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黄土高原ヤオトン滞在記 その2

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ヤオトン滞在記その2、今回は僕が暮らしていた村の暮らしを紹介しようと思う。この陝西省北部(略して陝北)は革命根拠地延安があったこともあり、典型的な旧革命地区、老地区だ。村の入り口には当時江沢民が広めていた「三個代表」のスローガンがあった。だけど三の字が欠けて「一個代表」に。これは皮肉か?

「打日本、救中国」老地区らしいスローガン。戦争時代のものがそのまま残っているのかな?戦争映画のロケにも使われていたと言っていたから、その時に書いたものかもしれない。どちらにしてもこの古い村の風景にぴったり溶け込んでいる。

村に残る、かつて毛沢東が暮らしたというヤオトン。若き日のマオさんの写真もあった。

村のメインストリートを丘の上から眺める。谷を流れる小川に沿って小道が続き、その谷の両側に人々がヤオトンを建てて暮らしている。

街の中心部。谷を流れる小川と小川が流れるところに街の中心はあった。中腹にヤオトンがあって、そこから山頂にかけては村の人たちの畑が広がっている。ヤオトンは景色の中に溶け込んでいて、注意深く見ないとどこにあるのかわからない。

土地という土地はすべて利用しつくされている。谷をつくっている山の斜面もところによっては斜面のまま畑として利用されている。中には25度以上も傾斜があるような畑もある。植えられているのはジャガイモ。ちょうど花が咲く季節で白い花が茶色い大地に映えていた。

畑に向かうにはこういう細くて急な道を登っていかなくてはならない。どこの畑も天水だけじゃ育ちが悪いから、天秤棒を担いで水をまきにいく。かなりの重労働だ。

村に電気はあるけどガスはない。オンドルの燃料のために、飼っている家畜のえさとしても草集めも大切な仕事だ。

少し考えてみればわかるけど、斜面の土地を耕したら土は簡単に流出する。特にこの黄土高原を覆っている黄土は粒子が細かく砂よりも細かくシルトに近い。雨が降ると水に溶けてドロドロになり、大地を侵食していく。これの積み重ねで黄土高原の侵食谷は形成されていった。雨が水の通り道をつくり土を溶かしていって、村の中の道を歩いてもこのような穴がいたるところにある。

村の真ん中を流れる川はみんなの憩いの場所、そして洗濯や洗い物をする場所でもある。

街の中を歩くと、ほとんど働き盛りの男性に会うことがない。あと若い女性も。みんな街に出稼ぎに行っているのだ。おじちゃんたちは道端で羊の売買の相談をしてる。

次は村にあったいろいろなヤオトンと村で会った人たちを紹介していきます。

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Written by shunsuke

2011年2月11日 @ 4:42 AM

カテゴリー: 2004/08 Losse Plateau

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