人に学びて、自然とともに生きる

Never stop exploring, Keep your curiosity fresh

黄土高原ヤオトン滞在記 その4 -村の葬式-

with 2 comments

ヤオトン滞在記も第四回。今回はヤオトンから離れて、村で暮らす中で体験した葬式のようすを紹介したいと思います。

ある朝、いつもとは違う村の雰囲気で目が覚めた。けたたましい管楽器の音。なんだろうと、家の主に聞くと長く病気を患っていた村のおばあちゃんが亡くなったらしい。外に出てみると、通りを大きな花を持った行列がねっていた。

僕も行列についていってみる。その向かった先の家ではすでに葬式の準備が始まっているようで、谷の対岸から見ると親戚らしき人たちが集まって家の前の庭で準備をしていた。

家に近づくに連れ楽器の音は大きくなっていく。太鼓、トランペット、シンバル。家ではもうすでにおじいさんから小学生くらいの子どもまで10人近い楽団の人たちが集まっていた。彼らは近所の村の人で、どこかで葬式があるたびに雇われてやってきて、故人を弔うため一日中演奏を続けるらしい。

しばらくするとだんだんと人が家に集まってきて儀式のようなものが始まった。まずは白装束に身を包んだ(たぶん)親族が故人への哀悼を示し大声で泣き、叫ぶ。そういえば香港映画か台湾映画でこんなシーンを見たことがあった気がするな。葬式というと今の日本では黒い服というイメージがあるけれど、ここでは白なんだよね。

正面から見た白装束。僕が小学生の頃にはやったキョンシーもこんな姿だったような・・・

親族の嗚咽と哀悼の言葉が終わると、テーブルといすがどこからともなく出されてきておもむろに食事が始まった。普段はあまり肉を食べない(食べられない)この村でもこういう時は別だ。豚を一頭つぶしてぶつ切りにして村人にふるまっていく。

そして待っていたかのように白酒が登場し、村人たち、村人をもてなす家の人たちとの間で乾杯が始まっていく。ああ、またか。このあたりの地方は寒くて乾燥しているからよく酒を飲むんだよね。そしてみんな強い。中国で白酒を飲んだことのある人はイメージできると思うんだけど、この日もまるで食べることはメインじゃなくて酒を飲むことが目的なような感じで水を飲むかのようにクイッと白酒用の杯を開けていく。僕もたっぷり酒を飲まされて写真を撮ることなどすっかり忘れてしまっていた。

この葬式はかなり組織化されていて、壁に葬式の間の食事と役割当番表みたいなものまで張ってあった。お酒は憑さんの当番なのね。

昼前から始まった宴は終わることなく続く。村の人だけじゃなくて、隣の村や遠い親戚やらが入れ替わり立ちかわりやってきて飯を食べ酒を飲んでいく。音楽も途切れることなく、途中から楽隊だけじゃなくて、村の人たちも飛び入りで太鼓をたたきトロンボーンを鳴らしていく。

最初はただの音としか耳に入ってこなかったのだけど、シンプルな旋律のリフレインを聞いているうちになにかお経のようにもレクイエムのようにも聞こえてくるのが不思議だった。

途中から太鼓を叩き始めた村のおじさん。なくなったおばあちゃんとは畑が近くてよく一緒に畑行っていたんだって。

気がついたらすっかり暗くなっていた。それでもまだ奏でられ続ける旋律。朝来たときにトランペットを吹いていたおじちゃんが汗だくになりながら吹き続けていた。すごいなあ、何かにとりつかれたかのようだ。

そして、いよいよ葬式も最後の段階を迎える。故人の遺影を孫が抱え、故人の棺を親戚で担ぎ、村の近くの山の上にある墓まで歩いて向かっていく。途切れることなく流れる音楽と、山に向かう行列を見送るたいまつ。なんか異空間に迷い込んだかのような一日だった。

後で聞いた話では、楽器も変わり食事も昔よりよっぽどいいものになったけど、スタイルは100年以上前から変わっていないんだって。これってすごいよね。初恋のきた道でも葬式の場面があったけど、これとほとんど同じような光景だった気がする。

この時からもう7年。今の村はどうなっているのかなあ。昔のことを書いていたら、この一ヶ月暮らした村の今の姿を見に行きたくなってきた。

広告

Written by shunsuke

2011年2月17日 @ 10:36 PM

カテゴリー: 2004/08 Losse Plateau

コメント / トラックバック2件

Subscribe to comments with RSS.

  1. 日本も昔は喪服は白装束だったんですよ。
    やはり中国文化に従ってきた国ですから。
    西洋化の波で、明治に黒に変更になったんです。
    でも、キョンシー頭巾は被っていなかったんじゃないかと・・・

    ちなみに花嫁衣裳が白なのは、一度死んで⇒お色直し、新しく生まれるという意味だとか。中国では花嫁さんは赤と金ですよね。

    Herry

    2011年2月19日 at 1:43 PM

    • > Herryさん
      日本も昔の喪服は白装束だったんですね。いや、それは知らなかったです。また無知なところをさらけだしてしまいました。
      花嫁衣裳にもそんな意味があったとは・・・勉強になりました。

      shunsuke

      2011年2月20日 at 4:48 PM


コメントを残す

以下に詳細を記入するか、アイコンをクリックしてログインしてください。

WordPress.com ロゴ

WordPress.com アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Twitter 画像

Twitter アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Facebook の写真

Facebook アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

Google+ フォト

Google+ アカウントを使ってコメントしています。 ログアウト / 変更 )

%s と連携中

%d人のブロガーが「いいね」をつけました。