人に学びて、自然とともに生きる

Never stop exploring, Keep your curiosity fresh

DAY1: 東南アジアのラテンな国、フィリピン

with 5 comments

朝焼けの中、南寧の街を出発する。連休の初日だからかなり混むのかと思いきや南寧から広州へ向かう飛行機の乗車率は5割程度で拍子抜けだった。「今年は60周年の記念の年だかみんな旅行に行かないよう自粛しているみたい」南寧の友人がそう言っていたけど、それはどうやら本当のようだ。
 
国慶節のこの日、テレビでは天安門広場で行われていた胡錦涛の演説と記念パレードを生中継していて、ちょうど広州での乗り換え時間に見ることができた。
 
 
「偉大的中国万歳、偉大的中華人民共和国万歳、偉大的中国人民万歳!」胡錦涛がそう演説を締めくくった瞬間、マニラ行きの飛行機を待っている中国人客から沸き起こる拍手。そしてそれを冷ややかに見る外国人。
共産党に対しては好き嫌いが多い人も、中華人民共和国ということになるとほとんどの人がどのような場においても盲目的と感じるほど愛情を示す。日本の教育で育った僕からすると実に不思議な感覚を感じてしまう。
 
僕は日本人だ。自分が育った土地やふるさとの風景は愛しているが、国家を愛しているか?と聞かれたら恐らく答えに詰まってしまうだろう。そしてこれが僕だけでなく20代、30代のマジョリティな気がする。急に目に見えるような変化は起こさないけれど、雨が降って10何年かけて地面に染み込み湧水となっていくように、じわじわと人間の思想と意識に染み込んでいく。教育ってこういうものなんだろう。
 
そんなことを考えてぼーっとしていたら、レンズを落っことしてフィルターにヒビが入ってしまった。オーマイガー。しかもフィルターが曲がって取ることができない。いろいろ試したけど、結局ダメで50mmレンズだけになってしまった。なんてこった。
 

 
そんな気分を晴らすにはやっぱり食べるしかない。ってことで、マニラ行きの機内食にかぶりつく。機内食は南方航空にしては頑張ってなかなかの味、建国60周年記念の月餅も配られておなかも満足。マニラへは2時間ちょっとで到着。
 
 
マニラの空港で友人二人と合流。中国から2時間飛行機に乗ってきただけだけど、空港を出た瞬間のお店のようすや雰囲気がまったく違って一気に旅気分が盛り上がってきた。漢字がないって新鮮だなあ。
 
 
この日はマニラの城壁都市跡、イントラムロスを観光して夜行バスでイフガオに向かう。まずはマニラ大聖堂。もっと派手なつくりなのかなと思っていたら、とてもシンプルな建物で、そのシンプルさがステンドグラスの美しさを際立たせていた。平日の午後でも祈りに来ている人がいて、ここがカトリックの国ということに気がつかされる。
 

 
次はサン・アウグスティン教会。フィリピン最古のバロック様式の石造教会で、中に博物館も併設している。教会の中を歩いていると石造のせいか湿気がこもっていて、じわっと汗がにじみ出てくる。ここもステンドグラスがきれいだ。
 

 
こうしてマニラに来てみると、この街の見どころがスペイン統治以降のものであることに気がつく。マニラ在住の友人の言葉を借りると、この国にはフィリピンとしての歴史がない。1571年から1898年までのスペイン統治以前は、島や各地域の酋長たちが治めていた世界でフィリピンという国の概念すらもなかった。この点はオランダ統治が島々の集合体としての国家建設につながったインドネシアに近い。
 
「この国、基本的にラテンなんだよ。あまり先のことを考えたり、物事を深刻に考えたりすることはないねー」たしかに地名や人名はスペイン語表記が多いし、敬虔なカトリック、そしてスペインとアメリカの影響下にあるということも共通している。学生時代にアルバイトしていたフィリピンパブでも感じたけれど、そして人々の性格もよく言えば陽気、悪く言えば適当だ。
 
イントラムロスの最後はサンチャゴ要塞。スペイン統治時代に150年かけて建設され、アメリカ統治時代、日本統治時代も要塞として使われていたとのこと。ホセ・リサールというフィリピン独立運動の英雄が処刑前に歩いたという足跡が残されていた。エルサレムのヴィア・ドロローサを思い出すなあ。
 

 
このあとは元アジア最大のモール、Mall of Asiaに行き晩ごはん。Bangus Ala Pobreという魚料理がおいしかった。
 
 
 
おなかを満たされたあとは、食後のコーヒータイム。そういえばこの国では他の東南アジア同様お茶はほとんど飲まない。その代わり出てくるのはコーヒーが多い。コーヒーはすきなのだけど、中国で食後のお茶に慣れてしまったのかなんか物足りない。店員の陽気な笑顔に見送られて22時発の夜行バスでイフガオに向かう。
 
広告

Written by shunsuke

2009年10月6日 @ 11:26 AM

カテゴリー: 2009/10 Ifugao

コメント / トラックバック5件

Subscribe to comments with RSS.

  1. フィリピンは、スペイン統治の名残が色濃く残っているのでしょうね。でも、スペイン語は話さないんでしたっけ?こちらでPobreだとフリホーレス(豆料理)が思い浮かぶんですけど、魚だとなんだか豊かそうです。海に囲まれた国ですね。

    裕子

    2009年10月6日 at 9:29 PM

  2. 今回はどの辺をまわるのかな?ルソン島北部の山岳地帯を回ると、スペイン統治以前の民族文化が結構残ってて面白いんだけどね。

    Ken

    2009年10月7日 at 7:49 AM

  3. > ヒロコさんそうなんです。スペイン語は話さないんです。ですけど、"pero"とか"mismo"とか"puedo"とかタガログ語の中にスペイン語とまったく同じ意味の単語が混ざっていて興味深かったです。あと時間をカウントするのもuno,dos,tresでした。> ken今回はイフガオに行ってきたんだ。確かにイフガオまで行くと民族文化が色濃いね。kenが暮らしていたバギオはちょうどスペイン文化と民族文化の接点なのかな?あ、あとあの樽みたいなのを上に上げるとモノがピョンって飛び出してくるお土産を買ってしまった…

    Shunsuke

    2009年10月8日 at 10:19 AM

  4. コルディレラ圏に入ったんだね。なんか嬉しいな。僕が知ってるフィリピンはまさにコルディレラ。バギオもその辺の人たちが出てきて住んでるんだよ。あのお土産買ったんだ。。。女性版もあるよ。

    Ken

    2009年10月10日 at 1:01 PM

  5. >Kenコルディレラ、人が素朴だね。確かに人も雰囲気も違ったよ。女性版…南寧のうちにある。これってKenからもらったとしか考えられない(笑)

    Shunsuke

    2009年10月10日 at 10:43 PM


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。