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Archive for 1月 2010

南寧にマリオットがやってきた

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去年の12月、南寧に初めての外資系ホテル、マリオットがやってきた。そう、実はこれまで中国資本のホテルしかなかったんですよ。で、今夜南寧市の茶会があったので、初めてマリオットに行ってきた。
 
ホテルは「民族大道」っていう街の目抜き通りに面しているモールの隣にある。モールとはつながっていてとても便利。Marriott、ちゃんとスペルもあってるぜ。よかった、ニセモノじゃない。
 
 
春節の茶会会場は地下一階のパーティフロア。シャンデリアや内装はコテコテのキンキラキンじゃなくて、ちょっぴり控え目。だけどやっぱり上品な気がする。ん?これって気のせいか。マリオットっていう名前に踊らされてる?
 
 
中秋節の茶会に引き続き目立つテーブルに座らされる。まったく、何もしなくても目立つのに。
 
茶会って言ってもお茶を飲むわけじゃなくて、ワインで乾杯するいわば夕食会で。政府行事にお約束のテレビカメラもしっかり来ていた。こういう行事を面倒だと思う人もいると思うけれど、僕はこういう会って中国では大切だと感じている。招待されたときにいかに楽しく相手と時間を過ごすのか。ひとつひとつは些細なことだけれど、それによって個人として、会社として周りからどう見られるのかが変わってくるんだと。
 
 
もちろん会社として参加しているのだけれど、ここ中国では一対一の関係がモノをいう場合が大きい。日本にいたらペーペーだからとか、単に会社から派遣されているだけとかは関係ない。しかも参加者300人の中で唯一の日本人。こんな機会、南寧じゃなかったらなかなかない。
 
でも、嫌いかって聞かれたらそうじゃない。むしろこういう場はかなり好きだ。こういう場で出会える人って刺激的な人が多いし、もしかしたら隣に座った人と意気投合して新しいビジネスが生まれることもあるだろうし。
 
 
料理だけじゃなくて、前のステージでは抽選会とか、歌や踊りが披露されていた。こういうところ、しっかりお金使うよな。やっぱり南寧儲かってるね。最後はマジックで締め。
 
 
だいぶ飲まされた後は一階のラウンジで酔いざましにコーヒーを飲む。普通のコーヒーが38元(500円)だったけど、あんまりおいしくなかった。500円の価値はないな。それにしても南寧でなかなかおいしいコーヒーが飲めるところが見つけられない。
 

 
普通のコーヒーが38元(500円)だったけど、期待度が高かったせいかイマイチだった。同僚がカフェラッテを頼んだのだけど、温かいのにグラスで出てきた上、ミルクが下に沈んで三層に分離しちゃっていた。あれ?カフェラッテってこんなやつだったっけ?これ、最初にミルクを入れた後ゆっくりエスプレッソを注いで、最後にフォームドミルクを入れたんだろうな。
 
 
家に帰って調べてみたら、昆明にもまだホリデイインはあるけどマリオットはなかった。ムフフ、なんかちょっと勝った気分。ここに来るまでは昆明が中国での故郷だったけど、すっかり南寧市民になったなあ。

Written by shunsuke

2010年1月29日 at 12:28 AM

カテゴリー: 南寧での生活

広東省一甘いみかんじゃ。

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この前、広西と広東省の境のあたりの山道を車に揺られていたら急にストップした。前を見ると、みかんの収穫で道が詰まってる。そう日本でも冬がみかんの旬だけど、こちらでも今が旬なんだよね。街を歩けばいたるところでみかんが売られている。
 
 
急いでいたのだけど、これでは仕方ない。どう?甘いのとれた?前でつっかえていた荷積みのトラックを待つ間、車を降りてそう聞いてみると「甘いに決まっとるじゃろが。村一番、いや広東省一番じゃ」とのこと(日本語にするとこんな感じの方言だな、たぶん)。「たっぷり持っていきな」と、両手一杯にみかんをくれた。どこの国でも農家のおっちゃんは豪快だ。
 

 
もらったみかんは日本のみかんの半分くらいの大きさ。ちょっと写真ではわかりづらいのだけど、これでもか!っていうくらい濃いオレンジ色。そして一口ほおばってみると、太陽をたっぷり吸い込んだ甘みがぎゅっと詰まっていた。こりゃ、うまい。広東省で一番と言うだけある。おっちゃんの話によると、香港に出しているそうな。
 
 
みかんの産地だけあって、街の通りは問屋だらけだった。どこの店もみかんを扱ってるのでこぼれたみかんや不良品のみかんが道端に捨てられていて、道がみかん色に染まってしまうくらいにみかんだらけ。出張ばかりも疲れるけど、田舎に行くと都会ではなかなかないこうしたできごとがあって、そういうのが楽しみだったりするんだよね。

Written by shunsuke

2010年1月26日 at 10:17 PM

カテゴリー: 南寧での生活

“Foresight”休刊に思うこと

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僕が好きな雑誌に新潮社の"Foresight"がある。毎回世界各地や日本で起きている出来事をそれぞれ専門家がいろんな視点で伝えてくれていて、へーこんな見方もあるんだ、そうそう、これ絶対裏があるよねといつも新たな驚きとともに僕の狭い世界を広げてくれていた月刊誌だった。
 
そのForesightが今年の4月で休刊になるとのこと。去年の暮れにそんな連絡があった。
 
 
いやーこれは残念だ。月刊誌で一冊1,000円。しかも郵送による定期購読のみで店頭販売なし。そんな頑固なスタイルも結構気に入っていて、こちらに来てからも南寧まで送ってもらっていた。
 
まあ時代の流れと言えばそれまでなんだけど、自分の世界を広げてくれる良質な読み物がなくなってしまうのは本当に残念だ。
 
だけど解せないことがいくつかあるので声を大にして言いたい。休刊の理由に
 
(1)厳しい出版状況に直面する中で、全社的な事業の再編、特に雑誌部門の見直しが避けられなくなったこと、(2)二十年間の健闘はあったものの、今後の収支改善の見通しが立たないこと、(3)インターネットの普及で、国際政治経済情報を扱う月刊誌の役割が大きく変化したこと
 
ってあるんだけれど、(2)なんて販売方面では何にも改善してないじゃん。値上げするなりネットに移行するなりは考えなかったのかな。藤田洋毅さんの中国に関する記事なんてなかなか読めないし、僕は1,500円くらいなら払う価値があると思っていたのに。とりわけ中国というアウェイで日本人一人で仕事していて、自分が気がつかない情報や見識の重要性を感じることが本当に多い。
 
そして(3)の理由なんてもっとひどい。たしかForsightの誌上で2008年くらいに20%くらい購読者が増えたと言っていたはず。今時雑誌で購読者数が増えているてことは、ネットの普及で逆に確実で良質なインテリジェンスが必要とされている、つまり役割が増しているっていう証拠だと思うんですが。
 
新潮社さん、商売下手すぎるんじゃないでしょーか?

Written by shunsuke

2010年1月24日 at 2:47 AM

旧正月はローマから船に乗ってカルタゴへ

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1月も早くも20日。今年は2月14日が旧正月なので、中国もいよいよ年末らしくなってきた。中国では旧正月は学校も会社もみな一斉に休みになる。またどっか行くの?と言われそうですが、はい行ってきます。ローマから船に乗ってカルタゴへ。
 
なんでわざわざイタリアから20時間以上かけて船で行くのかって?そりゃ、スキピオになってみたかったからですよ。2000年前に歴史が作られた同じルートをたどって地中海を渡る。想像しただけでもワクワクしてくるじゃないですか。
 
まあ、正確に言うとローマでもカルタゴでもないけど、この際そんなことはどうでもいい。歴史好きにはたまらないんです。ほら、ついでに南寧では食べられないナポリピッツアがたっぷり食べられるし。
 
2/10 ZH9604 南寧(NNG)18:40 → 広州(CAN)19:50
        AF107   広州(CAN)23:50 → パリ(CDG)6:10(+1Day)
2/11 AF2178 パリ(CDG)9:35 → ナポリ(NAP)11:50
2/12 ナポリ → サレルノ 23:59 → (フェリー泊)
2/13 → チュニス 21:00 チュニス泊
2/14 チュニス → ケロアン
2/15 ケロアン → マトマタ
2/16 クサール・ギレン
2/17 クサール・ギレン → ドゥーズ
2/18 トズール → (列車泊)
2/19 カルタゴ
2/20 AF1685 チュニス(TUN)9:05 → パリ(CDG)11:40
       AF102 パリ(CDG)23:35 → 広州(CAN)18:30(+1Day) 
2/21 ZH 9603 広州(CAN)20:20 → 南寧(NNG)21:30
 
実は広州からのチケットがめちゃくちゃ安くて9月には買っていたのだけど、放っておいたら旅行までもうあと一ヶ月しまってた。で急いでチュニジアに行ったことのある人たちの日程をならってみたら、かなりハードスケジュールになりそうだ。まーそんなことはきっと出発したら吹っ飛ぶわけで、あとは仕事が終わるかどうか。久しぶりの一人旅楽しんできますよー

Written by shunsuke

2010年1月20日 at 10:42 PM

カテゴリー: 2010/02 Tunisia

中国とASEANとのFTAについて

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2010年1月、中国とASEANとの間でのFTAが本格的に開始された。中国とASEANは2001年11月にFTAの締結について基本合意に達し、特定農産物を対象にした04年の先行関税引き下げを経て05年1月に工業製品など7,000品目に対象が拡大され正式に発効している。

それ以降ASEAN先行加盟国のインドネシア、シンガポール、タイ、マレーシア、フィリピン、ブルネイは2005年より段階的に関税を撤廃して、2010年から晴れて特定品目を除いた全体の93%にあたる品目で関税がゼロとなったわけ。中国のASEANからの輸入に対する平均税率は0.1%になったらしいので、ほぼ無税。ちなみに他の国に対する中国の平均税率は9.8%、日本は2008年度実績で6.7%。

ただもちろん中国、ASEAN各国ともに特定品目を設定して、この分については引き続き一定の関税を課していくことになる。ASEANから中国にモノを輸入する際のコメ、小麦などの穀物、内モンゴルで生産される羊毛、雲南名産のタバコ、テレビなどの主要産品はしっかり保護しているのはさすが。ま、当たり前といえば当たり前か。

  中国の主要な対ASEAN「特定品目」
※ASEAN各国から中国に輸入する際にかかる税率
品目 税率
コメ、小麦、トウモロコシ 65%
砂糖、蔗糖 50%
尿素、リン等化学肥料用原料 50%
綿花 40%
羊毛 38%
テレビ、PCディスプレイ 30%
タバコ 25%
乗用車 25%
天然ゴム 20%
合板、MDF等木質ボード    4%~12%
ダンボール原紙、板紙 7.5%

ASEAN後発加盟国のベトナム、カンボジア、ミャンマー、ラオスは2015年までに先行6カ国から5年遅れて段階的に関税を撤廃していくことになる。中国の報道は「2010年時点で貿易額4兆5,000億ドルと加盟人口19億人の発展途上国最大の自由貿易圏だ!」と大賑わいだった。と探していたらテレビニュースも出てきた。

http://cntv.china.com.cn/video.asp?id=798

ちなみにASEANにとって2010年は区切りの年でASEAN6カ国内での原則8,000品目での関税撤廃、韓国との中国同様のFTA、そしてオーストラリア、ニュージーランドとのFTAも発効となるらしい。そういえば日本とも2009年にEPAも結んでたっけ。

http://headlines.yahoo.co.jp/hl?a=20091229-00000002-fsi-bus_all

ともあれ「ASEANへのゲートウェイ」を自称している南寧にとっては一大転機で、商務部と自治区が中心になって記念フォーラムを開催したので行ってきた。三日間の日程ってことで指定されたホテルに行くと、ホテルからなんとパトカー先導で会場入り。交差点も警察官がいて交通整理、赤信号も関係なく進んでいく。やべ、こりゃ本気だ。

初日はバンケットのあと花火大会。南寧の夜景をバックにフルオーケストラの演奏に合わせてこれでもか!というくらいバンバンあげる。

花火?たいしたことないんじゃない?なんて思っていた僕が大間違い。100mくらい先の目の前で上がる花火の迫力はすごい。ずしんずしんと身体の芯に響いてくるぜ。同行者曰く「北京オリンピックの閉幕式の花火よりすごかった」。

2日目は記念式典。このタイミングに合わせて投資プロジェクトの調印式をしたり、記念講演をしたり。マレーシアのエコノミストの「中国は○○億元の投資をする!と約束してもその金額が実行されないことが多い、ちゃんとしてよね」と堂々と指摘していたのにはちょっとびっくりした。やっぱり言うことは言わないと。今回調印された中国からの投資案件も金額ベースで半分はCBDがお金を出したもの。これってひも付き借款って考えていいのかな?

参加者は300人ほど。政府関係者、研究者、企業関係者。80%が中国の政府、企業関係者であとはASEAN各国からの政府関係者、外資企業などなど。日本人は10名弱。自治区政府曰く「呼んだけどあまり来てくれなかった」とのこと。

二日目の夜にはこんな民族舞踊パーティまで。これでもか!っていうくらいに豪華。

聞いた話によると○○○万元くらい自治区政府は使ったらしい。それを聞いて納得するくらいの豪華さだった。中身が充実したいたというわけではないけれど、気合いの入りようと広西の威信がかかっているということはひしひしと伝わってきた。

それにしても欧米諸国が自由貿易の推進を見直そうとしている中いまだ社会主義を標榜している中国と、反共産主義という意味合いもあったASEANとが経済的メリットという共通の目的事項で手を結ぼうとしているのはなんか皮肉だ。そう思うのは僕だけだろうか。

Written by shunsuke

2010年1月17日 at 4:43 AM

地球の歩き方に家が写ってた

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この前帰国したとき、「地球の歩き方」の中国版を買ってみた。ほら、やっぱりどこか行く際にも便利でしょ。
 
で、この前パラパラとめくっていたらびっくり!南寧のページに今僕が住んでいる家が写っていた。「五象広場」っていう最近開発されたところに住んでいるのだけど、下のゾウが立っている後ろのビルのさらに後ろの建物が今住んでいるマンション。ま、写っているとは言ってもほんのちょっぴりだけどね。
 
 
別になんでもないことなんだけど、去年の7月に南寧に来て、次第にこの生活に慣れてきて、時々あれ?どこにいるんだっけ?ってよくわからなくなる時がある。一人で夜オフィスを出て、あー今中国にいるんだってようやく実感する感じ。だから家を見つけてあ!本当に南寧にいるんだってことを改めて認識できた気がした。変な話だけどね。

Written by shunsuke

2010年1月16日 at 4:01 AM

カテゴリー: 南寧での生活

コタキナバル旅行 Index

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Written by shunsuke

2010年1月14日 at 12:25 AM

カテゴリー: 2009/12 Mt. Kinabalu

DAY7: 最後はやっぱり風邪をひく

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ピピピピッピピピピッんーもううるさいなあ!と朝6時半に目覚ましで目が覚める。あー頭痛い。完全に二日酔いだ。それにしてもなんでこんなに目覚まし時計の音って耳障りなんだろう、本当にいらだつ。寝ていられなくさせるためだから当たり前か…
 
そそくさとパッキングをして、3泊した宿をあとにする。"Kinabalu Backpackers’ Lodge"久しぶりに安宿に泊まったのだけれど、ドミで25リンギット(1000円弱)、ダブルで40リンギットと安いうえにきれいで親切で申し分なし。コタキナバルでバジットホステルをお探しのアナタ、おすすめです。
 
 
この日も昨日と同じく熱帯の太陽がギラギラ照りつけていた。今から帰る南寧も日本に比べたら暖かいとはいえ、冬はジメッとしていてなかなか寒い。太陽も出ないし部屋も寒いし。あー帰りたくないなあ。太陽が恋しいよ。
 
 
とはいえ、着々と離陸時間が近づき9:30に予定通りコタキナバルを出発。3時間ほどでシンセンにつき東京に戻るSJともお別れ。朝方からなんだか熱っぽくて最後まで付き合えなくてごめんよ。一緒に登れたキナバル山、楽しかったよ。
 
その後、シンセンで4時間ほどトランジット。たまりにたまっていたメールと仕事を処理していくものの、体調は悪化していきふらふらになりながら20時過ぎに南寧の家に到着。いつもの旅と同じくやっぱり体調を崩してしまったけど、海に潜って山に登って、なかなか幸先よい2010年の始まりだった。

Written by shunsuke

2010年1月14日 at 12:19 AM

カテゴリー: 2009/12 Mt. Kinabalu

DAY6: キナバル温泉物語

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1月2日、10時間ほどたっぷり寝て起きると案の定体中が悲鳴をあげている。中でも太ももが笑っちゃうほど痛くてホテルの5段の階段を降りるのもつらい。外に出てみると昨日の雨とは打って変わって青空がのぞいている。さっそく朝ごはん前に昨日一緒にキナバル山から降りてきたメンバーと昨日入りそびれた温泉に向かう。
 
ここポーリン温泉は第二次大戦中に日本軍が掘り当てた温泉で、温泉プールや屋外の露天風呂などがある温泉テーマパークになっていて家族連れでにぎわってきた。大江戸温泉物語ならぬキナバル温泉物語か。
 
 
露天風呂は無料なんだけど、どうせなら水着なんて着ずに入りたい!ってことで15リンギット出して個室風呂に。こんな形の個室風呂になっていて蛇口をひねると源泉が出てくる。昨夜は18時には閉まっていて入れなかったけど、今朝はばっちり!お湯はヌルヌルとっするアルカリ性の泉質でまるで下呂温泉みたい。温度も43℃くらいで現地の人は水で薄めて入っているみたいだけど、熱いお湯が好きな僕にはぴったり。
 

うはー気持ちえ゛ーとSJ。僕も登山で疲れた身体に一ヶ月ぶりの湯船はたまらなかった。いやーこれ、昨日の夜に入ってそのあとビールとか飲んだら極楽だったなあ。キナバル山行った後にポーリン温泉に行く方、18時には個室温泉が閉まってしまうのでそれより前がおすすめです。

変なもの見せてすみません…さっぱりした後は朝ごはんを食べて公園内にあるキャノピーウォークを散策。温泉入って少しは楽になったけど、歩くのがきつい。特に下りを歩くと太ももとふくらはぎが思うように動かずにロボットのようにぎこちない。そんなぎこちない我々をでっかい木が迎えてくれた。

どうせキャノピーウォークなんてたいしたことないんじゃない?なんて疑い半分で行ったらなかなかどうして、結構面白い。地上から30-40mのところに木と木との間をつなぐつり橋がかけられていて、ほんとにジャングルの間を飛んでいるような気になる。

ふと横を見ると、ジャングルそのもの。

キャノピーウォークを満喫したあとは、ホテルのフロントスタッフから「あなたラッキーね、ちょうど最近咲いたばかりなのよ」と場所を教えてもらい世界最大の花ラフレシアを見に行く。このあたりは生息域なのだけれどなかなか見られないらしく、なかなか幸運。

たまたま居合わせたガイドによるとラフレシアは木の根に寄生して咲く花で、これで咲いて二日目とのこと。一週間ほどでしおれてしまうらしい。花はたしかにデカイ。ゆうに50cm、いや60cmはあったと思う。隣にタバコを置いてみたかったけど柵があって近づけなかったのが残念。そして確かにくさい。2mくらいの距離でも肉の腐ったようなにおいが漂ってきた。

ポーリン温泉でのミッションを全うした後は、エージェントの手配した車でコタキナバルに戻る。キナバル国立公園ともお別れかー、三日間楽しかったなあ。また来るよ、きっと。ちょうどコタキナバルに向かう車を探していたオーストラリアのパースから来たクリフとその彼女(ごめん、名前忘れた…)のカップルも一緒に乗り込み、「笑顔とお辞儀の使い分」で一時間ほど盛り上がる。

笑顔の使い分け。もちろん意識していないでできる人も多いんだろうけど(特に欧米人には)、意識して使うことを教わったのも新入社員の時の研修だっけ。そう考えると日本の新入社員教育ってけっこうすごいと思う。使い分けてみる彼女。そうさ、それがperfect simleだぜ。

彼女のほうのお父さんはコタキナバルの出身で、オーストラリアに留学していた時にオーストラリアのお母さんと出会って彼女が生まれたらしい。で、彼女にとっては初めてのコタキナバル。二人で互いのルーツを訪ねる旅なんていいなあ。

夜はキナバル山頂上で一緒になった四人組と再び中華の海鮮屋台へ。たらふく食べてたっぷり飲んで、1時過ぎまでバーでオージーやマレーシアンチャイニーズと盛り上がる。それにしても、最後まで楽しい旅行だった。しかし宿も華僑の経営だったし、バーで騒いでいたのも地元のチャイニーズだし、コタキナバルで半分は中国語だった気がするなあ。結局中国を離れてもまだ中国から離れられてないのがちょっと複雑。いよいよ明日は(中国へ)帰国です。旅の終わりはいつも憂鬱だ。

Written by shunsuke

2010年1月12日 at 11:43 PM

カテゴリー: 2009/12 Mt. Kinabalu

DAY5: キナバル山よいとこ一度はおいで(キナバル山下山編)

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さて、登頂を果たしたものの相変わらず東の空は厚い雲に覆われたまま。6時30分、なかなか出てこない太陽にしびれをきらし、頂上でのご来光を諦め下山を開始。ごつごつした岩肌の山、そして一面に広がる雲海が有無を言わせぬ景色をつくりだしている。

うしろにぴょこんと飛び出たLow’s Peakを名残惜しそうに振り返る一行。またいつか来たいね。

ここからふもとの公園本部まで2,300mを一気に下ることになる。「いやーそれにしてもこの岩、すごいね。キャッチボールでも何でもできそうだね」氷河期に氷河が削りだしたとのこの岩盤を見てそんなことをつぶやく我々。とは言えグローブもボールもないので、とりあえず寝転んでみた。

それにしても平べったいよね。ほら、扇もできちゃった。

綱引きもしてみた。※このロープは登山用なので綱引き用ではありません。

垂直の岩壁もよじ登ってみた(ウソ)。J、もう少しうまくやろうぜ。それじゃ腕立て伏せにしか見えないよ…

元旦早々からそんなおバカなことをしている我々を祝福するかのように陽が射してきた。一気に世界が暖かく、そして明るくなる。

しばらく下っていくと、ようやく岩と岩との間から草が顔をのぞかているあたりにたどり着いた。明るい下りは、えー!こんな道来る時に通ったっけ?の連続。登り下りの違いはあるにせよ、暗い間に通ると道はほんとによく分からない。

登りはグロッキーだったSJも下りは快調そのもの。

キナバル山のガイドはみんな地元の人、老若男女いろんな人が狩り出されている。僕らのガイドモハイニンは地元で農業やっているおっちゃん。彼女も近くの村のおねーちゃん。

8時過ぎにラバンラタゲストハウスに到着して、朝食をいただく。そしてすぐさま荷物をまとめふもとに向けて出発。このラバンラタから公園本部までの6kmの道のりが遠かった。結局4時間近くかけてヘロヘロになりながら登山道の入り口まで戻ってきた。両膝ガクガク、太ももピクピク。年ですな。

公園本部でお昼を食べて丸一日ガイドをしてくれたモハイニンとお別れをする。その後、ツアーの手配した車で一路ポーリン温泉へ。シャワーを浴びて泥のように眠る。

Written by shunsuke

2010年1月10日 at 10:30 PM

カテゴリー: 2009/12 Mt. Kinabalu