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Archive for 7月 2012

DAY2:新しさと古いものが同居する街、バクー

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昨夜遅くに到着したこともあって、朝はゆっくり8時過ぎに起床。外に出ると真夏のような日差しがすでにギラギラと照りつけていた。旅の始まりを祝うかのようないい天気だ。

この日は一日バクーに滞在して夜の夜行列車で隣グルジアのトビリシへと向かう。まずは鉄道駅に行き寝台列車のチケットを買いに行く。ここ旧市街のイチャリ・シャヘルから鉄道駅まで地下鉄がつながっていて一本で行くことができる。

ソ連時代の1960年代につくられた地下鉄。去年ウズベキスタンで見たのと同じく深い場所までエスカレータで下りていく、旧ソ連圏ではオア馴染みのやつだ。旧ソ連圏でソ連時代のことは悪く言われることが多いけど、ロシア語という共通言語で教育を広げたことと、この地下鉄のようにインフラを各地の中核都市に広めたこと。この二つは大きな恩恵として影響を残している。旧ソ連圏を訪れるたびにどこでもロシア語は通じるし、ソ連時代に整備された地下鉄はどこでも今も現役で使われている。バンコクやジャカルタなどアジア各国がモータリゼーションの爆発に気がついた後ようやく公共鉄道の整備に手をかけたのとことなりはじめから地下鉄が整備されていたこれらの町では渋滞が少なかったり、都市計画が立てやすかったりするんじゃないかな。もちろん負の遺産も多かったけど。

さて、無事に駅でチケットを購入してイチャリ・シャヘルに戻り、ゆっくりと周囲1kmほどの旧市街を歩いてみる。古い建物は古いまま保存されていて、その上にほどよく補修や新しく手が加えられている。広場では老人がお茶をすすりながら世間話に花を咲かし、路地では子どもたちがサッカーボールを追いかける。古すぎもせず、中国にある観光用の古い町並みでもなく、ちょうどよく生活感がある旧市街だ。こんな街の雰囲気、好きだなあ。

しばらく旧市街を道なりに歩いていると、小麦の香ばしいかおりが漂ってきた。元をたどっていくと、カフェの前で炭火でナンが焼かれている。ああ、小麦の文化圏に来たんだなあ。

こんな風に目の前で焼きたてのナンが振舞われているから、思わず店に入ってしまった。ナンにジャム、それにヨーグルトの朝ごはんをいただく。シンプルだけどナンが抜群においしくて、それだけで幸せになる。おばちゃん、ありがとー。

食後にチャイでも飲みたいなーとカフェを探して歩く。道で暇そうにしていたおっちゃんにいいカフェない?と聞いてみると「おージャパニ、チャイ飲んでけ」と彼が経営しているみやげ屋に連れていかれた。みやげ物も見られるし、チャイも出してくれるからちょうどいいか。

ここイチャリ・シャヘルから道を挟んだ向こう側はすぐカスピ海だ。カスピ海沿いはきれいに整備されていて、オフィス街をバックに若者が湖岸沿いに腰掛けて休日を過ごしている。日本で言うと横浜の山下公園のような雰囲気かな。それにしてもみなムスリムのはずだけど、女性は誰もスカーフをせず、人目を気にせず肩を抱き合っている。

ここバクーは紀元前より油田で知られ、帝政ロシア時代に開発が本格化していった。ダイナマイトを発明したノーベルが開発に携わり、1900年頃には世界の石油産出量の半分はバクーだったという。今でもカスピ海沖で原油が生産されて、伊藤忠などが出資しているパイプラインを通じてグルジア、トルコに運ばれている。

近年の原油価格上昇でアゼルバイジャンも大きな恩恵を受け、バクーの街は活況に沸いていた。石畳の町並みが残る旧市街の横で先鋭的なビルが建てられ、昼休みにはビルから出てきたビジネスマンが石畳の上を闊歩していた。建物のデザインやキンキラキンのライトアップが成金的、バブリーでわかりやすい。

そんな古いものと新しいものが同居する町、バクー。地域の中心都市としてヨーロッパ各国やアラブ各国から直行便が飛び、アラブのポップスターはドバイとイスタンブール、そしてバクーは必ずツアーで寄るようになっているらしい。イスラム圏であるけどアラブでない、ヨーロッパとアラブをつなぐ貴重な窓口なのかもしれない。一日だけの滞在だったけど、首都に限って言えばスカーフをしている女性もほとんどおらずモスクも見当たらず、街中にアザーンが響くこともなかった。そんな新しいものと古いもの、西洋とイスラムが同居する不思議で魅力的な街、バクー。これからも古いものを大切にしながらどんどん魅力的な街になっていってほしい。

Written by shunsuke

2012年7月31日 at 3:06 AM

カテゴリー: 2012/05 Caucasus

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DAY1:広いぜロシア!

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ようやくゴールデンウィークの旅行記開始!今回はコーカサス三ヶ国、アゼルバイジャンのバクーに入り、グルジアを横断してアルメニアのイェレヴァンから帰る11日間の日程だった。当初はグルジアの北部、カズベキでゆっくりトレッキングをしようかなと思っていたのだけど、同じ飛行機に乗り合わせた友人が持っていた本に誘われるがままグルジア北西部スワネティ地方まで足を延ばし、アルメニアではタテヴまで行くという欲張りなスケジュールになった。欲張りなのはいつもだけど。

4/27 東京→モスクワ→バクー
4/28 バクー→
4/29 →トビリシ
4/30 トビリシ→メスティア
5/1 メスティア→ウシュグリ
5/2 ウシュグリ→メスティア→トビリシ
5/3 トビリシ→イェレヴァン
5/4 イェレヴァン→ゴリス
5/5 ゴリス→タテヴ→イェレヴァン
5/6 イェレヴァン→モスクワ→
5/7 →東京

初日、昼の便だったのでゆっくりと空港へ向かうと搭乗口前で友人にばったり。どうやら同じ便でアルメニアへ行くらしい。たまたま彼女が持っていたコーカサスを特集した雑誌を見せてもらうと雪山をバックにした、まるで上高地のような村の写真が目に飛び込んできた。大カフカス山脈を背後に抱えて山がきれいとは聞いていたけど、これは行ってみたいな。そんな気持ちにさせる写真にすっかり心惹かれてしまった。

この場所は、グルジアのスワネティ地方にあるウシュグリ村。首都のトビリシから車で片道12時間以上かかる場所にあるけど、行くしかないよね。最近はここまで予定を決めずに旅行に出ることも珍しいのだけど、行きの飛行機の中でようやくこの旅一番の目的地が決まった。

モスクワまではおよそ9時間のフライト。5月でも真っ白に覆われた広大なシベリアの大地を眼下に眺めながらひたすら西へと飛び続ける。考えてみたらずっと陸地を飛ぶのに通過する国は日本とロシアだけなんだね。イルクーツクに行った時もロシアの広さは感じたけど、改めてロシアはでかい。

モスクワには17時過ぎに到着し、その後バクー行きに乗り換え。日付が変わった頃に到着したバクーで他の2人のツーリストとタクシーをシェアしてバクーの旧市街、イチェリ・シャヘルに向かう。空港から市街地へと向かう道はこれから開発していくような感じの地域だったのだけど、道の両側とも建てられたばかりの建物がキラキラにライトアップされていて、バブリーな感じがわかりやすく伝わってきた。

中国でも感じたことだけど、人は金を持つとむやみやたらにそれをライトアップしたりきれいに見せることにお金を使うようになるんだろうな。僕はよく知らないけど80年代の日本もそんな感じだったんだろうね。旧市街は落ち着いた雰囲気だったのだけど、その奥に見える最近建てられたビルのカラフルなライトアップが対照的だった。

明日は一日バクーを観光して夜行列車でトビリシへ向かいます。

Written by shunsuke

2012年7月24日 at 3:37 AM

高くて厚いグレートファイヤーウォールの壁

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今年に入ってから中国からwordpressが見られなくなった。うーむ。

09年7月のウルムチでの暴動以降、facebookやtwitter、youtubeが見られなくなり、その後もGoogleがウェブ規制に反対して中国から撤退したりと管理が厳しくなっている。万里の長城、グレートウォールにちなんだGFW(グレートファイヤーウォール)の名前もすっかり有名になってしまった。

最近では日本のブログサイトのyahooやFC2も開けなくなったりしていて危惧はしていたのだけど、ブルータスよお前もか。空港やホテルの空き時間で更新したりしていたので、これはちょっと痛い。この壁を超える手段はあるのだけど、定住しているわけではないので面倒くさくてやってない。

そんなことで、これまで以上に更新が遅くなるかと思いますが、変わらずお付き合いください。

Written by shunsuke

2012年7月23日 at 8:30 AM

文化を残していくこと

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先月のこと、東京国立美術館で開かれていたボストン美術館展を見にいった。

ボストン美術館展 日本美術の至宝 http://www.boston-nippon.jp/

始まった時から気になっていて行こう行こうとしていたものの結局最終日の6月10日にようやく見にいくことができた。「日本美術の至宝」との副題がついているこの展覧会、ボストン美術館は日本国外で随一の日本美術コレクションを持ち、それが今回海を渡って日本に戻ってきた。

展示は奈良平安時代の仏絵から絵巻、仏像から刀や着物までそろっていて、すべて丁寧な補修が施され素晴らしい展示だった。インドの影響か鮮烈な赤の使い方が印象に残った菩薩像、何もない空間に色々なものを想像させる水墨画。中でもふすまに大胆に描かれた曽我蕭白の作品は「奇才」の名にふさわしく250年後に作品を見ている僕らにまで、彼の感情と情熱が伝わってくる作品だった。

なんでボストンにそんなたくさん貴重な美術品があるんだろう?今回の展示を見るまでは僕はそんな疑問を持っていた。サザビーズのオークションで問題になったフランスと中国の話もあったし、本来日本にあるべきものなんじゃないかとそう思っていたりもした。展示会場の説明によると、今ボストン美術館に収蔵されている美術品は明治期にその価値を見出した米国人が購入してアメリカに持ち帰ったものらしい。

明治の時代に購入されたそれらの美術品は、今考えるととても安い金額で購入されていたと言えるのかもしれない。だけど、見事に修復され、当時の鮮やかな色彩が再現された絵巻を見ていると、アメリカに渡ったからこそこんなにいい状態で保存されていたんだろうなと思えてきた。満州事変から日中戦争、太平洋戦争へと突き進み、本気で一億総玉砕と叫んでいた時代にこれら美術品を損なわずに保管していく余裕があったとは思えない。戦争末期に空襲で焦土と化した日本で、紙に描かれた絵画や木造の仏像が焼け残る確率のほうが低かったかもしれない。

燃えたり傷ついたり。そんな直接的に被害を受けることもあるだろうし、余裕がなくなって適切な管理ができなくなるという間接的な被害もある。文革のように時に古い文化自体が攻撃の対象となってしまうこともある。戦争や内紛はその国の政治経済や人命だけでなく、積み重ねてきた文化遺産も壊してしまうんだ。

東京での展示は終わってしまったけど、名古屋、福岡、大阪ではこれから開催するので、近くの方はぜひ。

6月23日~12月9日:名古屋ボストン美術館
2013年1月1日~3月17日:九州国立博物館
2013年4月2日~6月16日:大阪市立博物館

Written by shunsuke

2012年7月8日 at 5:00 PM

カテゴリー: エンターテイメント