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DAY2: そしてアルジェリア

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2日目、とっても快適だったNovotelとお別れして、6:30のシャトルバスで空港に向かう。空港での向かえ同様、朝も時間通りにシャトルバスが来てくれる。アラブ=時間にルーズ、インシャアラーってイメージだったんだけど、エジプト意外としっかりしてるんじゃないかい?

カイロの空港はほかの最近の空港同様、アライアンスごとにターミナルが分かれていて、エジプト航空に乗る僕はスターアライアンスが集まるターミナル3に向かう。成田もそうなったし、ほとんどの空港がアライアンス別、LCCは別みたいになってるね。大きな航空会社はほとんどどこかのアライアンスに入ってるし。あと入っていないのってエミレーツとマレーシアくらいかなあ。

カイロの空港は付近の砂漠と隣り合わせ。離陸するとあたり一面に黄土色の大地が広がる。おそらく冬ということもあると思うのだけれど、乾いた大地が印象的だった。

カイロからアルジェまでは3時間半のフライト。昨日13時間も飛んだのに、まだ3時間半も飛ぶのか。地図で見てみると、アルジェはかなり北アフリカでも西側にあることがわかる。経度でいうと、ちょうど対岸がバルセロナ。そりゃ、3時間半もかかるわけだ。

アルジェリアに近づいてくると、今度はカイロから一転してみずみずしい大地が目に飛び込んできた。冬雨方の地中海性気候では、この時期が一年で一番雨が多い。2月のチュニスもそうだったし。ということは、カイロがあんなに乾燥していたのはもう中東のステップ気候だからなんだね。

アルジェではガルダイアへの国内線乗り継ぎで6時間ほど時間があったので、書き残した年賀状を終わらせる。外は気温10℃以下で昼間でもだいぶ肌寒かった。国際線ターミナルと国内線ターミナルは少し離れていて、植えられていたユーカリを傍目に10分ほど歩く。この日は天気はよかったのだけど、風が冷たくてダウンを着ていてなんとかしのげるくらいだった。

空港には国に帰るらしき多くの中国人たちがたむろしていた。見るからに労働者風。山西とか陝西の炭鉱とかにこういう人たちいたよ。きっと中国の4~5倍くらいの給料で連れてこられて、資源獲得とバーターでつくったりしている政府関係者の家や道路の建設現場で働いているんだろうな。基本的に空港に来るアルジェリア人はブルジョアなので、明らかにここの一角だけ振る舞いというかたたずまいが異様だった。日本人があまり気がついていない中国の世界戦略の一端を垣間見た気分です。

チェックインをして搭乗を待っていると、20人くらいの陽気なイタリアンに囲まれた。ガルダイアまで飛んでそこからジープでブルキナファソまでいくらしい。二週間くらいで行けるけど、よかったら一緒にどうだい?なんて魅力的なお誘い・・・だけどさすがに無理っす。

フライトキャンセルとかしないでくれよ、と祈っていた甲斐もありAir Algerieはしっかり定刻に搭乗。チェックインの時は座席番号が書いてあったのに、乗る段階になって自由席になった。イタリアンたちと乗り込むと、今度は日本語が聞こえてきた。聞いてみるとクラブツーリズムご一行16名様とのこと。しかもほとんどが結構年配の方々。いや、皆さんこんなところまですごいなあ。

ガルダイアまでは1時間ちょっとのフライトで到着。無事に15ユーロでM’zab Tourに頼んでいた送迎と合流して、こちらもM’zab Tourに予約してもらっていたHotel Caravan Saray に泊まる。東京を出発してからここまで丸二日。ようやく旅が始まる気分だ。

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Written by shunsuke

2011年1月9日 @ 12:57 AM

カテゴリー: 2010/12 Algeria

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