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平遥訪問記その1:いにしえの金融センター平遥

with 2 comments

「昔の城壁、町並みが中国で一番ありのままに残っているんだよ。あの街は僕ら山西人の誇りなんだ」。北京にいた2003年の時に、山西省の友人からそう話を聞いてずっと気になっていた場所、平遥に先週末行ってきた。

山西省の省都太原から南に100kmほど行ったところ。飛行機で太原まで行き、そこから車で2時間ほどいった場所に平遥の街はある。まずは空港近くの農家飯に連れて行かれ、腹ごしらえ。「うちの鶏は新鮮でおススメよ!」店のおばちゃんがそうすすめてくれた土鶏飯、甘めのソースで炒めた鶏をもち米の上にのせて食べる。中華っぽくない料理だったけど、もち米とソースの相性が抜群でやみつきになる味だ。

そしてもう一品のおすすめ、コウリャンの麺。柔らかい麺の上にあんをかけて食べると、コウリャンの粉っぽい風味とあんが混ぜ合わさってまったく新しい味になる。名古屋住民にはあんかけスパをおいしくした感じと説明すればわかりやすいかな。写真をみるとそばに見えるけれど、味はもっと粉っぽい。粉っぽいからこそあんかけがよく合うんだろうね。

お店の看板娘、19歳。日本人と話したのは初めてだったらしく質問攻めにあった。どこに住んでいるの?地震大丈夫だったの?資生堂の化粧品ほしいんだけど、持ってない?ほっぺたの赤さが北の人だ。

太原から平遥までは、畑とポプラの並木が広がる典型的な華北の景色。南と違って空気が乾いているのが、肌を通して伝わってくる。肌から水気が奪われていくような、そんな感じ。途中何度か川を見たのだけれど、どの川にも水が流れていなかったのが気になった。

午後3時前に平遥に到着。すると、こんな光景が出迎えてくれた。こういうのを見ると中国の田舎に来たなあという実感が沸いてくる。

平遥の街は周囲6kmの古城を中心に、その周りに新しい街が広がっている。古城に近づくと堅牢な石造りの門が見えてきた。

ここで改めて平遥の説明を。Wikipediaによる説明を要約するとこんな場所なんです。

平遥は清代末期までは山西商人の拠点であり、中国の金融中心地であった場所。中国では長い歴史の中で戦火にあったり、改築されて昔の都市がそのまま残っていることは少ないが、この平遥古城には14世紀の明代始めに造営された町がそのまま残っている。「亀城」と呼ばれた城内の街路は「土」の字につくられていて、建物は八卦の方位にのっとって配置されている。明代から清代にかけての中国の典型的な城郭、街路の配置、商店や住居などの古建築の保存状態はよく、中国でも最も整っているもののひとつらしい。

清代末期、平遥には大きな票号(近代以前の金融機関)が二十数家あり、中国全土の票号の半分以上が集まる金融の中心地であった。これらの票号は各地に支店を置いて金融業を営んだが、なかでも19世紀初頭に「匯通天下」として19世紀後半に名をはせた中国最大の票号「日昇昌」は有名である。しかしこれらの票号は辛亥革命で清が倒れると債権を回収できず没落していった。これらの票号の建物は現在でも残り観光地となっている。

周りを山に囲まれているわけでないこの平遥の古城が現代に残されたのは、金融の中心地で戦渦に巻き込まれるとみんなが困ったからなんだと、僕はこの説明を読みながらそう感じていた。実際に街でも宿のおねえさんをはじめとする数人の地元人に聞いてみたけど、みんな「たぶんそうだろうねー」とは言っていたからたぶんそうなんだと思う。だれもそんなことはわからないんだけどね。だけど、なぜこの場所が金融の中心地として発達したんだろう?その肝心なことはわからずじまいだった。

女真族の清王朝において騎馬民族と農耕民族をつなぐ中継地点にあったから?今回はガイドをつけてゆっくり話を聞く時間がなかったので、今度また次の機会があったら豆炭のにおいが漂う街を歩きながらじっくり聞いてみたい。

さて、話を平遥の街に戻してみると、他の中国の古城観光地同様、メインストリートにはレストランやおみやげ物やがずらりと並んでいた。そしてこれも他の観光地同様、ここを訪れる観光客の9割以上は中国人。だけど他の古城と違うのは、門構えは観光地っぽくなっているものの建物や道はほとんどが昔から残されてきた建物が使われていること。そして、一歩路地を入るとそこに地元の人の生活の場になっているということ。つぼを売り買いする地元のおっちゃんと、街をねる観光客が対照的。

メインストリートを歩いていると、一軒のお店に目がいった。「平遥名物生姜キャンディ」。生姜にはちみつをまぜてキャンディにしていて、とっても身体によさそう。風邪を引きやすい僕にはちょうどいい。杏味とかもあって、おみやげに大量購入。店の前でお兄ちゃんが飴つくりの実演をやっていたのだけど、茶色の原料が空気を入れながら練っていくと黄金色に変わっていくのがとっても不思議だった。

この平遥。古城の中に入るのはタダだけど、街の名所や城壁に登るには150元の共通観光券を買わなくてはならない。せっかくだからということで150元を払ってチケットを買い、まずは19世紀最大の銀行、日昇昌に行ってみる。それにしても150元は高いよね。この観光業のインフレをさっきの生姜キャンディに還元すべきだよ。

日昇昌の中は昔の銀行窓口のようすとかが再現されていて雰囲気があった。何より建物の梁に直径が40cmくらいある太い丸太がふんだんに使われているのが迫力があった。ニセモノが多い中国の古城だけど、平遥の建物はホンモノだよ。当時でもここの付近はそんな丸太なんてなかったはず。まだ森が残っていた遠い南のほうから運んでくるだけの政治力と財力があったってことなんだろうな。

日昇昌を出ると、道のそばからおいしい香りが漂ってきたので思わず足を止める。中国全土でいろいろな焼餅があるけど、僕はこの焼餅が大好物。ここのは黒ゴマを入れた甘めのあんで、焼きたてがとてもおいしかった。一個1元っていう手軽さも最高だよね。

焼餅を売っていたおばちゃん。朝7時くらいから19時くらいまで、1日300個くらい売れる日もあるのよ。1日300個ってことは2分に1個ってことか。それでも粗利300元だもんな。きっと原価が1個0.2元くらいなんだろう・・・

この後、夕暮れの古城を上から眺めに城壁に登ります。

その2に続く。

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Written by shunsuke

2011年4月25日 @ 2:18 AM

カテゴリー: 旅行

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コメント / トラックバック2件

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  1. 2を先に読んでしまいました。

    「豆炭のにおい」
    さてどんなかしら。

    焼餅。これもおいしそう。

    Herry

    2011年4月27日 at 5:03 AM

    • > Herryさん
      豆炭と書きましたが、今考えると豆炭じゃなく普通の炭のにおいだった気がします。
      中国の北のほうでは朝鮮半島と同じように、ベッドの下に暖気を取り込むオンドル式のベッドになっています。で、石炭ストーブやかまどで燃やした暖気をオンドルに持っていくんです。
      今でも主役は石炭なので、昔日本でも冬に石炭ストーブのそばでただよっているようなにおいが街中に漂っているんです。
      なんというか、とにかく懐かしいにおいなんですよね。

      shunsuke

      2011年4月29日 at 7:11 PM


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