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DAY3: ラプラン寺で考えた

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11時まで寝てしまった前日の反省を踏まえてばっちり朝6時に目が覚める。あさもやの中を外に出て大タンカ台のほうに歩いて行くと、昨日とうってかわって真っ青なにゴンパの茶色がよく映える最高の天気。そうだよ、こんな青空が見たくてここに来たんだよ。

 

 

街のはずれにあるタンカ台の丘に登って朝日を浴びるラプラン寺を眺める。こうして全景を見てみるとあらためて寺がでかい。街の半分は寺だ。

 

 

中心部を拡大するとこんな感じ。昨日会ったゲシェは朝8時から説法を始めると言っていたので、もう今頃は寺の中で坊さんたちが説法を聞いているんだろう。

 

 

そんなことを考えてながら寺を眺めていたら、坊さんが丘をてくてくと登ってきた。若いのできっと説法を抜け出してサボりに来たのか。やっぱりどこにでもいるんだなあ。青い空に緑の草と赤い袈裟が見事な組み合わせ。
 
 
丘の上でぼーっとしていたら昨日の二人組が草原に行くとのこと。天気がいいので僕も行くことに。丘を降りて境内の中を歩いていくと豚が日向ぼっこをしていた。こんな天気のいい日は豚も気持よさそうだ。どうせもうすぐしたら食べられてしまうんだろうけど。
 
 
標高3,000mの日差しは思ったよりも強烈。水を売っていたおばちゃんもパラソルと帽子で完全装備だ。
 
 
車で20分ほどいくと、こんな感じの草原が広がっている。
 

 
草原には何か所か乗馬向けの馬が飼育されていて30元くらいで乗ることができる。「馬乗ろうぜ、馬。草原きたら馬だよ」なんかすっごい素朴な兄ちゃんにすすめられてついつい草原で馬に乗ってしまった。この素朴さで稼いでいるんだろうなー
 
 
草原から夏河の街に戻り、郎木寺へ向かう二人組を見送ると急におなかがすいてきたので、メイン通りでやたら人でにぎわっている回族料理屋に入る。そこで牛肉炒面を食べるとこれが大当たり。ちょっぴり辛めの香ばしいソースで炒められたシコシコの麺とヤク肉が最高においしかった。そうなんだよ、この小麦の味、これは南では食べられないんだよなあ。
 
 
「おい、ちょっとこっちきて座んなよ」一人で黙々と食べていたらチベタンに声をかけられた。彼は家族で青海省からラプラン寺に巡礼に来たとのこと。チベタン相手にはあまり中国語は好まれないので、カタコトのアムド方言と英語で話していたら、向こうから普通語を使ってきた。10年前はほとんど普通語は通じなかった記憶があるんだけど、今ではみんな話すことができるし聞くのも問題ない人が多いなあ。今でも日常会話はみんなチベット語だけれど、これだけテレビが普及したら当たり前か。
 
 
食後、彼と一緒にラプラン寺にコルラに出かける。チベット寺にはどこにもこうしたマニ車が寺の周囲に作られていて、巡礼に来た人々はこれを回しながら時計回りにぐるぐると回る。ここラプラン寺はチベット仏教の最大宗派ゲルク派の六大僧院の一つ。そんな聖地なので、もちろんここに巡礼に来る人は後を絶たない。マニ車はそんな巡礼者の手によって握られている部分が真っ黒になっている。
 
 
ラプラン寺はおよそ一周3.5kmほど。巡礼者たちだけじゃなくて、地元の人も時間を見つけてはコルラをしていて散歩コースのような雰囲気。
 
 
巡礼路のあちらこちらに「昔誰々が何かをした」といったスポットがあって、みんなそこの場所にくると頭をくっつけて祈る。毎日毎日頭をこすりつけられている場所はマニ車同様真っ黒になっている。
 
 
そんなコルラを終え夕暮れのラプラン寺を見ようと再びタンカ台にやってきたら二人組の坊さんと仲良くなった。彼の名はジュメ、四川のゾルゲから3カ月ほど勉強のためここにきているとのこと。多くの活仏、ゲシェがいるラプラン寺には各地から彼のような僧が集まってきていて数カ月滞在して勉強していく。そしてそれを地元の寺に持ち帰って広めていくそうだ。
 
彼が今研究しているのは仏教哲学とチベット医学。地元では寺が医療施設も兼ねていることもあり、簡単な病気は薬草を煎じて地元の人に提供するらしい。「村のために人が集まる、そんな寺にしたいんだよね」ときらきらした目で語ってくれたのが印象的だった。ジュメ、いろいろ教えてくれてありがとう。寺に戻ったら遊びにいくよ。
 
 
そんな夏河滞在最後の夕方、コルラの道筋で中国人観光客が正面からカメラを巡礼者に向けて無遠慮にパシャパシャ撮っていた。あーあ、見たくないものを見てしまった。動物園じゃないんだから、撮られる側の気持ちも考えようよ。相手は豚や牛じゃなくて人間なんだよ。
 
たとえば写真を撮られることが魂を抜かれることと同義な人もいるのかもしれない。信仰の場を他人に写真を撮られるのは信仰を汚されたと考える人がいるかもしれない。そういうことを想像しようよ。彼らの生活の場、信仰の場に相手の文化への敬意を持たずにずけずけと踏み込むから嫌われるんだよ、暴動が起きるんだよ。僕はチベタンでもないいち日本人だけど、この光景を見てあまりに腹が立ったので、そんな中国人オヤジの写真を至近距離で撮って言いたい放題文句言ってやった。自分は無遠慮に撮りまくっているくせに僕が彼を撮ったら怒り出す彼。
 
中国人、特に漢民族のみなさん、相手の文化に敬意を持って接しようね。こういう行為は恥以外の何物でもないよ。
 
 
少し歩いて冷静になって考えてみると、僕が撮っている写真も大して変わらないことに気がついた。もちろんすべて相手に撮っていいと確認してから撮っているんだけど、結局のところ自己満足であって彼の行為と大して変わらないんじゃないか。もしかしたら僕がこれまでとってきた行為も知らず知らずのうち、相手に不快な思いをさせていたこともあったのかもしれないんじゃないか。そんなことを考えたらカメラを取り出す気がなくなってしまった一日だった。
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Written by shunsuke

2010年7月1日 @ 2:09 AM

カテゴリー: 旅行

コメント / トラックバック2件

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  1. コタキナバルの中国人もひどかったです。。。神聖なモスクで自分撮りしまくり。メッカの方角に足向けてポーズ。しゅんさんが言うように、文化に対する興味や敬意が0なんでしょうね。観光地の中国人てなんでこんなにうるさいんでしょうね。中国にいるときは別に不快だとは思わなかったのに・・・中国人は好きなのに、外国では中国人のいないところに行きたいななどと考えながら帰ってきました。

    KAWASAKI

    2010年7月5日 at 12:59 PM

  2. > yoricoそうなんだよね。無知というか厚顔無恥というか、知っている人もみんながやっているからいいや、っていう雰囲気もあるんだよね。もちろんそういう人ばかりじゃないんだけど、大多数がそういう人なのは確か。この先どんどん中国人が他の国、文化圏に出ていく機会が増えていって自分たちの行為の恥ずかしさに気がつけばいいのだけど。

    Shunsuke

    2010年7月7日 at 6:07 AM


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