時出発でベトナム時間18時に到着だから10時間もかかったことになる。
 
バスを降りてスウェーデン三人組とハノイ旧市街へ向かうと、行きかうシクロと二輪でごったえしていた。ベトナムに来るのは9年ぶり2回目。でも前回はカンボジアから入ってフエからラオスに入ったので、ハノイは初めてだ。中国とは文化や人、そして熱気も近いけれど、やっぱり違う国だなあ。
 
 
夜はベトナム在住のMDさんと夕食。就職活動時にお世話になった人で、似たような志を持ってベトナムで仕事をしているMDさん。いつか一緒に仕事したいですね、と赤坂で別れてから3年ちょっと。今こうして彼と近い立場でハノイで再会できるのはほんとうにうれしい。MDさん、うまいメシありがとうございました。次は南寧でお会いしましょう。
 

Written by shunsuke

2009年10月25日 at 4:06 PM

カテゴリー: 旅行

DAY8: 嗚呼!思い出の雲南民族学院

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昆明二日目はゆっくり街を散策する。昆明も中国のほかの町と同じで郊外にどんどん新しいマンションが建っている。そうそう、昆明のバスは緑色だったっけ。懐かしいなあ。
 
 
街のメインロード、東風西路にこんなトンネルができていた。これにはびっくり!こりゃ、まるで銀座じゃないか。ちょうど雲南省博物館のあたりで、昔はこの一歩裏手に回族のおじちゃんたちが羊肉を焼く古い町並みが残っていて趣があったなあ。
 
 
昼は昆明在住のつちしたさん、そしてナオコさんとナオコさんが経営するサルバドールカフェで昼ごはんを一緒する。つちしたさんは花のスペシャリスト。農業と林業、同じ土をいじる仕事をしていることもあって仕事のことから中国での生き方まで話がどんどん広がっていった。土に造詣が深く、技術的な点が弱い僕からすると、こういう方が隣の省で働かれているのはとても励みになる。
 
ナオコさんは昆明でこのカフェを共同経営する傍ら針きゅうマッサージ師として活躍されている。話をうかがっているとどうやら僕が昆明にいた時期に昆明にいたらしく、どっしりこの街に根ざしている。留学、現地採用、駐在。同じ中国で暮らしていくにもいろいろな形があるけれど、やっぱりここでの生活を楽しんでいかないと意味がない。そして楽しむためには自分が立ち止まっていてはだめなんだろうな。そんな刺激をお二人からもらったランチだった。
 
ちなみにサルバドールカフェ、つなぎを一切使っていないとのハンバーガーがめちゃくちゃおいしかった。その上、雲南コーヒーがお代わり自由で、もちろんデザートのクリームチーズケーキもばっちり。こんなカフェが留学中にあったら入り浸っていたなあ。こりゃ、サルバドール南寧店を開くしかないだろ。
 
 
このサルバドールカフェがある文林街は大学が集まっているところにあって、2000年当時からカフェが集まるおしゃれスポットだった。店を出て少し歩くと、フレンチカフェを発見!留学時代からあった老舗のカフェ。学校の近くにあったこのフレンチカフェのケーキを食べるのが一番のぜいたくだったなあ。ちょっと場所が変わっていたけれど、「蘭白紅」の文字も変わってない。
 
 
そしていよいよ懐かしの雲南民族学院に到着。名前が民族大学に変わってしまったけど、正門はまったく変わっていない。気が付いたら午前中は曇っていた空に青空が見えてきた。ここは標高1,900m、やっぱり昆明の日差しは強烈だ。
 
 
正門からまっすぐ校舎を望む。心なしか木が大きくなっている気がする。って、あたりまえか。
 
 
なつかしのバスケットコート。よくここで放課後サッカーをやったなあ。たしかバスケットゴールの土台のところがゴールだった。
 
 
 
9ヶ月間、中国語を学んだ校舎。ちょっとじめっとして薄暗いところとかまったく変わっていない。休み期間中だったので誰もいなかったけど、事務所にいた人の話によると来年あたり校舎が新しくなるとか。これで見納めかな。
 
 
学校の脇の道端で果物を売っていたおっちゃん。ヒゲにテンガロンハット、渋いぜ。
 
 
そして昆明最後の思い出に、留学当時お気に入りだった"アールクワイ<饵块>"を食べる。このアールクワイ、もち米を薄く延ばしてクレープみたいにしたものを火であぶり、甘いたれか辛いたれをつけて揚げパン<油条>を挟んで食べる。僕のチョイスはいつも甘いたれ。これがめちゃくちゃうまいんだ。
 
 
雲南名物として知られている過橋米線は、はっきり言って中国どこでも、いや日本でもおいしいものが食べられる。だけど、このアールクワイは雲南以外で見たことがない。そして南寧ではみんな名前すら知らない。そんな僕の心の中のナンバーワンの雲南名物、アールクワイを食べられて、大満足。
 
フィリピン、涼山、昆明。三か所を8日間で満喫して、この日の夜行列車で南寧に到着。レンズフィルターを割って、携帯なくして、スーツもダメにしてしまった旅行だったけど、イフガオでDavidの優しさに助けられて、涼山では結婚を祝えて、昆明では新たな刺激もあった。ダメにしたものも大きかったけど、得たもののほうが大きかったな。

Written by shunsuke

2009年10月16日 at 12:29 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

DAY7: 懐かしの昆明、おそるべき滇池

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夜11時過ぎに西昌を出発した列車は山が連なる大地を南へとひたすら走る。それにしても中国で列車に乗るのなんて久しぶりだ。きっと5年ぶり。そして前回乗ったのもこの昆明と西昌を結ぶ路線だった。もちろん真っ暗だから何も見えないけれど、この成都と昆明を結ぶ成昆線は景色がとても美しい。そんなことを考えているうちにうとうとしてきて、朝のアナウンスで目が覚めた。
 
中国の夜行列車には、値段が高い順から個室の軟臥(Soft sleeper)、三段ベッドの硬臥(Hard Spleeper)、そして座席の硬座(Hard Seat)があって、今回乗ったのは一番無難な硬臥。三段ベッドの寝台が懐かしい。
 
 
列車は8時過ぎに昆明に到着。駅に近づくに連れて見覚えのある景色がちらほら視界の中に入ってきて、懐かしさで涙が出そうになってきた。来る前まではそれほど意識していなかったのに、やっぱり現実にこうして足を踏み入れるといろいろな思い出が蘇ってくる。
 
僕は大学を休学して旅をしていた2000年の10月から2001年の7月まで、ここ昆明で中国語を勉強していた。旅の途中に昆明に立ち寄り、一か月ほど中国語を勉強するつもりで学校に通い始めたのだけど、その後いろいろあって結局9カ月ほどの昆明に滞在した。9年が経った今振り返ってみると、その後の人生を決定づけた僕の人生の中で一番大きなターニングポイントだった。
 
そんな思い出の地昆明の駅を降りると、古ぼけた駅舎だったのがすっかり様変わりをしていた。なんか懐かしさもふっとぶなー。
 
 
翌日の夜に昆明を出発する予定のためこの日はゆっくり昆明の変わった様子を眺めようと思っていたのだけれど、駅の近くで上海から来た二人組に捕まり特に予定のなかった僕は一緒に昆明近郊の名所、西山に行くことになった。
 
昆明の南にに滇池(Dianchi)という大きな池があって、そこのほとりの岩山が西山森林公園となっている。一時間ほどバスに乗ると、入口に着いた。入口でさっそくうずらの卵を購入。しょうゆベースの味付けでゆでてあって、これがうまいうまい。
 
 
入口からさらにバスに乗り、1333段の階段があるという道を登り龍門という石窟を目指す。バスを降りて今度は参道のような道を歩いていくと、ひまわりの種というかひまわり自身が売っていた。ひまわりの種を炒めた「香瓜子」を食べるのはよくあるけど、ひまわりごと売っているのはさすが雲南だなあ。
 
 
石段を登ること20分でようやく龍門に到着。断崖絶壁をくりぬいてつくってあって、なかなか迫力がある。こういうときに18mmの広角レンズがないのが痛い。断崖絶壁感が伝わらないなあ。
 

 

 
龍門までたどりつくと、そこが道教のお寺になっていた。ガイドの話を盗み聞きしたところ、1781年から1853年にかけてここの寺院群が彫られていったらしい。
 
 
岩肌に彫られた文字が見事だ。
 
 
ここは湖面からの高さ300mほどの断崖絶壁。もちろんショベルカーなんてない時代にどうやって岩を掘っていったんだろう。300mの断崖だけに、ここから見えるDianchiはなかなかいい眺めだ。それが遠くからだからこそいい眺めだということに後で気がつくことになる。
 
 
このあと、一番上まで登ってそこからリフトで降りていく。このDianchiは地元の人によると80年代前半までは泳げるくらいの池だったそうだ。今では富栄養化のため藻が繁茂してとんでもないことになっていた。
 
 
このあたりで再びお腹がすいてきた。香ばしいにおいがする方向へ歩いて行くと、あげジャガイモがあった。雲南のジャガイモはねっとりしている上、甘みがあって信じられないくらいおいしい。これもジャガイモを揚げてちょっと辛いソースをかけて食べるだけなんだけど、感動するほどおいしかった。
 
 
さらにリフトにのって下り、Dianchi湖畔にたどりつく。中国三大汚染湖沼なんていう不名誉な称号を与えられているらしいけど、これを見てそれも納得する。留学時代も間近で見たことがなかったけど、富栄養化もここまで進むと驚きを通り越して感動すら覚えてくるな。日本の円借款も使われて湖水浄化が進められているようだけど、ここまでひどくなったものが回復するのだろうか。
 
 
近くによると、ドブ川のにおいがする。こんな湖でも市民の憩いの場所になっていて、公園は入場料をとり湖畔では親子づれがくつろいでいた。この女の子は湖や池がこういうものだって認識しながら大人になっていくのかな?それはなんだかとっても悲しい。
 
 
そして、湖畔には別荘が立ち並ぶ。こんなところに住みたがるやつがいるのかと思ったら、一緒に行った上海人二人は「湖畔でいい環境だよねー」とのこと。大気、水、土。この国は使えるものは使い尽くし、汚せるものは汚しつくしてきた。この感覚を持っている13億人の意識を少しでも改善しないと、地球は大変なことになるんじゃないか。こんな悪臭放つ湖畔でくつろいでいる親子を見て、ちょっと怖くなった。それに比べると日本の自然条件はやっぱり恵まれてるよね。
 
 
ふと陸のほうを見ると、きれいな花が咲いていた。ここ昆明は標高1,900m。一年中春のような気候で「春城」と呼ばれていて花き栽培が盛んだ。Dianchiの水に絶望感を覚えていた矢先にこの花を見て、なんかちょっと救われた気がした。いよいよ明日は思い出の雲南民族学院訪問です。
 

Written by shunsuke

2009年10月15日 at 2:04 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

DAY6: 邛海のほとりでお茶をすする

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衝撃的な結婚式翌朝、目覚めてみたらスーツと靴が泥だらけになっていた。かなり酔っ払っていてどうやって帰ったかも覚えてないのだけれど、どこかで転んだようだ。加えて携帯も見つからない。ものすごく楽しい夜だったけど、酔っぱらうとろくなことがない。
 
 
この日は夜8時の寝台列車で雲南省の昆明まで向かう予定。二日酔い気味で重い身体を動かして西昌の街を歩く。とりあえずまずはこの二日酔いをなんとかしないと、ということで汗をかきそうなワンタン(5元)を食べることに。これがうまかった。
 
 
午後は街の名所である邛海(チョンハイ)でぶらぶらすることに。以前北京でインターンをしていた際に西昌に初めて来てこの邛海のほとりにあるホテルに泊まっていたので、僕にとっては懐かしい場所。お世辞にもきれいとはいえない水なのだけれど、公園になっていて西昌市民の憩いの場になっている。
 
 
湖畔を歩いていると、子どもたちだけでなく大人たちも水に入って遊んでいる。中国は湖が多いけれど、どこの湖も水が汚い。下水が整備されていないところが多いうえ、もともと地面に向かってなんでも流す習慣があるから当然なのかもしれない。これは川でも同じで、広西のけっこう田舎のほうに行っても真っ黒の川だったり、洗剤らしき泡が浮いている川もよく見かける。日本の基準からみたらちょっと足を入れるのも抵抗ある邛海だけど、たしかに中国としてはきれいなほうだと思う。
 
 
しばらく湖畔をぶらぶらしていたら、ぶどうを売っているおじちゃんを発見。毎日湖の対岸からここの公園に来てぶどうを売っているとか。
 
 
おじちゃんによると、今はぶどうの季節らしい。一個試食させてもらったら、海抜1,600mの強烈な日差しをたっぷり浴びたぶどうは甘みがぎゅっと詰まっておいしかった。ひと房5元で購入。
 
 
さらに湖畔をぶらぶらと歩いていたら、雰囲気のいい建物を発見。美術館かなにかかなあと思って入ってみたら西昌談堂今日芸術館という芸術発信地兼お茶屋さんだった。
西昌談堂今日芸術館:http://www.xcdtjr.com/
 
 
ちょっと休もうかなと思ってお茶を頼むと、ほかのお客から「よかったら一緒にお茶を飲まない?」とのうれしいお誘いが。そりゃ、もちろん喜んで!ということでプーアル茶をいただいた。
 
 
おまけにこんな果物も。最初はてっきりにんにくなのかと思っていたら、梨のようにさくっとした食感と甘味でとてもおいしかった。名前を聞いたのに覚えていないのが情けない。あーこれなんていうんだっけ。名前が出てこないのがもどかしい!誰かわかる人教えてください。
 
 
僕をお茶に誘ってくれたのは、成都から来ていた蔡さんと楊さん夫妻。二人の人柄と話に魅せられて、お互いの仕事のや日本と中国の歴史や安全保障の話まで3時間もお茶を飲みながらおしゃべりをしてしまった。中国ではこういうもてなし好きな人って、どこに行っても多い気がする。
 
 
このあと、二人と別れて列車の時間まで何しようかなーと考えていたら、店員の女の子がご飯に誘ってくれた。お言葉に甘えて一緒にごはんを食べに行くことに。昨日の結婚式ではほとんど料理を味わっていなかったので、西昌の味覚を堪能してきた。なかでも一番印象に残ったのが、今が旬のきのこの炒め物。きのこの名前も聞いたのだけれど、すっかり忘れてしまった。でも素晴らしく香り豊かでおいしかった。
 
 
 
麻婆豆腐。四川といったらやっぱりこれははずせない。マーラーがしっかり効いていてうまかった。普段も仕事やらなんやらで飽きるくらい中華料理を食べているのだけれど、場所が変われば味付けが変わって、やっぱり新鮮な感じがする。
 
 
そんなこんなでご飯を食べて迎え酒を飲んでいるうちに列車の時間が迫り、駅へと急ぐ。発車15分くらい前に駅に着き改札へ向かうと駅員が「昆明行きは改札まだだよ」との一言。なんだ、遅れているのか。 と納得してしまい待合室で座ったとたん、ビールの酔いが急にきて寝てしまった。そして目が覚めたのは一時間後…もちろん列車は出発してしまっていた。
 
えっ?何やってんですか、俺。ダメ元で切符売り場に行き事情を説明すると、西昌から昆明に行く列車は何本かあり夜11時の列車に空きがあったので無料で交換してくれた。無料で交換、っていうのがうれしい。そのあとは必死に眠気をこらえて無事に列車に乗りこんだ。翌朝には5年ぶりの昆明です。

Written by shunsuke

2009年10月13日 at 10:55 PM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

DAY5: 新郎の実家で豚を食らう(西昌郊外で二次会編)

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西昌市内で一次会を終えた僕らはワゴンに乗って新郎シンさんの実家へと向かう。車に乗り込んだ日本人の精鋭は5人、それぞれ北京から来たOさん夫妻とHさん夫妻、そして僕だ。一次会で結構酒を飲んだため、車の揺れが心地よく気がついたら口をぽけーっと空けて豪快に寝ていた。ふと目が覚めると、「30分くらいで着くよ」とドライバーは言っていたのにもう出発から一時間が経っていて、空がさらに青くなり山が近づいていた。結局一時間ちょっとかけて山道を行き、シンさんの実家に到着。
 
 
家の軒先に収穫を終えたトウモロコシが干されていたのが印象的だった。干して保存できるようにして冬はこれを食べるんだろう。
 
 

そんなことを考えながら家の中にお邪魔したら、ここにもトウモロコシだらけだった。そんなトウモロコシの下でくつろぐシンさんの親戚たち。いったい誰が誰だかよくわからないけれど、とにかく多い。みな一家に4-5人は普通みたいだ。

そしてしばらくすると、親族とトウモロコシをバックに家の中から丸々と太った豚が登場。お祝いの席、ということはこいつを…

あーやっぱりさばくのか。途中から豚もいつもと違う空気を感じたようで、悲鳴とも聞こえる悲しい声をあげながら暴れまわる。だけど、ここはみんな手馴れたもの。男5、6人がかりで豚を押さえつける。

そして紐で口をくくられた豚は家の前に連れていかれ、ナタでのどを切られて豚肉となった。大学院で実際に生きているイノシシとヤギをさばくヤギコン、シシコンっていう行事があったのだけど、実際に生きている動物をさばくところなんてそれ以来だ。この動物をさばくのは若い男の仕事らしく、みな楽しそうに豚を捕まえていた。

ヤギとイノシシは頚動脈を切ると結構すぐ絶滅したと思ったのだけど、この豚は頚動脈を切られても声にならない声をあげながらしばらくもがいていたが、ふっと足の力が抜け絶命した。豚の毛を燃やすためトウモロコシの枯れ草を豚の上に乗せて火をつける。地面に流れた血が鮮やかだ。

シンさんの話は日本テレビが何回かドキュメンタリーにして放映しているのだけれど、この日もテレビクルーが来ていて、豚を撮っていた。そんなテレビカメラにくぎづけの子どもたち。

豚の火をバックにHさんの衣装が鮮やかだ。そういえば、こういう日本的な服って一着も持ってきてないなあ。なにか一着ほしい。

ほーら、おいしそうな豚肉がもうすぐできるよー。と言っているかどうかはわからなけれど、とにかくめでたい。

どんどん枯れ草を追加され、しっかり毛を燃やされる豚。いや、ここまでくると以前豚だった豚肉か。

ほーら、いいにおいがしてきたでしょ。とにかくめでたいめでたい。男性はとくに民族衣装を着ているわけではないのだけど、女性は普段から民族衣装を着ている人が多い。

えっ?このヤギはなんだって?そりゃ、決まってるだろ、明日の朝飯だよ。

しばらくするときれいに体毛が焼け、つるつるの豚ができあがった。それを水洗いしてさばく。

新婦(右)とそのお友だち。なんか二人とも緊張していた一次会とは違って、とても表情が生き生きしている。幸せそうだなあ。

さあ、いよいよ豚の解体が終わりレバーがまず客人である我々にふるまわれた。レバーがこの世で一番苦手な僕はちょこっとかじっただけだったけど、臭みがほとんどなかった。一緒にいたHさんはうまいうまいとバクバク食べる。

豚の解体も終わり、宴は盛り上がっていく。気がついたらなんか周りがすごい人だかりになっていた。その数ざっと見積もって50人くらい。話して乾杯する人みながシンさんの叔父さんやら従兄弟やら自己紹介をするので、みんな親戚ということか。この二人はたしか…いやまったく覚えてないや。ごめんなさい。年配の女性はみんな黒くて大きな帽子をかぶっていてとても鮮やかだった。

そんなこんなで宴会はまったくのカオスのまま盛り上がっていき、気がついたら翌朝一番の飛行機に乗る予定のOさん夫妻はホテルに戻っていた。Hさん夫妻と僕は夜8時くらいにシンさん実家を離れることに。ん…なんだこの写真は…?このおっちゃんと乾杯したのなんて記憶にないぞ。もう最後のほうは相当酔っぱらっていて何がなんだかよく覚えていないけれど、とにかくめでたいからよしとしよう。

シンさん改めて結婚おめでとう!

Written by shunsuke

2009年10月12日 at 3:34 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

DAY5: 彝族の友人の結婚式で酔っぱらう(西昌市内で一次会編)

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8時のフライトがキャンセルになったため、10時半の飛行機に合わせてゆっくり起きて成都空港に向かう。成都から涼山彝族自治州の西昌までは50分くらいのフライト。あっという間に西昌の空港に到着した。ここに初めて来たのは北京でインターンをしていた2003年のこと。あれからもう6年になるけれどこの空港はまったく変わってないなあ。成都を出るときはもやがかった空だったけれど、標高1,600mほどの西昌に着いたら空が青い。そして彝族文字もなつかしい。
 
 
空港に迎えに来てくれていた李さんと半年ぶりの再会。西昌にある涼山民族中学で日本語教師をしている李さんは今年の3月に研修のため2週間ほど日本に滞在していて、そのときに一緒に東京見学に行った。
 
李さんに案内されて車で会場に急ぐ。今回結婚することになったのも同じ彝族の友人シンさん。何度かブログにも書いていたけれど、李さんと同じく2004年から涼山民族中学の職業クラスで日本語を勉強したあと北京で3年弱、上海で半年ほど働いた彼は、今回結婚を機に四川に戻ることになった。僕がインターンをした組織で彼も働いて、そのあと縁があって同じ会社の組織で一年ちょっと働いて今回結婚を機に涼山に戻ることになった。
 
■過去ログ
 
12時過ぎに会場に到着。会場は人・人・人の群れ。聞いたところ、500人以上参列しているとか。
 
 
席についてすぐに式が始まった。新郎はスーツで、新婦は彝族の伝統衣装で登場。
 
 
司会の段取りで数人の挨拶が続く。お祝いの言葉を述べる新郎シンさんのおじいちゃん。もちろん彝族語なので、僕らには何言っているかちんぷんかんぷん。でもそのあとでしっかり司会が訳してくれた。
 
 
あいさつが一通り終わった頃で新郎新婦の親戚の子どもたちが花束を持って登場。この日は晴れ姿の民族衣装で花束贈呈。男の子はかなり緊張してたね。
 
 
花束贈呈が終わったとこで、新郎新婦で乾杯!指輪の交換や愛の誓いみたいなものはなくて、グラスに注いだ酒を腕を交差させて飲み干す。
 
 
このあとはもうお祭り騒ぎ。各席に新郎新婦が回って、乾杯を繰り返す。この小さなグラスに注がれるのが白酒じゃなくてビールでよかった…
 
 
しばらくすると友人たちによる余興タイムに突入。写真は舞台に上がる職業訓練クラス時代の新郎の同級生。北京の日系企業で働いていたり、日本語教師になったり、5年が経ってみな立派になってる。我々日本人も全員ステージに上がってアカペラで乾杯を熱唱。あーギター持ってくればよかった。
 
 
 
お酒が飲めなくてなんだかつまらないなあ。
 
 
お酒が飲める私は楽しいわ~こうしてみると、やっぱり彝族の人は顔が少し違って一目で分かる。
 
 
始まってから一時間ちょっとして周りを見てみると、いつの間にかみんな姿を消していた。どうやら各席ごとに食べ終わったら席を立つらしいく、みな隣の建物に移って酒を飲んでいた。会場に取り残された我々と食べ終わった食器の山。
 
 
このあとしばらくお茶を飲んで、西昌郊外にあるシンさん宅に移動して親族は朝まで飲み明かすとのこと。もともと西昌からバスに二時間乗って、そこから歩いて三時間くらいかかるところに住んでいたのだけど、最近引っ越してきたらしい。僕も北京から駆けつけた友人と一緒に車に乗り込み、シンさんの実家へと向かった。(実家で二次会編へつづく)

Written by shunsuke

2009年10月12日 at 2:27 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao