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DAY5: 雪山と新緑、そして血塗られた村

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メスティアで迎える朝。トビリシでは昼間30度近かった気温も、標高1,400mのメスティアでは朝晩肌寒い。メインストリートを歩いてみると、道の両側のいたる所でホテルやレストランが建てられていた。木の柱を使って昔からの作り方で家を建てているのがいいね。聞くところによると、トビリシからメスティアまでの定期航空便もできるらしく、数年したらヨーロッパからたくさん人が訪れる観光地になるのかもしれない。

建設ラッシュに沸くメスティアの中心地だけど、ここにも塔を持つ家が結構残っている。雪山をバックにした塔の姿が絵になるな。

9時過ぎにチャーターした4WDでウシュグリ村へ出発。ウシュグリ村はメスティアから50kmほど南東に行った村で、このスワネティ地方でも最も奥まった場所にある。曇り空の中、未舗装の道をゆっくりと進む。雨が降ると川になる場所にもちろん橋などなく、そのままわたっていく。

途中、二度ほど峠を超える。峠を越え、谷が見えるとそこに別の集落があり、そこには塔のある家が建っている。

そもそもなんでこの地方に塔のある家があるんだろう?ちょうど旅行人のブログにいい説明があったので、少し引用してみる。

中国や欧州の城郭のように普通は高い塔を一軒一軒別々に建てたりせずに、村や町全体を高い壁で囲んだり親族で守ったりする。それが、この地では一世帯で一つの塔を建築するのは、いわゆる「血の掟」という因習が存在するからだ。自分または家族の一員に危害が加えられたら、必ず相手またはその家族に復讐を果たさなければならない。だから、別の家族を敵に回すおそれがあるので、一つの家族単位で防御しなければならなかったのだ。

同じような掟はグルジアだけでなく、アルバニアにもあるという。アルバニアでは塔ではないが、頑丈な石積みの家をつくりクーラと呼ばれているそうだ。チェンチェンでも同じ掟があるというから、コーカサスを中心にこのような掟が存在するのではないかと思う。

スワネティ地方にはウシュグリ村だけでなく、他の村にも多くの塔が建てられていて、いまだに200棟あまりが残っているという。よほど昔はこの血の掟が恐れられていたのだろう。もちろん現在では塔自体はほとんど使われていない様子だが、アルバニアで現在も血の掟が生きているように、この地でもそれは存続しているといわれている。血の掟は恐ろしいが、塔の林立する村の風景は実に美しい(引用終わり)。

3時間ほど山道を走ると、その美しいウシュグリの村が見えてきた。廃墟になっている家もあり、崩壊寸前のように見える家も多い。

村の奥まった場所にあるNinoの親戚の家が経営する宿に向かいチェックインする。三食つきで一泊50ラリ(30USD)。グルジアの物価を考えるとちょっと高いけど、この場所でホットシャワーもついているし、それなりのお値段かな。リチャードは「こんなの払えるか」と言って他の宿を探しに飛び出していった。

早速村の中を歩く。村はいくつかの集落に分かれていて、この宿は一番高い場所の集落にある。標高はおよそ2,200m。集落は石で作られた家が並び、その間の入り組んだ道に牛や豚、ヤギが歩く。

村の中を歩いていると、10歳くらいの女の子がつたない英語で話しかけてきた。どうやらおみやげいらない?と言っているようだ。残念ながらほしいものはなかったのだけど、彼女も暇だったらしく10分ほど僕にウシュグリの現状を教えてくれた。

現在、村には150人くらいが住んでいて、皆家畜を買い、狭い畑で日々の暮らしの糧を得ているそうだ。村人の中でも最近増え始めてきた観光客相手に宿を経営したり、おみやげを売り始めている人もいるとか。そして、こんな環境の中で、Ninoの家族はトビリシ、メスティア、ウシュグリとビジネスを展開していて一家で貴重な現金収入を稼いでいる。メスティアからウシュグリまで送ってくれたのもNinoの旦那で、ウシュグリの宿もNinoの親戚。どういった環境でもビジネスセンスのある人は、機会をつかんで稼いでいるんだね。

そんなことを考えながら歩いていたら、家の二階からヤギがひょっこり顔を出した。

宿の下手にある集落に行ってみる。ここは人が住んでいない家も多く、崩れかかっている塔も多かった。入れる塔はないのかなと探していると、おっちゃんが出てきてロシア語8割、身振り手振り2割で色々教えてくれた。ほとんどわからなかったけど、塔の入り口は高いところにあって、中には入れないらしい。よくよく考えてみたら、外敵から守るために塔を建てたのだから簡単に入れるわけない。そりゃそうだ。

夕暮れ時、村の高台に登ってみると、これまで空を厚く覆っていた雲が晴れ、光が山肌に差し込んできた。宿のある上手の集落と雪を抱いた山、そして新緑のコントラストが美しい。牧歌的って、まさにこういう景色のことを言うのだろう。だけど、平和そのものに見えるこの村でほんの100年前まで血の掟による復讐が行われていたんだ。そう考えると不思議な気分になる。僕に過去を見通す能力があったならば、青空と雪山の白、新緑の緑に真っ赤に染まった光景が見えたのだろうか。

高台から下手の集落を見下ろす。光が新緑に反射して、なんとも言えない美しさだ。5月初旬はまだ寒いかなと思っていたけど、雪と新緑の両方楽しめてよかった。その分雪解け水で村の中の道は泥だらけだったけど。

最後にもう一回雪山をバックに宿のある集落を。モスクワに向かう飛行機の中でこの村の存在を知り、強行日程だったけどここまで来て本当によかった。そう思わせる村だった。

夜は同じ宿に泊まっていた日本人3人とリチャードでグルジアワインとウシュグリでつくられたどぶろくを飲み、互いの仕事のことや人生について話す。電気は通っているのだけど、夜7時を過ぎれば周囲は真っ暗になり、標高2,200mの村は肌寒くなる。仕事から離れこんな環境でゆっくり休暇を過ごすことができる、そのことに感謝した夜だった。

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Written by shunsuke

2012年8月9日 @ 1:13 AM

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