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週末ハノイ旅行 DAY2:フランスと中国の間で揺れる国、ベトナム

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ハノイ二日目。この日は完全休日で初めてのハノイをじっくり過ごす。朝起きてごはんを食べに外に出ると、もうすでにすごい人の群れ。中国と比べても圧倒的にバイクが多くて、狭い路地をバイクが行きかっている。こりゃ、排気ガスでのどがやられそうだ。バイクに乗っている人はマスクをしている人も多くて、地元の人も空気悪いって思ってるみたい。

朝ごはんはフランスパンのサンドイッチ。どこの路地にもこうしてバゲットにいろんな具を挟んで売っていて、フランス文化の名残りを感じる。生野菜ににその場で火を通したスクランブルエッグも入れて、最後に甘めのソースとベトナムの魚醤、ヌックマムをかけてがぶり。これを食べるとインドシナに来たなあって感じる。

ハノイの旧市街はフランス統治時代の建物が数多く残されている中に、観光客向けだったり地元向けのお店が並んでいてただ歩いているだけでも面白い。どの家も通りに面して入り口が狭い長方形のつくりになっているのが特徴的。これってなんでなんだろう?

午前中は近くにあるハノイ大聖堂まで歩いて行ってみた。地図どおりに歩いていこうとするのだけれど、地図が間違っているのか僕の進む方向が間違っているのか、地図どおりになかなかたどりつけない。日差しは南寧よりもきつくてすぐに汗だくになってきた。ということで交差点の一角でお茶を売っていたおばちゃんのところでひと休み。

ふと道路に目をやると、道端で何かを燃やしている。よく見るとお札だった。この習慣、中国にもあって死んだあとにいいことがあるように燃やすためにつくったお札を燃やす。燃やすための日もあって、たしか毎月旧暦の1日と15日だったと思う。たぶん中国の習慣が伝わって残ったんだろうな。

しばらく歩いてようやくハノイ大聖堂に到着。ベトナムにはフランス統治時代に広まったカトリックを信仰する人がいる。それでもフィリピンのように国民の大多数がカトリックというわけではなくて、大半は仏教徒。統治期間の長さの違いなのか、スペインとフランスの違いなのかわからないけれど、旧スペイン植民地ほど徹底的にローマ・カトリックは残っていない。

この日は日曜日だったので中でミサをやっていて、司祭がフランス語で説教をしていた。ディエンビエンフーの戦いでフランスが去ってすでに半世紀が経っているわけで、ベトナムでフランス語を解す人は限られているはず。それでもこういう文化的部分においていまだにフランスの名残りが強く残っているんだなあ。

今使われている文字はフランス統治時代にアルファベットを導入して作られたものだし、その前は漢字による文字表記だった。巨大な隣国中国と、旧宗主国フランス。その二つの文化の狭間でベトナムらしさをつくりだそうとしている、そんな気がした。まあでも教会の前で記念撮影していた新郎新婦は幸せそうだったからいいか。

午後はホーおじさんがガラスケースの中で眠るというホーチミン廟まで足を伸ばしてみる。残念ながらホーおじさんはガラスケースごとロシアに出張中とのことで中に入ることはできなかった。それにしても死体がロシアに行くってどういうことなんだろうか?特殊な防腐作業とかがロシアで行われているんだろうか?

その代わり、ホーチミン廟と隣合わせにある革命博物館でたくさんのホーおじさんが出迎えてくれた。中国的なものとフランス的なもの、それに対してベトナム的なものの代表がこのホーおじさんなんだろう。個人的な感覚として中国での毛沢東よりもベトナムでのホーチミンのほうが個人崇拝の度合いが強い気がした。

週末ハノイ旅行 DAY2:旧市街の屋台でフォーを食べるに続く

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Written by shunsuke

2009年10月28日 @ 2:57 AM

カテゴリー: 旅行

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