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DAY7: 解放された夜

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Climbing day 6: Mweka Camp(3,100m) – Mweka Gate(1,800m) 10km

6日間のキリマンジャロ登山も今日が最終日。昨夜は初日以来4日ぶりにまともに眠ることができた。やっぱり高度が下がってきたからなんだろう。症状は重くなかったけど、寝られなかったってことは僕も高山病にかかっていたんだろう。

この日は半日かけてゆっくりとゲートまで下っていく。シャワーを浴びることができるのはうれしいけれど、この楽しかった時間が終わってしまうのはとっても寂しい。こうしてスタッフが用意してくれた豪華な朝ごはんを食べることができるのも今日が最後。スープから始まってソーセージにパンにフルーツ。ポーターが6日分を持ってあがってくれて、しっかり毎日こんな朝ごはんが出てくる。それって考えてみたらすごいことだよ。

食事の前にはこうしてボウルにお湯を入れてテントまで持ってきてくれる。この水もポーターが運んできてくれているもの。洗い終わった水はポータブル水洗トイレの水として使われて、しっかりリサイクルされる。このお湯で顔を洗うのも今日が最後なんだな。

最後の記念にLarahaはじめポーター、コックたちと記念写真。僕の荷物を持ちながら僕より後にテントを担ぎ、僕より先に次のキャンプについてテントを建ててくれていたスタッフ。彼らがいなかったらキリマンジャロ登頂は難しかっただろうな。改めてありがとう!

この日はゆっくりと9時に出発。昨日の頂上アタックの疲れがものすごく残っていてひどい筋肉痛。体の節々がギシギシ音を立てている感じだ。そんな身体を強引に動かして、1時間ほど下っていくとまた熱帯雨林の世界に戻ってきた。木々の木陰の道に入ったとたんに乾いていた空気が湿り気を帯びてくる。森は命の源なんだな。

昨日までの砂と岩の世界からくるとすべてのものが美しく、いとおしく見える。登りの時に1.5割増し。特に花の色がきれいだ。こんなにあざやかだったっけ?

とってもでかくて太い木があったので、KarinとLarahaの三人で記念撮影。幹に空洞があって、まるでトトロが中に住んでいそうな大木だった。

出発して2時間半ほどすると、下り坂が平らになってきた。足元を見るとなにか黒いものが動いてる。近づいて見るとアリの大群。日本で見るアリの二倍くらいの大きさのアリが長い列をなして道を横断している。中には踏み潰されたのか死んでいるアリもたくさんいた。だけどアリたちは屍を乗り越えて黙々と前進していく。とても不思議な光景だった。

足下にはアリ、そして頭上を見上げると猿。Larahaによるとブルーモンキーとのこと。結構人に慣れているのか、近くまで近づいてきた。日本では猿って見慣れているけれど、実はヨーロッパにはほとんど生息していない。だから欧州人はみな興奮気味にシャッターを切っていた。

4時間ほど歩くといよいよゴールが見えてきた。ゴールにある広場が近づくにつれ、6日間歩きとおすことができた達成感と、この楽しかった時間が終わってしまう一抹の寂しさが入り混じって複雑な気持ちになっていた。

この6日間、ずっと行動をともにしたLaraha。Moshi近辺の村の8人兄弟に育って、人一倍頑張りやな彼。ガイドの仕方をめぐって最初の二日間はずっと議論しっぱなしだったけど、なかば八つ当たりのような僕の質問や意見にもひとつひとつしっかり答えてくれた。年下だけどアニキのようなそんなLaraha、6日間改めてありがとう。

ゴールのMweka Gateでは昨日Markusたちと先に下りたJohnが待っていて、僕らを迎えてくれた。その後ZARAのバンに乗りホテルに戻って6日ぶりのシャワーを浴び、Marcoと一緒にMoshiの街に繰り出してドライバーおすすめのKilimanjaro Coffee Loungeでカフェタイム。

ドイツの元軍人で10年の軍役を終えた後、今はDanzigにある大学院で学生をやっているMarco。この旅の中でまるで昔からの親友のように仲良くなった。彼はベトナム人の両親を持つ彼女がいるのだけど、キリマンジャロに誘っても着てくれなかったらしい。ドイツにベトナム人の移民がいるのが以外だったけど、旧東独にはけっこういるんだって。知らなかったなーそれにしても頂上アタックして、その日にMoshiまで戻ってきたアンタはすごいよ。

夜は5人のTeam Kilimanjaroで最後のパーティ。これまで登山中は飲めなかったビールをたらふく飲んで、お互いの仕事の話や人生の話に夜中まで盛り上がった。ひと仕事をやりとげた、そんな解放感を感じた夜だった。

ニューヨークで会社経営をしているLise、高山病の症状が出ながらも翌日のプラニングの時など常にパーティのベストを尽くせるようにリーダーシップをとってくれていた。2児の母ながら会社を経営して友達とキリマンジャロまで登りきちゃう、とても50歳を過ぎているとは思えないバイタリティ。こういう風に年をとっていきたいなあ。

オスロで教師兼ヨガの先生をしているKarin。喘息を抱えながら5,500m以上まで行ったのはすごい。「もっと食べなきゃだめよ」と男三人に対していつも気遣ってくれた彼女はパーティのビッグママだった。3児の母で教師とヨガの先生をやりながら、Liseや同級生の友だちと今でも年に数回旅行に行く彼女もエネルギーの塊のような人だった。

スイスのインテリMarkus、アメリカンな英語でちょっと斜めに構えながらもジョークが好きなシャイボーイ。今はアフリカ縦断の旅の途中。フランス語、ドイツ語、英語。どれをとっても何語が母国語なのかわからない上、とても頭がいい。ヨハネスブルグまで気をつけて行ってこいよ!

そして一緒にピークに登頂したMarco、同い年ということもあり仕事からプライベートまで一番よく話をしたなあ。また今度一緒に山に登りに行こうぜ。

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Written by shunsuke

2011年4月17日 @ 8:03 PM

カテゴリー: 2010/10 Kilimanjaro

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