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Archive for 4月 2010

陸路でビエンチャンまで行ってみよう!

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「南寧からラオスのビエンチャンまで直行便ができたってよ」そんなうわさを聞いた3月上旬、どうせまたガセネタだろと思って調べてみたら本当にあった。中国東方航空で週三便。昆明-ビエンチャン便が南寧経由で昆明-南寧-ビエンチャンになった。そんなのに誰が乗るんだい?と思ったけど、南寧とビエンチャンに拠点のある僕の会社の事業にとっては朗報。

思い立ったが吉日、ということもあり清明節の休み(4/4-6)を利用してビエンチャンまで行ってきた。でもただ飛行機で往復するだけじゃ面白くないので、どうせなら行きは陸路で行ってみよう!と、南寧からハノイまでを列車で、ハノイからビエンチャンはバスでバックパック出張。地図で見ると南寧からビエンチャンは1000kmもない。直線距離で広州までと同じくらいだ。南寧、昆明、ビエンチャンがちょうど二等辺三角形のような位置関係にある。こうやって見るとよくわかるな。

まずは前回も乗った南寧からハノイまでの鉄道。相変わらず国境で二回も検査をしなくちゃいけないのはめんどくさい。

前回同様、夜が空けきらない5時前にハノイ着。列車の中で仲良くなった香港からの二人組Frankたちとタクシーをシェアし旧市街に向かう。ハノイからビエンチャンへの直行バスは夕方出発なので、ホテルに荷物を置き、まずはおなかを満たす。何にしようかなーと迷ったけれど、初ベトナムの二人組もいるし、やっぱり生の牛肉フォーで決まり。

生の牛肉がたっぷりのったフォーに熱いスープを注いでぱくっといただく。あーたまらない。鳥と牛が見事にミックスしたスープ、ツルツルっとのどに吸い込まれていくフォー、そしてピリッと味を引き立てるパクチ。おいしいなあ。食後は前回Hちゃんに教えてもらったハノイ見所コースにFrankたちをご招待。

そしてミックスフルーツチェー(hoa qua dam)もはずせない。

ホテルに戻ってビエンチャンでのプレゼン資料を準備しているとあっという間に昼過ぎになってしまった。お昼ごはんも前回Hちゃんに教えてもらったハノイの居酒屋Chim Sao。昼間やっているか心配だったけれどばっちりやっていた。相変わらずうまい!

と、あっという間にハノイでの時間が過ぎ、ビエンチャン行きバスの出発時間になってしまった。バスは寝台バスと座席バスがあり、それぞれ39ドルと32ドルだったので寝台バスをチョイス。だけど後でもらったチケットを見ると寝台バスの値段は55万ドン(30ドル弱)。10ドル以上も旅行会社にとられていた。

17時に集合。そう言われて旅行会社で待っていると、バイタクがやってきて旧市街の集合場所に連れて行かれる。その後さらにバンがやってきて旅行会社経由で申し込んだツーリストはみなそれに乗せられ郊外のバスターミナルへ。結局ピックアップから3時間経ってようやく20時にバスは出発。寝台バス、と聞いて中国式の2人で添い寝バスかと心配したけど、こんな感じでなかなか快適だった。

前日もあまり寝ていなかったので、寝台バスで豪快に眠る。気がついたら翌朝7時で、バスはベトナムのイミグレーションに到着していた。ここでいったんバスを降り出国審査。

ベトナムのスタンプを押してもらったあとはてくてくと徒歩でラオス側のイミグレに向かう。このあたりは標高も400mくらいあるので、けっこう涼しい。

"シンチャオ"と"サバイディー"の看板。前回ラオスに来たのが昆明で留学する前の2000年9月のこと。ほぼ10年前になるんだ。懐かしい。あの頃はラオスもベトナムも中国もビザが必要だったけれど、今では2週間までの滞在だったらどこも必要ない。便利になったなあ。欧米各国はまだラオス入国の際にビザが必要らしくみんなビザで並んでいた。

ちなみにラオスとベトナムの間は車両乗り入れOKなので、バスを乗り換える必要はない。これは便利だ。この後はひたすらラオスの大地を走り、15時過ぎにビエンチャン到着。出発したのが20時なので、国境通過も含めて計19時間かかった。それにしてもビエンチャンは暑い。南寧、ハノイは25℃もなかったのに38℃もあった。

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Written by shunsuke

2010年4月27日 at 2:58 AM

カテゴリー: 旅行

来週は晴れ舞台、伴郎デビュー

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来週、友人の結婚式で新郎の介添人"伴郎"(バンラン)を務めることになった。
 
中国の結婚式では新郎新婦に"伴郎""伴娘"(バンニャン)と呼ばれる友人が付き添って世話をすることになっていて、結婚式当日新郎新婦と行動をともにすることになる。この"伴郎""伴娘"、独身の男女にしか許されていないらしく、新郎新婦の次に結婚式で注目されることになる。
 
 
調べてみたら卓球の福原愛ちゃんもかつて伴娘を務めたことがあるらしい。
 
この伴郎、伴娘、一人三回までしかやってはいけないとのこと。つまり三回もやったのにまだ独身なら、いくらやっても結果は変わらないよってことか。
 
僕にとってこれが最初で最後の機会、になるかどうかはわからないけど、全然知り合いもいない土地にやってきた外国人の僕をこうして受け入れてくれる地元の友人がいるというのは本当にうれしいことだ。ありがとう小蒙、小韋。二人にとっても、参加した人にとっても一生の思い出に残る最高の結婚式にしようぜ。
 
ただ当日は400人も参列する大きな式、40席以上のテーブルを回ってあいさつをし酒を飲み干さなくてはならない。さーて、今から体調整えないと。

Written by shunsuke

2010年4月23日 at 12:37 AM

カテゴリー: 南寧での生活

日本人であること

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昨日、広州総領事と広州商工会のミッションが南寧にやってきた。広西側の代表として昼、夜と話をする機会があったのだけれど、久しぶりにああ、日本だなと感じた時間だった。
 
僕の仕事は日本企業の日本人が中国でやっている仕事の中でも結構特殊な部類に入る。日本人一人の職場で、地元の国営のパートナーとともに仕事をし、広西で育った木を広西の業者相手に売る。そこに関わってくる"日本"は僕だけしかいない。
 
こういう機会に同じく中国で働いている他の日本人の方々と会い話をするのはなかなか貴重な機会だ。ひどく日本的な関係がいいか悪いかは別として、今回会った方々もそもそもここに来なければ接点もなかったような人たちばかり。
 
どれだけ僕が中国に長くいようと、今後どれだけ僕が南寧で足場を築こうと、自分が日本人であることは今も、そしてこれから先も変わることない。やっぱりここはアウェーなんだよね。僕が何にも関係なくとも日本と中国の間に何かがあれば仕事に響くし、じゃあこれから先仮に日本と中国との間に戦争が起きたとしたら僕が頼ることができるのは日本という国なんだ。
 
これからもそれを忘れることなく、時にはそれを誇りに感じられるような日本人でいたい。と、そんなことを感じた一夜でした。

Written by shunsuke

2010年4月20日 at 8:16 PM

酒と記憶

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最近、週末でも仕事の付き合いが多い。休日だけ南寧に戻ってくる人をつかまえるためだったり、相手の家族も一緒に招待するためだったりするのだけど、昨日もそんな酒の席で気が付いたら家で寝ていた。
 
最近、お酒を飲んたあとの記憶がないことが多い。日本にいた頃はこんなことほとんどなかった。この前、仕事のパートナーのところでしこため飲まされたあとに46万元の車を購入した。だけど、ディーラーに行った記憶はあるのだけど、僕に「イエス」と言った記憶がなかった。まあ、買うと決めて行ったからよかったんだけど、記憶がないのは困る。
 
昼を過ぎて二日酔いはつらい。風邪もつらい。

Written by shunsuke

2010年4月18日 at 1:34 PM

カテゴリー: 南寧での生活

ハノイ食いだおれDAY3:ダメな男、働く女

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朝7時前に目が覚める。深緑のカーテンをサッと開けると、今日もハノイの空はどんよりとした白に包まれたすっきりしない天気。Hちゃんによると、この季節はハノイもこんな天気が続くらしい。南寧と同じだ。朝ごはんを宿の近くの生肉のフォーを食べハロン湾へと急ぐ。
 
ハノイからハロン湾までは下道を渋滞につかまりながら2時間半ほどの道のり。ツアーバスで隣になった中国系マレーシアンと仲良くなりおしゃべりをしていたらあっという間についた。中国国境からハノイまでの道もそうだけど、ドル箱路線のはずのハノイからハロン湾への道もまだ高速が整備されていない。中国の過剰とも思える高速道路網と比べるとほんとこれからなんだろうな。
 
ハロン湾に到着しても相変わらずすっきりしない天気。そんなどんよりの空にどんより濁った海、あんまり盛り上がらないなあと嘆きつつ船に乗り込みクルーズ出発。
 
 
クルーズ船、というよりも海賊船は見た目はボロかったけど、キャビンの中はテーブルクロスが敷かれたテーブルが並ぶそれなりの船。ハロン港を出て10分くらいしたら小舟でバナナを売りにやってきた。物を売っているのか遊んでいるのかわからない子どもたち。ハノイの街中でもそうだったけど、この国では女性と子どもが働いているのが目立つ。肝心の大人の男はどうしているのかというと、昼間っからビール飲んだり寝ていたり。開高健が描いたベトナム戦争時代の姿と変わっていないよ。
 
 
船の中を探検していると、裏手に洗濯物が干してあった。そう、僕らが乗り込んだ船は単なる海賊船じゃなく、乗組員家族の家にもなっているんだ。友人Iはこの船の女の子にすっかり心を奪われて疑似父親体験。女の子が嫌がっていた気がするのはきっと気のせいだろう。
 
 
出港して20分くらいすると、ようやくお目当ての岩たちが見えてきた。われわれの海賊船もほかの船に続き岩が並ぶ海域へ進んでいく。なんかこの船の形といい、船の配列といい映画の海戦のシーンを見ているようだ。
 
 
そして13時を過ぎたころにようやくお目当てのお昼タイム!テーブルに料理が並べられ、船は魚が養殖されているいけすにやってきた。小アジのような小さい魚、ヒラマサのような大型魚。食べたい魚があったらここで買って船でバーベキューにしてくれるらしい。いろんなのが養殖されているなあと眺めていたら、いけすの主が「これはどう?」みたいな目つきでいけすからすくいあげた。おおっ!これはカブトガニじゃないか。いやいや、さすがにこれは遠慮しておきます。
 
 
カブトガニは選ばなかったものの、お昼は揚げ春巻き、プリップリのエビと船の上にしてはそこそこ納得できる味。腹ペコだった食いしん坊5人はこれだけでは物足りず、隣のテーブルのご飯ももらうことに。ほら、残すのはやっぱりよくないしね。
 
 
食後は無料のオプション、カヤックでハロン湾を水面から堪能する。このあたりにはカルスト台地がつくりだした洞窟や鍾乳洞がたくさんあって、カヤックをこいでこんな天然のトンネルをくぐったりできる。
 
 
一つ残念なことが、水がかなり汚れていること。海賊船の上からはよくわからない汚れも、カヤックに乗って水面レベルで見るとよくわかる。ハロン湾に集まる観光客を目当てに海上に浮かぶボートで暮らしている人たちがいて、そこから出る生活排水が原因だろうな。この水の上で暮らし、この水を使って洗濯し、この水で育った魚を食べて育っていく。われわれはふらっと来て提供される食べ物を食べて帰るだけ。こういうところこそ行政がなんとかしなくてはいけないところな気がする。
 
 
このあとは鍾乳洞を見学し、5時ごろのバスに乗ってハノイに戻る。帰りのバスではここ2日間の疲れが出たのか大爆睡。ほとんど話をする間もなく眠りに落ち、ずっと寝ていた。そしてハノイ最後の夜、Hちゃんとっておきのハノイの居酒屋Chim Saoで大いに飲んで大いに食べる。ここはベトナム風の味付けの牛肉にマスタードの隠し味が効いていたり、出てくる料理の一つ一つが手が込んでいてベトナム版創作居酒屋って感じ。さすがHちゃんのとっておきだけある。みなさん、ハノイに来たらこの店は外せませんよ。
 
 
 
ハノイ最後の夜はHちゃんのハノイ時代の友人Mちゃんも合流し、最後はビリヤードを満喫。翌朝、4人と別れ一路バスで南寧に帰宅。それにしてもハノイを食べつくした丸二日だった。うーん、こりゃまた絶対来よう。

Written by shunsuke

2010年4月17日 at 4:47 PM

カテゴリー: 旅行

ハノイ食いだおれDAY2:エネルギーが満ちあふれる国、ベトナム

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ハノイ食いだおれDAY1:南寧からハノイまで列車に乗って行ってみよう!

朝4時40分にハノイに着き、真っ暗闇の街をタクシーですっ飛ばしてホアンキエム湖近くの待ち合わせたホテルへ向かう。タクシーはしばらく迷ってどうにか到着するも、まだホテルが空いていない。そりゃそうだ、朝の5時過ぎに空いているホテルが珍しいよ。

露骨にいやな顔をして僕が払った5ドル分の人民元を受け取ったタクシーを見送ると、近くの開いていたカフェでモーニングコーヒーで一息つく。淹れたてのコーヒーの香りが店の中に漂い、その香りを甘いミルクに閉じ込めて口いっぱいに含む。すると寝不足でぼーっとしていた僕の身体の節々が朝の挨拶を済ませてむくむくと起きだしてくる。苦みと甘みが重なり合って、少し肌寒い夜が明けきらないハノイの街にぴったりの味だ。

そんな久しぶりのベトナムの朝を楽しんでいたらいつの間にかお目当てのホテルも開き、友人とめでたく合流。日本を出る前に一緒に筑波山に登って以来だから8カ月ぶりだ。初対面の2人も合わせて計4人になったわれわれは、ベトナム在住経験のあるHちゃんの案内で朝から豪華に蒸し春巻き(banh cuon nong)でおなかを満たす。

つきたての甘い香りが漂うライスペーパーに、くるくるっと具をくるみ新鮮なパクチーと一緒にヌックマムをつけてほおばる。すると、ちょっと甘みがきいた具の味と独特な魚醤の味が柔らかい米に包まれて口の中に広がっていく。なんだろう、この暖かい味は。広東料理に近いんだけど全然違う、東南アジアの味だ。そう、今回の旅のテーマは「ハノイB級グルメの旅」。2年前までハノイに2年ほどいたHちゃんの案内でハノイを食べつくすのだ。

まずは蒸し春巻きでおなかを満たした我々は、次に食べるご飯の前におなかを減らすためホーチミン廟へ向かう。前回来た時はロシアにメインテナンスに行っていて見られなかったホーおじさんにご対面だ。さぞかし厳粛な雰囲気なんだろうと思いながら行ってみると、小学生が遠足がてらにたくさん来ていてちょっと拍子抜け。

結局少年たちをからかいながら1時間半ほど列にならび半年越しのホーおじさんとご対面。Hちゃんいわく「絶対これニセモノだよ」。まあ、なんと滅相なことを。それにしてもレーニンといい毛沢東といい、ホルマリン漬けにされてこうして見世物にするの旧共産圏は好きだよね。これって本人が望んだのだろうか?

ともあれホーおじさんに謁見した後もわれわれの食欲は衰えず、Hちゃんのハノイ時代の平民食堂へ。中国のぶっかけごはんのようにすでに調理されている皿が並んでそこからおかずを選んでいくのだけれど、中国とちがって皿が別々に出てくるのがうれしい。こうすればみんなでシェアできるし、味も混ざらないもんね。

満腹、満腹。ベトナム料理すごい。と食後の散歩がてらにマーケットをぶらぶらしていると、すっぽんがかごの中から出ようと必死で手と首をのばしていた。そういえば近藤紘一さんの本にも市場ですっぽんをさばく様子が出てきたっけ。それにしてもすっぽん、こんなに首が伸びるんだ。すごい。

すっぽん鑑賞後は焼き物の村、バッチャン(Bat Trang)に最近引っ越した部下の引っ越し祝いを買いに行く。ローカルバスに乗りちょっと揺れのある道をガタゴトと走っていたらいつの間にか眠りに落ち、気が付いたらバッチャンに着いていた。さとうきびジュースでのどを潤し、市場を歩くと黒とカラフルな色を組み合わせたセンスのいい陶器たちが次から次へと目に飛び込んでくる。形といい色使いといい中国に比べてなんてセンスがいいんだろう。こりゃ、迷うぜ。

まとめ買いしたい衝動をなんとか抑え最低限のお土産を買ってハノイに戻る。そして今度はHちゃんイチオシのおやつミックスフルーツチェー(hoa qua dam)を道の脇でペラペラの椅子に腰かけていただく。これが面白い。縦長のグラスいっぱいに果物と練乳が入っていてそこに氷をちょびちょび入れてかき混ぜながら食べる。すると、最初は単に果物の練乳かけだったのが、次第にいろいろ混ざりミックスフルーツシェイクみたいな味になる。こりゃ、おいしいや。

食いしん坊4人組が次に目指したのはHちゃんおすすめのカフェ。えーこんなところにカフェなんてあるの?と思うような路地を進んでいくと階段が現れ、その狭いらせん階段を上っていくと、いきなりホアンキエム湖が目に飛び込んできた。

鳴りやむことのないけたたましいクラクションとバイクの喧騒、しーんとしたテラス席から眺めるハノイ旧市街の風景、そしてその対照的な音と景色の中でゆっくり味わうここの名物卵いりコーヒー(だったと思う)。ハノイの街の魅力がこの瞬間に詰まっているかのようで、思わずぼーっと佇んでしまった。

夕方ホテルに戻り、ラオスから戻った1人を加えて5人になった食いしん坊はハノイの夜の街へ繰り出す。目指すはハノイ在住者の宴会の定番、鶏脚(chan ga nuong)、ベトナム風の焼き鳥屋。通りが全部焼き鳥屋になっていて、オープンエアーのテーブルで焼き立ての鳥や豚を腹いっぱいほおばる。ちょびっとスパイスが効いた香ばしいタレの味がたまらなく、ビールにぴったり!

そして、帰り道に週末に店が出る旧市街のナイトマーケットに寄ると、そこは若者の群れ群れ群れ。友人Iの言葉を借りると「出会う人がみな僕よりも若いから、それだけでエネルギーを感じるよね」とのこと。うん、確かにそうだ。みんな若い、若いエネルギーが街中からほとばしっている。そしてきっと中国と同じく明日は必ず今日よりもいい日になると未来を信じている、そんな希望が伝わってくる。この国はまだまだこれからの国なんだなあ、そうひしひしと実感して眠りについた。

Written by shunsuke

2010年4月16日 at 10:56 PM

カテゴリー: 旅行

ハノイ食いだおれDAY1:南寧からハノイまで列車に乗って行ってみよう!

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「ハノイ行かない?」2月にチュニジアに行っていた時、友人からそんな誘いをもらった。行く行く!と答えたもののドタバタしていたらあっという間に約束の週末がやってきて、週末ハノイ旅行第二弾に行ってきました。前回はバスでハノイまで行ったので、今回は鉄道で行ってみることに。

ハノイ行の国際列車は南寧-ハノイ間を一日上下とも一往復していて、パスポートを提示して南寧駅でチケットを買うことができる。国際列車のチケットは普通の列車のチケットと違っていて、ロシア語とドイツ語でも表記されている。鉄道を建設した時にドイツから技術を導入したりした名残りなのかも。

南寧発の列車は18:45分なので金曜に仕事を終えて乗るにはちょうどいい。17時30分に強引に仕事を終わらせてハノイで集合する友人たちへのお土産を買いこんだスーツケースを転がし、夕暮れ時の南寧駅に向かう。

金曜の夜なのにもかかわらず乗客は30人ちょっと。乗客の三分の一は南寧で留学、もしくは仕事をしているベトナム人、三分の一はベトナムに旅行、仕事に行く中国人、そして残りの三分の一は外国人旅行者。気になるお値段は硬臥で147元だからバスの150元とほぼ同じ。硬臥と軟臥があるのだけれど、コンパートメントになっている軟臥には欧米人しか乗っていなかったのが興味深かった。

列車の中は普通の列車と変わらない。だけど国際列車らしくすべての表記が中国語とベトナム語で書かれている。なかなか頑張ってるじゃん。

列車は国境まで200km弱の道のりをトコトコゆっくりと進み、3時間半ほどかけて22:20に中越国境の街、ピンシャンに到着。ここで乗務員が出国スタンプを押すために全乗客のパスポートを回収していく。パスポートを取り上げられた我々は荷物を全部持ってフォームに降り、空港にあるような荷物検査機に通す。

一応南寧を出発した時にも同じような荷物検査をしているんだからやらなくてもいいじゃん。ザ・非効率。そんなことを一緒に乗り合わせたシンセンのオーディオ会社で働く中国人と話していたら、続々と乗務員も降りてきて荷物検査をし始めた。その数20人超。下手すると平日は乗客よりも乗務員のほうが多いんでない?

ピンシャンの駅で降りてほかにどんな手続きをするのかと待ちぼうけていたら、また列車に乗れとのこと。なんだよ荷物検査だけかい。列車に戻ると乗務員が出国スタンプが押されたパスポートを持ってきた。結局ピンシャンには1時間20分ほど停車して23:40にベトナムに向けて出発。

もともとゆっくりだった鉄道はさらに速度を落としノロノロ運転で国境地帯を進んで、30分ほどしてベトナム側の駅、ドンダンに到着。ここにベトナム側のイミグレがあるのだけれど、今度は乗務員がパスポートを集めるのではなく、乗客が荷物とパスポートを全部持って降り、入国手続きをするらしい。線路をわたって駅舎に着いたらホーおじさんが笑顔で迎えてくれた。

ここでベトナム語と英語で書かれたアライバルカードを記入し、出国スタンプを押してもらう。ここで一大問題発生、中国人乗客たちのほとんどが英語を読めないのだ。難しい会話ができない、というわけでなく、大学を出ているような人でも"name"や"nationality"といった簡単な単語もわからないのだ。もしくは読もうとすらしない。

中国で簡単な英語ですら通じないという状況はよくあるけれど、これって単に英語教育だけの問題じゃないと思う。ほかの文化に対する敬意や興味、理解しようとする気持ちが少ないということも影響していると僕は感じている。だって自分たちが一番だから。

中国の鉄道のレール幅は標準軌の1435mm、一方ベトナム国内の鉄道のレール幅はそれよりも狭い狭軌の1,000mm。最初は車輪を交換するのかな?と思っていたんだけど、この幅の違う鉄道を直接つなぐため、ドンダンからハノイまでの線路はベトナム国内の1,000mm幅に加え、中国鉄道の1,435mmのレールが併設されていて、計3本のレールが敷設されている。なるほど、これは頭いい。

結局ドンダンにも1時間弱停車することになり、ベトナム時間の0:30(中国時間1:30)頃にハノイに向けて出発。ようやく寝られると思い寝台に横になったと思ったら4時間後には起こされ、4:40にまだ真っ暗なハノイ郊外の駅に到着。

この中越鉄道、毎日運航していてバスだと昼間の便しかないので丸一日つぶれてしまうけど、鉄道なら夜行なのでうまく時間を節約できる。ただ、ちょうど中間地点に国境があるので、寝台列車なのに中国側、ベトナム側どちら側でも熟睡できず中途半端だ。それに二回も荷物を持って乗り降りするのもひどく面倒。広州-香港間の鉄道のように南寧駅とハノイ駅にイミグレを置いて、乗車時と降車時にパスポートと荷物チェックをすればいいようにできないのかな。そうすればかなり使い勝手がよくなるはずなんだけどなー。

Written by shunsuke

2010年4月15日 at 12:50 AM

カテゴリー: 旅行