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Archive for 10月 2012

DAY10: モスクワの街を戦車が走り抜ける

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朝7時半のフライトに乗るため5時前に起き、まだ真っ暗なエレヴァン市内を走り空港へ向かう。エレヴァンの空港は最近建てかえられたらしく、モダンで新しい。古い建物が多いこの国ではひときわ目立っていた。飛行機は定刻どおり飛び立ち、ふと左側の窓を目にやると、それらしき方角に雲の上に顔を出しているきれいな形の山が見えた。あれがアララト山かな?

飛行機は3時間ほどでモスクワに到着。実は、1日2便あるエレヴァン便でも朝早い便にして初めてのモスクワ観光をするのだ。このためにちゃんと東京でロシアのトランジットビザを取っておいた。6年前にトランジットした時には暗いイメージしかなかったモスクワの空港もすっかり新しくなっていて見違えるよう。さっそく空港と市内を結ぶAero Expressに乗って街へ繰り出す。片道300ルーブル(9US$)、2008年に開業した列車は30分置きに出ていて、空港同様ピッカピカ。

快適なエアロエクスプレスは新緑のモスクワ郊外を走り、35分ほどでベラルーシ駅に到着。ここが地下鉄と接続していて地下鉄に乗り換えて一路モスクワの中心、赤の広場を目指す。しかし、プラットホームに降りて地下鉄への乗り継ぎ口を探すも、あたり一面キリル文字表記で地下鉄乗り場がわからない!空港に直結しているだけあって、駅前はやたら両替屋さんの看板が目に付いた。

ようやくMのマークの地下鉄入り口を見つけて中に入る。金色の彫刻で門がかたどられ、扉は木でつくられている。まるでどこかの美術館の入口のような豪華なつくりだ。噂には聞いていたけれど、すごい。

そしてこちらも噂の長いエスカレータで地下に降りる。日本よりスピードが速いのだけど、30秒は乗っていただろうか。大江戸線もびっくりの深さ。さすが共産圏の総本山だ。

この地下鉄で3駅進み、赤の広場に近いTeatraljnaya駅で降りる。それにしてもモスクワ地下鉄の駅名は読みづらい。Teatraljnayaって、何て読めばいいんだい?地上に出て赤の広場方面に向かおうとするが、なんだか警備が物々しい。赤の広場前の道には柵が設置されていて、前には警備員が立っている。

警備の人で英語を話すことができる人がいたので聞いてみると、なんだか今日はMilitary ParadeがあるからNo enter Red squareと言っている。ん・・・ということは僕は赤の広場に行けないの?せっかくビザまでとってモスクワ市内に着たのに!そんなことを切に訴えていると後ろのほうから爆音が聞こえてきた。どうやらパレードが始まったらしい。赤の広場に続く大通りに駆けつけてみると、前方から装甲車が走ってきた。これはある意味すごい!

道の両側にはすごい人垣。みんなスマホやカメラを掲げて興奮気味に写真を撮っている。英語が上手な人に聞いてみると、WWII戦勝記念パレードの予行演習だとか。

ミサイルを積んだ車も赤の広場に向けて目の前を通過していく。日本で言えば皇居前の道を走っているようなもんだ。これはすごい。

 

しばらくすると今度はヘリコプターが飛んできた。ロシア国旗やその他いろんな旗が運ばれていく。

外国人がこんなのを見ていいのだろうか?そんな風に感じてしまうけど警備員にもとがめられていないし、きっといいんだろう。きっと軍事マニアの人たちにはたまらない光景なんだろうな。中川八洋さんが見たら興奮ものだろう。装甲車や戦車が赤の広場方面に走り去った10分後、今度は戻ってきた。まだあるのかよ!

それにしても戦車っていうのは音がうるさいし、すごく油を使いそうなしろものだ。こりゃ、戦争は金がかかるわ。そんな当たり前のことも目の前で戦車が走る姿を見ると実感を伴ってくる。パレードの予行演習が終わった後も明日の本番に向けて準備が進められているらしく、バリケードはとかれない。聖ワシリー教会もこんな近くにあるのに中に入れないなんて!遥かなるたまねぎよ。

僕と同じように赤の広場を見にやってきて中に入れず外から見つめる人たち。昼前からずっと待っている人もいたけれど、今日はもう無理そうだ。もしかしたら僕みたいに今日この日に赤の広場へ行くために遠くから来た人もいたのかもしれない。そういえば、地下鉄の駅を降りたところでも警官がパレードのために道を塞いでいて、通行人から「こんなことしかやらないプーチンなんてとっとと消え去れ!」みたいなことを言われていた。僕はたまたま訳してくれた人がいたからわかったんだけど。そりゃ、みんな迷惑だよね。

飛行機は夜7時の便だったので赤の広場付近を散歩して時間をつぶす。ロシア正教会といえば、この玉ねぎ型の屋根。この屋根を見るとなんとなくモスクに見えてくる。

散歩している間にポツポツと雨が降り始めてきたので、早めに空港に戻る。今回もあわただしい旅行だったけど、最後に珍しいものも見られて充実した10日間だった。

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Written by shunsuke

2012年10月25日 at 11:03 PM

カテゴリー: 2012/05 Caucasus

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DAY9: 崖の上のタテヴ

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ゴリスで迎える朝、夜明け前の5時に目を覚ます。そもそも昨日5時間近くもかけてここまで来たのは崖の上に建つタテヴ修道院の夜明けを見たかったからだった。コーカサスまでの飛行機の中、雑誌「旅行人」のコーカサス特集に掲載されていたタテヴ修道院の写真。夕日か朝日を浴びて断崖絶壁に建っているその姿がとても美しくて、ウシュグリ同様ひとめぼれしてしまったのだ。写真が見つからないのが残念だけど。

かくして朝日を浴びるタテブを見るために早起きしたものの、空は厚い雲に覆われている。少し明るくなってきた外を見渡してもここから20km離れたタテヴへ行ってくれそうなタクシーが見当たらないので、谷の向こうのオールドゴリスまで散歩する。道を歩くと大量の牛たちが朝のお散歩中だった。

宿のおばちゃんの話によるとここゴリスでは100年ほど前まで人々は横穴を住居として暮らしていたらしい。その洞窟のような穴が今でも残っていて、それをオールドゴリスと読んでいる。川を渡り対岸のオールドゴリスまで足を伸ばしてみると、今では墓地になっていた。

オールドゴリス散策中にすっかり夜は明け、町がにぎわい始めてきた。時計を見るともう7時を回っている。タクシーを捜すと、今にも止まりそうなボロボロのプジョーがすぐに見つかり、往復7,000ドラム(18US$)でタテヴまで行ってくれることになった。ここゴリスがそうであるように、このあたりは河の流れが深い寝食谷を作り出していて、車はその谷に沿うように進んでいく。九十九折の坂を何度か登ったり下りたりするたびにおんぼろの車が止まってしまわないか心配しながら進むこと30分、視界の先にタテヴの修道院が見えた!すごい、本当にギリギリのところに建てられている。

後で聞いた話によると、途中の街からタテヴの修道院を結ぶロープウェーができていて、それに乗れば速く着くらしい。僕もドライバーもそんなことは知らずおんぼろルノーで坂を登りここまでたどり着いた。まだ朝早い時間のせいか、僕以外に観光客は誰もいなくてひっそりとしている。静謐との言葉がぴったりな雰囲気だ。

修道院の礼拝堂から何か音が聞こえてきているので、木製の重い扉を開けると中で二人の修道士がアルメニア語で祈りを捧げていた。窓から差し込む朝の光、修道士、そして意味のわからない祈りの言葉。きっと中世の礼拝のようすもこんな感じだったのかな。

しばらく礼拝堂でたたずんだ後外にでる。タテヴの修道院に着いてから30分くらい経つけれど、誰もやってこない。この雰囲気を独り占め。アクセスが悪いせいか、教会や遺跡に行く時は他に観光客がいない時に行くのが一番だ。

結局タテヴには1時間ほどいてゴリスの街に戻り、宿で遅めの朝食をいただく。朝ごはんを食べながらマスターと話していると、どうやら3,500ドラム(9US$)でエレヴァンまでの乗り合いタクシーを手配してくれることが判明、しかも宿まで迎えに来てくれるとか。ゴリス滞在の間、ずっと厚い雲が空を覆っていたけれど、ゴリスの街は石造りの家が並んだきれいな町並みで、また来たいと思わせる場所だった。

宿でタクシーが来るのを待っていると、マスターの言葉通り10:30にタクシーがやってきた。僕を乗せた後街の中でさらに3人を乗せ、昨日バスで通った道を一路エレヴァンへ向かう。途中、今はトルコ領になっているアララト山がきれいに見られるスポットがあるのだけど、今日も厚い雲が覆っていてくっきり見えなかった。残念。大アララトとと小アララトがあって、左が小、右の麓しか見えていないのが大。大アララトは標高5,000以上もある巨大な山だ。信仰の対象になったのもよく理解できる。

午後1時過ぎ、4時間足らずでエレヴァンに到着。やっぱり乗り合いタクシーは速いな。到着した場所が地下鉄の通っているバスターミナルだったので、地下鉄に乗って街の中心に戻る。ところが、このエレヴァン地下鉄、アルファベット表記がまったくなくて全然読めない!始発駅だったから迷わなかったけど、これはアルメニア語がわからない人には大変だ。

アルメニア滞在の間、ずっと厚い雲が覆っていたけれど、エレヴァンで迎えた午後ようやく雲の切れ間から青空が見えたので、しばしエレヴァンの街を歩いてみる。街の中心Republic Square にあるマリオットホテルから眺めたアルメニア国立美術館。ここのアルメニア史の展示は紀元前の大アルメニアからの歴史と出土品が展示されていて見ごたえがあった。

街の中心部に唯一残るモスク、ブルーモスク。中は緑があふれていて近所の人、ムスリムたちの憩いの場になっていた。ここで英語が話せるイランから来ている学生がいたのでしばしおしゃべり。旧ソ連時代はアゼルバイジャン人が多く暮らしていて、彼らが通ったモスクがあったみたいだけど、ナゴルノ・カラバフ紛争が始まるとほとんどアゼルバイジャン人はアルメニアを去り、モスクは壊されてしまったとか。ここはイランがお金を出して修復、整備しているそうだ。一見平和そうなモスクの中も10年ちょっと前にはそんな歴史がある。そういえば大学の授業でコーカサスはバルカン半島と並んで民族が入り乱れて住んでいたことを議論したっけ。その現実をふと垣間見た瞬間だった。

翌朝早い便でモスクワへ飛ぶので、おみやげを探すがてら夕暮れが沈むイェレバンの街を歩く。アルメニアの国土は山ばかりで産業もなく寂しい国だけど、この首都だけは別世界のようにきれいに整備され人々もおしゃれ。ゴリスの宿で一緒だったイギリス在住のアルメニア人のおっちゃんによると、ユダヤ人と並びディアスポラの多い海外在住のアルメニア人からの投資もイェレバンに集中しているようだ。アルメニアンブリックとこの花屋さんの色使いが僕は大好き。

夜はホステルのメンバーとバーに行き、コーカサス名物のハチャプリを食べ収め。小麦のおいしさもぴかいちだったな。いよいよ明日はコーカサスとお別れかと思うとしんみりとしてきた。

Written by shunsuke

2012年10月14日 at 10:12 PM

DAY8: 谷の町ゴリス

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アルメニアでの二日目、今日は朝から4時間12,000ドラム(30US$)でタクシーをチャーターし、エレヴァンの近くにある教会群を訪れる。エレヴァンは世界最古といわれる街、そしてアルメニアは西暦301年に世界で初めてキリスト教を国教とした国。そんなこともあり、ここエレヴァン近郊にはアルメニア正教の総本山エチミアジンをはじめとして独特な教会が点在しているのだ。まず訪れたのはフリプシメ教会。教会だけでなく普通の建物も同じなのだけど、アルメニアの建築の多くが灰色から茶色、赤茶まで色の異なるレンガを組み合わせて建物が立てられていて、とても独特な外観になっている。

まだ朝の早い時間だったのだけど、中に入ると礼拝の真っ最中だった。司祭らしき人は黒のマントを羽織り、アルメニア語で祈りの言葉を唱えていた。まるで中世にタイムスリップしたかのような不思議な雰囲気の空間。

次にやってきたのはアルメニア正教会の総本山、エチミアジン。総本山だけあって、エレヴァンの市街地からそう遠くない場所に広い敷地を有しており、新学校や図書館、博物館なども同じ敷地内に入っている。レンガの色使いはどれも同じだと思っていたけれど、さすがにここの教会に使われているものは古く年季が入っていた。

世界最古のキリスト教国家の総本山だけあって、エチミアジンには旧約聖書やイエス・キリストにちなんだものが保存されている。教会の入り口の向かいにある場所でチケットを1,500ドラムで購入し教会の中で待つと、建物の奥にある博物館に入ることができる。ここにある目玉がロンギヌスの槍。これはイエス・キリストが十字架にはりつけにされた際、イエスの死を確認するためわき腹を刺したと言われているもの。槍の柄の部分も含めて保管されているのかと思いきや、先端部分だけだった。

この博物館には他にもノアの箱舟のかけらや、旧アルメニア帝国時代のものや中世の司祭がまとっていたマントなどが保管されていて、見ごたえがあった。ノアの箱舟の話、本当かどうかはさておき、ここにあったら本物なんじゃないかと思えてくる、そんな空間。たいていこういう博物館は撮影禁止なのだけど、「好きなだけ写真撮って宣伝してね」と博物館のお姉さん。こういうのたまにはうれしいね。

エチミアジンでアルメニア正教の奥深さに触れた後はズヴァルトノツの教会堂の遺跡へ向かう。ここもフリプシメやエチミアジンと同時代、古代アルメニアが最盛を極めた7世紀に建てられた教会。当初は高さが45mの塔のような建物で、「天使の聖堂」とも呼ばれた他に類のない教会だったが、930年の地震で倒壊して今では円柱のみが残っている。

三箇所の観光を終えた後はエレヴァンに戻り、南部の街ゴリス(Golis)へと向かう。タクシーに南部行きのバスが出るターミナルまで送ってもらうも、ゴリス行きバスは朝の一便のみでマルシュートカを1台7,000ドラム(18US$)でチャーターしなきゃ行けないらしい。ちょっと迷うも隣にゴリスのちょっと手前の街、シシアン(Sisian)行きのバスがあったので、それに乗り込む。シシアンからゴリスまでは40キロくらいなので何とかなるだろう。乗り込んだバスは10分ほどで出発し、すぐエレヴァンの郊外に出た。郊外に出ると昨日も遭遇した羊の大群が道をふさいでいた。

バスは2時間ほど走った後ドライブインのようなコーヒースタンドのような場所で休憩。そこのコーヒースタンドの看板娘がこれぞアルメニア美人!まだアルメニアに丸一日しかいないのに「これぞ!」も何もないけど、とにかく吸い込まれるようなきれいな人だった。

昨日も雪をかぶった山を見ながら峠を越えたけど、今日も雪山に囲まれた高原地帯を進み2,700mくらいの峠を越える。街もほとんどなく、ただひたすら山と草原が広がっていた。4時間ほど走り、バスの終点シシアンに到着。ここでタクシーを捕まえ、3,000ドラム(8US$くらい)でゴリスに行ってもらう。この辺までくると、あともう少し南に行けばイランなんだなあ。そう地図を見ながら灌漑に浸る。雨上がりの道と新緑がきれいだ。

シシアンから30分ほど車で走るとゴリスの街が見えてきた。谷底にへばりつくように街が広がっている。

宿は旅行人で評判がよさそうだったHostel Golisに向かう。季節はずれなので他に客がいないと思っていたけど、満室で日本人のツーリストと相部屋に。4部屋しかない小さなゲストハウスだけど共用のテラスが気持ちよくてリラックスできる場所だった。宿の雰囲気ひとつで街の印象が変わる、なんて現金なんだ。ま、そんなものか。

夜は街に一軒だけあるというそれなりのレストランで食事。羊の野菜煮込みを注文。アゼルバイジャン、グルジアと期待を超える料理が多かったけど、ここの料理もじゃがいもが甘くておいしく絶品だった。気候が厳しいと野菜はおいしさが増すね。

レストランから宿の帰り際、水を買おうと商店に寄ると「キタイ?」といつもの中国人攻撃。ヤポンヤポンと答えると、おばあちゃん初めて日本人に会ったようで大喜び。僕らがアルメニア人とグルジア人とアゼルバイジャン人の区別がつかないのだから、彼らからしてみたら日本人も韓国人も中国人も同じなんだろうね。でも、こうして日本人と会って喜んでくれるというのは単純だけどうれしいもの。

明日の朝は早起きして崖の上に建つ、タテヴの教会へ行ってきます。アルメニアのハイライト!

Written by shunsuke

2012年10月10日 at 6:32 AM