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DAY2: 100兆ドルを手に入れた

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バンコクからヨハネスブルグまでは11時間のフライト。東京からバンコクのフライト同様に居心地のよいサービスでリラックスできた。機内の8割くらいはタイでのバケーションから戻るらしき南アフリカの人だったけれど、白人ばかりだった。ちなみに南アフリカの白人系比率は10%以下。飛行機に乗ることができるのがどういう層なのかがよくわかるよね。

飛行機は定刻どおりにヨハネスブルグ到着後、ここで合流するはずだったLからショートメールが入っていて、なんと乗り継ぎ先のシンガポールで乗り遅れたことが判明。シンガポールからヨハネスブルグ便は1日1本だけなので、翌日到着になるだろうLを置いて目的地のビクトリアフォールズへ向かう。L、ごめんね。

トランジットエリアで手続きをしようとすると”Welcome to Joburg!!”と黒人のスタッフが寄ってきて、懇切丁寧にトランジット便のBAカウンターまで連れて行ってくれた。ラッキーと一瞬思うも、カウンターに到着するなりチップを露骨に要求され仕方なく2ドル払う。見渡すとトランジットエリアでたくさんの黒人スタッフが同じような業務についていた。

乗り継ぎ便までの時間、ラウンジでひと休憩しているとテレビでラグビーのワールドカップが流されていた。ちょうど南アフリカの試合をやっていて、南ア人らしき方々が大盛り上がり。点が入るたびにワオ!やイエス!とラウンジは興奮のるつぼに包まれる。僕も一緒になって見ていると、プレイヤーはほぼすべてが白人、そしてラウンジで盛り上がっている人たちも21人のうち19人が白人だった。仕事やスポーツ、居住空間でうまく分けられている社会なんだということを少し垣間見た瞬間だった。

ヨハネスからビクトリアフォールズまでの飛行機は窓際からゆっくり景色を眺める。どこまでも広がるカラッとした大地でぜいたくな土地の使われ方がされていた。まるでミステリーサークルのような畑が印象的。機械でぐるぐる回るように収穫するから畑が丸いんだよね?

午後1時、東京を出て28時間後にビクトリアフォールズ到着。ジンバブエにとって、貴重な外貨の獲得ができる観光地だけあって、空港は小さいながらもこぎれいな建物だった。

イミグレでのアライバルビザの取得に一時間半ほどかかり、14時過ぎにジンバブエ入国。空港に迎えに来ていたホテルの車でビクトリアフォールズの街に向かう。今回の目的地のひとつ、ビクトリアの滝ジンバブエとザンビアの国境沿いを流れるザンベジ川が長年かけてつくりあげた峡谷を流れている。ちょっとややこしいのだけど、その滝のジンバブエ側にビクトリア・フォールズという街があって今回はそこに三泊する。僕を乗せた車はザンベジ川沿いの低地に向けて坂をゆっくり下っていく。この辺りの降水量は年間200mm前後、周りは低木が茂るブッシュになっていた。

空港から街までは30分ほどで到着。その間、ほとんど人の営みがみられなかったのが印象的だった。今回泊まる宿、Villa Victoria、こんな感じの家族経営のプチホテルがたくさんあって、宿には困らない。

もうこの時点で15時近かったので、この日はゆっくり時差ぼけを解消することにした。ホテルについていたプールで泳ぎ、紅茶を飲みながら読書。夕方、街を歩いてみる。ビクトリアフォールズの街は、15分くらいで街の端から端まで歩けてしまうほどの小さな街。きっとこの場所に観光客が押し寄せるようになるまでは何もなかったんだろうな。

ジンバブエと言えば、数年前にものすごいハイパーインフレが起きたことと、長いこと独裁(と言われている)体制をしいているロバート・ムガベで悪名名高い国。1980年の導入時はジンバブエドル(ZWD)米ドルのレートが、ZWD 0.68 = USD 1.00だったのに、2005年以降の金融政策の失政でハイパーインフレーションに見舞われた。

wikiによると、年率2億%を越えるインフレにより3度のデノミも効果なく、ひどい時には24時間で物価が2倍になるような状態になっていった。結局、2009年からジンバブエ政府はジンバブエドルの発行を停止して、僕が訪れた2011年9月も街中で流通していたのは米ドルだけだった。そして、街を歩くと”Hey man!”ともう価値のなくなったジンバブエドルをお土産に買ってくれとかなりしつこく売り込まれた。僕もお土産代わりに10数枚の紙幣、計130兆ジンバブエドルあまりを5ドルで購入。最高額紙幣、Hundred Trillion Billはさすがに少し高かった。

このお札、ゼロが14個。苦労して稼いだお金が何の価値のないものになってしまう、国民からしてみたらやってられないよね・・・きっとそんな気持ちでお土産として購入した人も多いんじゃないかな。それでも、出会って話した人たちと会話すると、ムガベ大統領を責める人は一人もいなかった。1980年代に医療と教育を全土に行き渡らせ、「ジンバブエの奇跡」と呼ばれた安定した社会を築いた彼の功績を讃える人がほとんどだった。外から見た印象と中の人に聞く感想、こうも違うと面白いね。そんなことを話していたらいつの間にか夕日の時間になっていた。

このジンバブエの姿が、いつかの日本の姿になりませんように。でも備えだけはしておこうと、心から思ったよ。明日はいよいよ滝に行ってきます。

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Written by shunsuke

2011年11月10日 @ 11:33 PM

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

コメント / トラックバック3件

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  1. >畑が丸いんだよね
    畑が丸いなんて不思議な気がします。
    土地が広いから。
    何も無いところに作ったから、合理性を重視して完全機械化できた。
    ってことなんでしょうね。

    >15分くらいで街の端から端まで歩けてしまうほどの小さな街。
    こぎれいで、休暇を過ごすには最高のところに見えます。
    何も無いところに、観光のためのみに作られた村?
    後姿の二人、スタイルいいですねえ。
    並木はメキシコで言うタバチンの木みたい。
    火焔樹っていうんでしたっけ?

    >Hundred Trillion Bill
    どれほどのインフレだったのか想像を絶します。
    でも国民にとっていい大統領なら、それはいい統治家と言えるんじゃないですか?

    >夕日
    アフリカのサバンナのイメージ。

    Herry

    2011年11月13日 at 5:13 AM

    • ヒロコさん
       南アフリカ、ザンビア、ジンバブエは旧ローデシアで英国領でした。土地が広いからということもそうですが、支配者層の白人が土地を所有していたことが大きいのではないかなと感じました。土地所有者が少なくて、大面積を持っていたから人手をできるかぎりかけない農業になっていったんではないかと。
       このあたりは休暇を過ごすには快適なところだと思います。英語が通じるし、観光地は欧米からの観光客を迎えなれているので不快な思いをすることが少ない。ただ、物価はアジア、中南米に比べて多少高いですけど。木は仰るとおり火焔樹かと思います(断定はできないですが)
       独裁って不思議ですよね。時に民主主義なんかよりよっぽどその国の人にとっては幸せなんじゃないかと思ったりします。

      shunsuke

      2011年11月23日 at 1:19 AM

  2. […] DAY1: いつもながら職場を抜け出す DAY2: 100兆ドルを手に入れた DAY3: カバとアリゲーターと私 DAY4: Somewhere? No, here over the rainbow!! DAY5: […]


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