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Archive for the ‘2006/03 Middle East’ Category

DAY17-19: Jerusalem-Petra-the Dead Sea-Amman

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エルサレムで巡礼し、テルアビブで友人と数年ぶりの再会をした後、きた道をヨルダンへと引き返す。
 
午後3時にアンマンにつき、その足でぺトラ行きのバスターミナルへ向かいミニバスに乗り込む。ぺトラへはおよそ3時間の道のり、夕暮れが迫る砂漠をひたすら南へと急ぐ。日中はあんなに照りつけていた日差しが弱くなり、ミニバスの窓から入り込む乾いた風が気持ちがいい(閉まっているのだが、ボロいためすきま風が吹き込んでくるのだ)。
 
「ほら、これうまいぞ」僕がうとうとしていると、前に座っていた青年が果物をくれた。プラムみたいな外観で、かじるとものすごく甘くてみずみずしい。太陽と土のうまみってこういうことを言うのだろう。太陽が沈みかけたころ、無事にぺトラに到着。ターミナルの近くにある宿に入ると、イスタンブールの空港で会った旅行者と再会。翌日、午前をぺトラ観光に費やし、午後はタクシーで死海を経由しアンマンに戻るルートを手配して無事に就寝。60ドルもかかったけど、次に来られるチャンスなんてあるかわかならない。行かないで後悔するよりかは金で時間を買ったほうがいい。
 
翌日、朝6時に起床し、いざぺトラへ。眠い目をこすり両側に崖が迫る細長い道を歩いて行く。10分ほどそんな道が続いたと思うと、突然バーンと視界が開け鮮やかな色の巨大な彫刻が飛び出してきた。ぺトラの象徴、エル・ハズネだ。自分が近づいていったわけで、エル・ハズネが飛び出してきたのではないのだけど、飛び出してくるという表現がしっくりくる。それほどの衝撃と唐突さ、そして色彩の見事さ。僕は表現する言葉もなく、5分ほどただ立ちつくしていた。
 
 
ぺトラは巨大な遺跡だ。エル・ハズネだけが取り上げられるけど、しっかり歩いて回ると一日がかりの観光になってしまう。いたるところに自然のマジックのような素晴らしい岩の模様が浮き出ていて、いくら見てもあきない。
 
 
こりゃきりがないや。そう諦めて灼熱の太陽が本気を出す前に2時間ほどでぺトラを後にする。本当ならば何日もこの遺跡でボーっとしたいところだけど仕方がない。明日の今頃は帰りの飛行機に乗っているんだから。
 
昼前にぺトラを出発し、タクシーは順調に北上する。死海経由でアンマンまではおよそ3時間、60ドルも臨時収入が入ったもんだからドライバーは気持ちよさそうに褐色の大地を走る。ヨルダンの一人当たりのGDPは4000ドルちょっと、平均すると月350ドルくらいと考えるとやっぱり60ドルはおいしい。道は右手に丘、左手に谷が続く。大地溝帯の北端、標高差はざっと見て100-300mくらいあるそんな風景がずっと続く光景は圧巻だ。
 
2時間ほどでエメラルドグリーンの死海が見えてくる。緑いろの湖面と絵具をぬりたくったような白い湖岸、そんな光景が遠くから見えてくる光景は幻想的だった。こんな緑色、見たことないや。
 
 
死海付近には温泉がかなり湧いているようで、道の途中にはいたるところに浴場があって地元っ子の憩いの場になっていた。ううっ、入りたい。そんな気持ちを押し殺して死海へと急ぎ、なんとか15時前に到着。早速浮いてみた。
 
 
ヨルダン川が流れ込むだけだから結構汚れているんじゃないかなと思っていたんだけど、ほどほどに水は澄んでいた。面白いのは泳ごうと思っても勝手に身体が浮いてしまって、なかなかうまく泳げない。こりゃ、面白いや。2時間ほど浮いたり、泥で遊んだりして夕暮れ前にアンマンへ向かう。去り際の死海の夕暮れもなかなかきれいだった。
 
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Written by shunsuke

2006年3月23日 at 11:18 PM

カテゴリー: 2006/03 Middle East

DAY15-16: あたたかいものに包まれた街、エルサレム

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いよいよエルサレム。アンマンから国境を超えて乗ったバスはダマスカス門の前に到着した。
エルサレム到着の午後、 イエスが十字架を背負って歩いたという道、Via Dolorosaを歩く。周りにはアメリカ人、ケニア人、フィリピン人、韓国人。世界中から集まってきた巡礼者とともに、賛美歌を歌いながら石畳の道を一歩一歩進む。
まるで迷路のような旧市街の中に、イエスが立ち寄ったという場所があり、十字架が掲げられている。長い間巡礼者がイエスの受難をたどった道を今自分が歩いている。そう感じ、祈りの賛美歌に包まれていると、真綿に包まれているような安心感を感じた。
実に不思議な気分だった。僕はクリスチャンではないが、高校がルター派の高校だったこともあり聖書の世界には親しみがあった。今回のエルサレム行きに際し、改めて聖書を読んだが、「2000年の間人々が読み継ぎ受け継がれてきた」内容よりもその事実が聖書を聖書たらしめていると、改めてそう思った。
宗教に帰依するということは、こういうことなのかもしれない。「寄らば大樹の陰」大勢の人、自分が頼りにする人に包まれていると安心感。事実、それがなくては人は生きていけない。
安息日の前の金曜の夕暮れ、ユダヤの人が街中から湧き出るように嘆きの壁に集まってくる。これがソロモン王の時代から2000年の時を越えて残っている壁か。ユダヤの人はみな頭の上には白い皿のような帽子キッパをかぶっている。これは頭の上に神がいることを表わしているんだって。
続々と集まるユダヤの民。そしてそのすぐ奥にイスラムの聖地、岩のドームがきらきらと光る。
僕にとって頼るべきもの、包まれるべきものって何なんだろう。いつの日か、エルサレムで祈りをささげていた人たちと同じように、何か暖かいものに包まれた安心感をほしくなる日がくるのだろうか。これが、Via Dolorosaを他の巡礼者とともに歩き感じたことだった。

Written by shunsuke

2006年3月18日 at 4:29 AM

カテゴリー: 2006/03 Middle East

DAY11-13: Damascus

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Written by shunsuke

2006年3月18日 at 4:26 AM

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DAY 9-10: Homs-Crac des Chevaliers-Palmira

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ホムスを後にして十字軍が残した城、クラック・デ・シュバリエに向かう。小高い丘を登っていくと、丘の上に石造りの城が見えてきた。下から見るとまるでぽっかり城だけ浮いているかのような姿。
 
中に入ると、12世紀の姿そのまま残されている。壁についている苔がいいかんじ。夜のそばのホテルに泊まる。夕暮れ時、暖かい太陽の色と青い夜の色が混ざった空にぽっかり月と古城が浮かぶ。たとえようがないほど美しかった。
 
 
翌日は、一路パルミラへ。

Written by shunsuke

2006年3月18日 at 4:24 AM

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DAY 8:バールベック

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3月11日、快晴。
ベイルートを後にし、バールベックの遺跡を経由し再びシリアへ。
この遺跡は1世紀頃ローマ帝国の影響下で建設され、その名はフェニキアの神、バールに由来しているという。
現在残存するのは、バッカス神殿、ジュピター神殿のごく一部だが、とにかくすごかった。
まず、でかい。
03010100.P1010175
ジュピター神殿に6本だけ残る石柱は高さ22m!!
2世紀に作られたというがどうやってつくったのか?
そして18世紀に旅行者がここを訪れたときには9本石柱が残っていたのだという。
そして、美しい。

03010100.P1010178

彫刻の細微さもさることながら、周りの雪山、そして自然とのバランスが絶妙だ。
20年後、30年後にまたこの場所に来たい。
そう思わせる場所だった。

午後、乗り合いタクシーを捕まえてシリア国境へ。
シリアの大学に通う3人のレバノン人の若者と一緒に国境を越え、第三の街Homsで宿泊。
夜は彼ら3人と夕食を食べイスラエル、アメリカとアラブの話に。
「オレはいつでもヒズボラに入ってイスラエルの奴らを殺しにいくよ」
そう言った一人の言葉が印象的だった。

Written by shunsuke

2006年3月18日 at 4:19 AM

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DAY 6-7:レバノン杉-ビブロス-ベイルート

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 3月9日、雨強し。
この日はレバノン山脈の中にあるレバノン杉を見に行く。このレバノン杉はマツ科の針葉樹で、硬い材質の上腐敗や虫に強い性質を持っている。そう、スギというがマツなのだ
 
 
このレバノン杉は、建築用材や船の材として優れていたため古代エジプトの時代から切り出されていった。その結果、かつてはレバノン全土を覆ってこの木は、今ではガディーシャと呼ばれる要綱2000メートルの地域に1200本が残るだけとなっている。
 
ベイルートからトリポリへと地中海を北上し山道に入ると、次第に雪模様に。しまいには標高2000メートルの目的地では吹雪になる。「いやーこんな雪の中杉を見に来たのは今日はあんただけだよ」お土産屋のおばちゃんがそう迎えてくれ、渓谷へのゲートを開けてくれた。
 
太ももまで埋まった雪をかき分け渓谷へと降りていくと、そこにはまっすぐ幹を伸ばしたレバノン杉たちが。まるで、年月が刻まれているかのような幹、一目でそれと分かる枝。誰もいない渓谷で雪がしんしんとと降り積もる中、見上げたレバノン杉は神々しかった。
 
3月10日、午前中ベイルートの街をうろつく。2月に風刺画事件で燃やされたデンマーク大使館を発見!なかなかの焦げようだ。ひっそりとしたオフィス街にあるこの場所にデモ隊が集まり火をつけていたなんてなかなか信じられない。
 
 
ベイルートの街は他にも内戦時代の銃創が残る建物が残っていたりするのだけど、街にはきれいなオフィスがならび道行く人はみなお洒落でとても長い間内戦をやっていた街だったとは思えない。むしろ戦争が日常化してしまうと、逆に危険な雰囲気すら漂わなくなってしまうのかもしれない。
 
午後は古代遺跡ビブロスへ。なんと、ここ byblosは現在確認されている世界最古の都市のひとつであり、聖書「bible」の語源となった街だという。それをきいただけでぞくっとくる。
 
遺跡は海に面して立てられており、ここからフェニキア人たちは大海原へと漕ぎ出した。後ろには雪を抱いた山々。そして目の前には真っ赤な夕日が沈む海。きっと、何万回も繰り返されたことが今日も起こっているのだろう。もしかしたら、今日の夕日は千何年か前のあの日の夕日とほとんど同じ色なのかもしれない。
 
 
そんなことを考えると、歴史のすごさを感じる。だってバイブルですよ、なんてったて聖書ですよ。聖書の名前の起源になったって、今はレバノンの一田舎町なここが、かつて世界の中心だったなんて哀愁を感じるなあ。歴史好きの僕にはたまらないぜ。
 
明日は、3泊過ごしたベイルートを後にし、「神々の楽園」バールベックを経由してシリアに戻ります。

Written by shunsuke

2006年3月15日 at 5:51 AM

カテゴリー: 2006/03 Middle East

DAY5:アンタクヤ-アレッポ-ベイルート

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3月8日朝、夜行バスでアンタクヤに到着。
 
単なる田舎町と思ったら、とんでもない。街にはモザイク博物館があり、田舎街とは思えない荘厳さ。
 
実は、ビザンツ帝国時代に栄えた街、アンティオキアだったことが判明。そういえば、世界史で習ったような。どこにいっても、積み重ねてきた歴史があって、帝国の中心地でクリスチャンとイスラムの抗争の中でも、文化財が破壊から免れてきたのがこの国のすごいところだろう。
 
イスタンブールのアヤ・ソフィアもそうだったけど、キリスト教の教会として建てられたのを、改装してモスクに作り変える。そこにイスラム的でないものも包み込む寛容さを感じる。来るまでは、イスラム教=偶像崇拝禁止というイメージから、他の文化的価値は否定する厳格さを想像していた自分が恥ずかしい。
 
そういえば、7世紀以来のイスラム帝国時代に他教徒にもジズヤを払えば、信仰の自由を認めたんだっけ。すっかり、世界史を忘れていたよ。文革中に西チベットまで仏像を破壊させた毛沢東に見習わせたかったな。
 
この日、シリアへ入国し、アレッポから再びバスを乗り換え、レバノンへ。一日二回国境を越え、夜10時にベイルート到着。

Written by shunsuke

2006年3月11日 at 5:01 AM

カテゴリー: 2006/03 Middle East