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Archive for the ‘2011/12 Roraima Trek’ Category

DAY5 ロライマトレック2日目: ロライマ登頂!

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この日は若干ハード。全6日の日程を5日に詰め込んだものだから、今日は標高1050mのKukenan Campから10.5km歩いて一気に2700mのロライマ山のてっぺんまで登る。こちらがロライマトレック全体図。

朝6時に起床してアレックスのつくったパンケーキをしっかり食べて腹ごしらえ。

テントをたたみ、7:30に出発。 一日数回雨が降ると聞いていたけれど、今日も晴れていい天気。ロライマとクケナンが出発したときよりだいぶ大きくなってきたぞ。

昨日は小高い丘を登ったり下ったりしたけれど、ここから先はロライマの麓にある”Campament Base”まで6km歩いて450m標高が高くなるゆっくりとした上り坂。草原の中の小道をひたすら歩く。谷から尾根へ、尾根から谷へ。

次第に雲が出てきて、10時を過ぎると日がかげってきた。なにせ赤道に近いので日差しは強烈。標高が高くなるタイミングで直射日光がさえぎられるのは体力的にはありがたい。歩き始めて3時間ちょっと、11時近くなった頃雨がポツリポツリと降り始めた。ここまで降られなかったのが奇跡的、それだけでも感謝だね。このあたりになってくると、見たことないような植物もちらほら視界に入ってくる。いよいよ植生が変わってきたようだ。

11:30にロライマ直下の”Campament Base”に到着。雨は強くなり、土砂降りになった。ロライマも厚い雲に覆われてるなあ。

ここはちょうどロライマの真下に位置するキャンプサイトで、6日間トレックの場合ここで2日目の夜を過ごす。僕らはここで昼ごはんを食べてそのままてっぺんへ向かう。川が流れていて天気がよかったら水浴びできて気持ちいいんだろうな。ちょうど今朝方ロライマ山頂から下りてきたグループもここでランチを食べていて、みな興奮気味に今朝見えた朝日のすばらしさを語っていた。期待が高まってきたぞ。

ところで、僕はこのロライマツアーに来る前に大きな疑問があった。断崖絶壁に囲まれているロライマにどうやって登るのか?アレックスに聞いてみたところ地元の人たちによって発見された階段状になっている場所があって、そこから登るようだ。ロッククライミングみたいなものを想像していたのでちょっと安心。

ここから1200mの登りに備え腹ごしらえをした後、いよいよロライマの核心へと出発。ここから急に植生が濃くなり、周りは高木に覆われたジャングルとなる。アレックスによると、湿った空気がこのテーブルマウンテンの1200mある岩にぶつかって上昇気流が起き、毎日雨が降るかららしい。納得。

道もこれまでの緩やかな登りから、岩や粘土質の急な坂を登っていく道になる。傾斜が急な上、雨が降っていて足下に水が流れているので滑りやすい。そんな雨ばかり降っている場所なので、木々に覆われた樹幹の下は蒸し暑くあたりは一面苔で覆われている。雰囲気はグアテマラやコスタリカで見た熱帯雲霧林だね。

そんなジャングルの道なき道を登っていくこと1時間、ついにロライマの岩の真下に着いた。なんか距離感よくわからないけど、この岩、高さ800m以上あるんだよね。ただただ、すごい。

岩の真下に到着した後は、階段状になっているポイントまで岩の外周に沿って横に移動していく。途中、ロライマのてっぺんから落ちてくる水が滝のようになっている場所を通過する。こうして足下を流れていった水が集まって、昨日渡った川になっていくのか。

階段状になっている場所は思ったより幅も広く、足下が滑りやすいことをのぞけば特に危険は感じない。ただ、登るにつれロライマの上を覆っている雲の中に入っていったようでほとんど視界がきかなくなってくる。

ロライマアタック開始から3時間、いよいよ午後4時過ぎにロライマ山頂に到着!てっぺんはもっと真っ平らで着いたとたん一面に平べったい頂上の景色が広がるのかと思ってたけど、大きい岩がごろごろしていてあまり登頂した感覚がなかった。気がついたらもうてっぺんだった感じ。さっそくアレックスがロライマ名物のジャンプできないカエルを見つけてきてくれた。この小さなカエルは天敵がいなく逃げる必要がないロライマ山頂で独自の変化を遂げ、ジャンプする機能が退化したそうだ。ロライマの頂上にはこのカエルのように下界と閉ざされたこの世界で独自の進化や退化をとげた動植物であふれている。

ここでは常に下から上昇気流が吹き上がって雨を降らせ、周りに障害物がないことから四方から風が吹き付ける。そんな環境が岩を寝食し、オブジェのような岩をつくりだしている。

来る前にもちろん写真で見ていたけれど、目の前に広がる実物の存在感にただ圧倒された。とはいえ、どこかで既視感のある世界だと思ったら、小さい頃から愛読していた手塚治虫の火の鳥で描かれていた世界にそっくりなんだ。不思議な岩の形、そして無機質な世界。もしかしたら手塚先生はこのロライマの写真や話からヒントを得て火の鳥の世界観をつくりあげたのかもしれない。

雨ばかり降って風が強い頂上でどこに泊まるんだろう?と思っていたら、こんなちょうどいい場所がしっかり確保されていた。その名もHotel San Francisco。頂上にはそれなりの数の宿泊スポットがあって、それぞれ名前がついているらしい。この日はさすがに疲れて20時に就寝。明日は頂上の探検だ。

Written by shunsuke

2012年3月26日 at 2:38 AM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY4 ロライマトレック1日目: 左手にクケナン、右手にロライマ

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さあ、ロライマトレック初日、イミグレが開く9時に国境へ行き無事に入国スタンプを押してもらい、朝ごはんを食べ5日間のトレックに備える。朝はやっぱりアレッパ。ここベネズエラにあるトウモロコシから作ったパンケーキのような国民食で、これにアボガドをはさんでたっぷりSalsa de ajo(にんにくソース)をかけて食べるとうまいんだ。もちろんごはんのお供はCafe con leche(カフェオレ)。

気がついたら屋台の食堂のこんなところにもFeliz Navidad。ラテンの国のこういうお茶目なところが僕は好きだ。なんか効率だけを重視したり、お金の価値観だけを追求するのではなくて、生活の中や心の中に余裕というかゆったりとした寛容なものが流れている。もちろんそれはいいことばかりじゃないけど、年間3万人も自分で命を絶ってしまう今の日本に一番足りないことなのかもしれないと思ったりする。

さてさて、おなかも満たされ11時にいよいよトレックへ出発。まずはピックアップに我々のザックやテント、食糧を積み込み、トレックの基点となる村パライテプイ(Parai tepui)を目指す。サンタエレーナを出発した車は、シウダーボリバルにつながる一本道を北上しながらまずサンフランシスコの街に到着。ここから横道に入り、Sabana Grandeと呼ばれている草原地域を徐々に車は高度を上げていく。

この辺りは赤道付近で年間2000mm以上も雨が降るのに、不思議なことにジャングルでなく一面草原が広がっている。水が流れる谷沿いには木々が茂っているのに、面白い。あとで色々聞いてみたところ、砂質土壌のため水が流れる谷のところでしか木が大きくならないんだって。水が少ない丘のところに生えて大きくなっても途中で枯れちゃうそうだ。

12時前にトレッキングの出発地点、パライテプイに到着。高度1,300m。ここはロライマの国立公園エリアの入口で、ポーターたちが住み国立公園の管理事務所が置かれている。ざっと見る限り200人くらい住んでいるようで、学校らしき建物もあった。他の登山者同様、僕らもここで入山登録をして昼ごはんを食べていよいよトレックの開始だ。ガイドのAlex、友人G、そしてチェコから来た元ソフトボールチェコ代表のAnna、みんな準備万端!

こちらがロライマトレックの全行程。標高1200mちょっとのここパライテプイ(Parai Tepui)からスタートして、1050mまでいったん下りそこからロライマの麓1870mまで登る。そしてそこから垂直に900mほど登り2700mのてっぺんにいたる片道22.5km、標高差1600mのコースだ。

初日の行程はパライテプイからクケナンキャンプ(Kukenan Camp)までの14km。行程差はほとんどなく、アップダウンの続く丘陵地をロライマの麓に向けて歩いていく。

ベネズエラ側からロライマへと続く道はこれ一本のみ。そんな道沿いには周辺の人たちの畑らしき土地が少し見られる以外は、ひたすら草原が広がっている。そしてところどころにこんな火を入れた後も。焼畑でもやっているのかな?とAlexに聞いてみたら蛇が出てくるのを防ぐためだとか。よく道を歩いていて蛇に噛まれることがあるそうな。

1時間半ほど歩き、3回丘を登って降りていくと、急に視界が開けて丘の先に巨大なテーブルマウンテンが見えた!おお!これはすごい。これは目指すロライマではなく、ロライマの隣にあるクケナンテプイ(Kukenan Tepui)。これまでは山に雲がかかっていた上、丘のくぼみのような場所を歩いていることが多くてなかなかはっきりと見えなかったのだけど、いきなり眼前に現れた。すごい迫力。

ここからは左側にクケナン、右側にロライマを眺めながらゆっくりと歩いていく。普段は一日に何度も雨が降ったり止んだりする天気と聞いていたのに、この日は雨が降る気配もない。雨男の僕にしては奇跡的だ。抜けるような青空の下、こんなすごい景色を独り占めしながら歩くなんて、贅沢だ。

途中、小さなほこらを見つけた。あとでAlexに聞いたところ、一年ちょっと前にここでポーターが雷に打たれて亡くなったらしい。このあたりはクケナンとロライマがある地形もあり、上昇気流が発生しやすい。たしかにこんな何もない場所で雷が落ちたら、逃げる場所ないよ。

4時間ほど歩いてかなり日が傾いてきた頃リオテック(Rio Tek)に出た。ここもキャンプサイトなのだけど、今日はここに泊まらずこの先の川を渡り、次のキャンプまで行く。ここにはもちろん橋なんてものはなく、靴を脱いで靴下で渡る。サンダルや裸足で川の中を歩くと苔でかなりすべるけど、靴下をはいていると滑りづらく歩きやすいのだ。

リオテックを渡った後、丘の上の教会を通り過ぎる。Windowsのデフォルトになっているスクリーンセーバーのような風景だ。この辺りにも人が住んでいて、街に出る時はみな10何キロも歩いてパライテプイまで行くらしい。すごいな。

さらに別の川リオクケナン(Rio Kukenan)を渡る。こちらのほうは速い流れでかなり怖かった。Alex曰く、夜中に雨が降ることが多くて、そうすると朝方はもっと流れが速くなって渡れないこともあるとか。結局キャンプサイトへはすっかり暗くなってから到着。明日は一気にロライマのてっぺんに登頂だ。

Written by shunsuke

2012年3月14日 at 10:32 PM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY3: 国にあふれるシモン・ボリバルたち

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午前2時前にマナウスを出発した飛行機は午前3時過ぎにボアビスタに到着。こんな時間のフライトなので客は20人ちょっとだったのだけど、僕以外に客に2人日本人がいてびっくり。そして席に着いたら「困ったことがあったら声かけてくださいね」とCAにきれいな日本語で話しかけられて、またびっくり。マナウスは日系移住地が近くにあったり、領事館もあったり日本との関係は深いけど、それをちょっぴり実感したフライトだった。

ボアビスタ行きの飛行機の中で出会った同じくベネズエラを目指す二人組と空港で明るくなるまで待って、国境のパカライマ(Pacaraima)行きの乗り合いタクシーステーションまで移動する。この道は5月にも来た道なので慣れたもの。ここから国境までは220km、交通手段は乗り合いタクシーと一日数本のバスしかない。朝日が昇り、朝一番のタクシーでパカライマまで向かう(25レアル)。

国境までの道はサバンナと熱帯雨林のジャングルが続く道で、車は100kmくらいのスピードでびゅんびゅん飛ばしていく。さすがに丸二日ベッドで眠っていないとかなり疲れてきたようで、ほとんど寝ていて気がついたら国境に着いていた。

ベネズエラ、帰ってきたよー。ブラジルを出国手続き後、ベネズエラの入国スタンプを押してもらいにイミグレーションへいくと、扉の鍵が閉まっている。係員に聞くと「今日はクリスマスなので休みだ!」とのこと。おいおい、そりゃ困るよ。国が国だけにスタンプがないと賄賂を請求されそうなので、何とかしてくれと頼んでみるがクリスマスだから仕方ないの一点張り。中華圏の旧正月みたいなものか、さすがはベネズエラ。でもブラジルはちゃんと仕事してたぞ。

結局、翌朝にスタンプを押しに戻ることにしてベネズエラに入国、サンタ・エレーナ・デ・ウアイレン(Santa Erena de Uairen)の集合場所Posada Michelleで、今回一緒にロライマへ登るGと無事に落ち合う。今アルゼンチンのブエノスアイレスに住んでいるGと会うのは半年振りだ。すっかりスペイン語でジョークも言えるようになっていて、元々濃い顔立ちの彼がラテン化してますます怪しくなっていた。

Gとの再会を祝し、地元っ子が集まる屋台のレストラン街で昼ごはん。アボガドが南米っぽくてうまい。ずっと移動ばかりだったので、落ち着いて食べられるご飯がおいしい。

二日前に到着しているGはどうやら毎食ここへ来て食べ歩いていたようで、レストランのおばちゃんたちと顔見知りのように言葉を交わす。同い年の彼とは7年ほど前にまったくの偶然の出会いを通じて仲良くなったのだけど、目指している世界とそこへのアプローチが近くていつも彼から多くの刺激をもらっている。そんなGの行く先ではいつも空気が和む。

昼食後に日本から電話で(一応)明日からのトレッキングを予約しているので、エージェントのFrancisco Alvarezに電話してトレッキングの確認をする。このロライマトレッキングは通常5泊6日で行く日程なのだけど、今回12月31日から1月3日まではバスが動かないとの話を聞き4泊5日のツアーを組んだ。5人集まれば2,800VEF(350USDくらい)になるのだけど、4泊5日との強行スケジュールだけになかなか人は集まらず、この時までに集まったメンバーは僕とGのほかにもう一人。ツアー代は、ガイドとポーターそれにテントや食料すべて入れて結局3,800VEF(450USD)で落ち着いた。最低1,200USDくらいはかかるキリマンジャロに比べると格安だ。

ガイダンスでフランシスコから強く言われたのがプリプリ対策。トレッキングでは川沿いを歩くこともあり、プリプリと呼ばれている小さい蚊が多い。そしてそれに刺されると猛烈なかゆみを引き起こすらしい。そんなのに刺されたくない。5月にスナノミに卵を産み付けられた僕としてはこれはぜひとも予防せねば。不思議なことにビタミン剤を飲んでいると刺されにくいことを聞き、ビタミン剤と食料を買出しついでにしばし街を歩いてみた。

街のはずれにある教会。Gによると、昨日のクリスマスイブはここでミサが行われたらしい。1922年に建てられた石造りの厳かな雰囲気の建物で、よそ者の僕は入るのをちょっとためらってしまう教会だった。

街の中心に戻ると、ボリバル広場(Plaza Bolivar)に建てられた南米解放の父、シモン・ボリバル(Simon Bolivar)の銅像には、1923年に街がつくられたと彫られていた。街の建設よりも先に教会が建てられたということか。南米の歴史を濃縮したような街だ。南米ではいたるところで彼から名付けられたものを見聞きするけれど(ボリビアなんて国名がそうだ)、こと彼の生誕の地ベネズエラではその頻度がすごい。たいてい街の中心広場はボリバル広場で、通貨はボリバル・フエルテ、カラカスの空港もシモン・ボリバル空港だし、国の正式名称もベネズエラ・ボリバル共和国だ。それにしてもこの国にはいくつのボリバル広場があるのだろうか。

さあ、明日からは一年越しのロライマトレック。いよいよだ。

Written by shunsuke

2012年2月24日 at 5:46 PM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY2: ふるさとは遠きにありて思ふもの

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東京を出発して、トロントまで12時間。その後9時間のトランジット、そしてサンパウロまでさらに10時間のフライトを乗り継いで、出発翌日の昼にサンパウロに到着した。

今回サンパウロ経由にしたのはひとつ理由があった。ブラジルの日系移民を描いた垣根涼介さんの「ワイルドソウル」を読んでサンパウロにある世界最大の日本人街、リベルタージを訪れてみたかった。それが今回、サンパウロで9時間のトランジットの時間をつくった目的だった。

サンパウロの空港に着き、リベルタージまでの行き方をインフォメーションセンターで聞いてみると、リベルタージまで直接アクセスする公共交通機関はないものの近くまで行くバスがあるらしい。アドバイスに従いサンパウロ空港から出ているエアポートバス(たしかNo.2)に乗り、リベルタージに近いRepubulicaの駅前まで行く。距離にしておよそ25km、バスチケットは33レアル(約1,500円)。5月の時も感じたけど、ブラジルの物価は高い。レアルが一時期より下がっているものの、移動や食事の物価は日本と変わらない。

30分ほどでRepubulica駅前に到着。 黄色で塗り染められた教会、昼間から広場に集まる人たち。その周りの屋台で売られているハンバーガーとホットドック。耳に届く言葉はポルトガル語だけれど、一気に南米に来た実感が沸いてくる。

屋台のおばちゃんにリベルタージまでの道を聞くと「歩いてもいけるけど、地下鉄でも行けるわ」とのこと。せっかくなのでサンパウロの地下鉄に乗ってみることにした。地下へと続くエスカレータを降りていき、トークンを購入する。サンパウロはブラジル経済の中心だけあって、さすが地下鉄も充実している。

実は地下鉄に乗るのもかなりびびっていたのだけど、乗ってみたら杞憂で有楽町線となんら変わることない。 10分ちょっとでリベルタージに到着した。地下鉄駅からエスカレータを上がって地上に出ると、いきなりびっくり!日本風のデコレートされた銀行が出迎えてくれた。

隣に目を移すと、マクドナルドも日本風。純和風でなくちょっぴりアクセントが入っているのはブラジルならではの愛嬌。建物のつくりが本物に近いかどうかは別にして、街全体で東洋的な雰囲気を大切にしているのは日本人としてうれしく思う。

ここリベルタージは地下鉄の駅がある場所が小高くなっていて、そこから表通りが一本延びている。その表通りを下っていくと、大きな鳥居が道の真ん中にどーんとそびえ、道の両側にはちょうちんのような飾りと日本の食材を扱う店や日本料理店、みやげ物屋がずらりとならんでいた。

この地下鉄の駅に近い辺りは、勤勉な日系人の経営の店が多いようで、「つがる」や「万里」といった名前の店が並んでいる。だが、今日はクリスマス・イブ。クリスチャンが多数を占めるブラジルでは家族でゆっくり過ごすことが多く、通りを歩く人はまばらで店も半分くらいがシャッターを閉めていた。

「つがる」はやっぱり一世の方の出身が青森だったんだろうな、などと少し錆びが目立つシャッターを眺めながら物思いにふけっていると急に雲行きが怪しくなりポツリと雨が降ってきたので、ちょうど角にあった「梓」とのみやげ物屋に雨宿りがてら入ってみる。

ブラジルはアメジストやアクアマリンなど宝石の産地でもある。そんなブラジル産の宝石をまとったピアスや指輪がところ狭しと並べられたショーケースを眺めていたら、店主らしき方から「いいものがあったら言ってくださいね」ときれいな日本語で話しかけられた。

主人は二世のセルジオさん。同じ日系の奥さんと結婚して60歳を過ぎた今でも元気に店を切り盛りしている。こんな日で客も僕以外にいなかったこともあり、きれいな日本語で店の成り立ちや、苦労話、中国人や韓国人も増えた東洋人街になっているとの最近のリベルタージの様子を語ってくれた。

10分ほど話をしたのち、雨も上がったので僕はセルジオさんとの出会いの記念も兼ねて友人たちへのお土産を買い店を出た。その際、深々と腰を折り曲げて「ありがとうございました、またお越しくださいませ」と見送ってくれたセルジオさんの姿が印象的だった。 そんなに深くお辞儀する人、日本じゃなかなかいないよ。

ドミニカなどよりかはひどくなかったものの、日本からブラジルに渡った人たちは苦労して街として地位と財産を築き上げた。そして、国から見捨てられながらも日本の心を大切に保ちながらも、この街で足場を築いて暮らし続けている。もちろんすべての日系人がそうではないけれど、東京から1万2千km離れた地球の裏側の鳥居が並ぶ通りで、日系人としての矜持を持ちながら昔からの文化を受け継いでいる人がいる。日本人として忘れちゃいけないな。

「この先に立派な神社があるから行くといい」セルジオさんの店を出る際にそんな助言をいただいたこともあり、さらに坂道を下って行くと、確かに立派な神社があった。この写真だけ見てこれがブラジルだと思う人はいないだろうな。そういえば、戦前の日本は台湾や韓国、サハリンやサイパンなど進出した地域で、ただ進出するのではなく日本のコミュニティを築いていきその中心に神社があった。サイパンでも見たっけ。ここブラジルでも人が移住しただけでなく、ここに小さな日本というコミュニティを築き上げたんだ。戦後に築き上げられたこの街は、日本人が日本以外に作った最後のコミュニティなのかもしれない。

このあたりまで坂を下ってくると、日本料理屋でなく中華料理屋と漢字だけの看板が目立ってくる。セルジオさんが、ここ10年くらいで日系人が減っていき中国、韓国からの移民が増えたと言っていたけれど、通りに捨てられていた王老吉(広州の涼茶メーカー)のダンボールがそんな時代の流れを象徴しているようだった。

リベルタージには、日系移民の歴史を集めた移民資料館があるのだけれど、さすがにクリスマス・イブで閉まっていた。だいたいひととおり見たので空港に戻るべく坂道を地下鉄の駅へと戻っていくと、ふと八百屋”Kanazawa”から山本譲二の「みちのくひとり旅」が流れてきた。

たとえどんなに離れていてもお前が俺には最後の女~♪マイナーコードのメロディと、こぶしがきいたジョージの歌声、思わず聞き入ってしまった。これまで特にこの歌に思い入れがあったわけじゃないのだけれど、地球の裏側で、半分シャッターが閉まり日系人が減っていっている通りと、少し物悲しいメロディがシンクロして不思議な気分になった。とてもふるさとに帰りたくなる、そんな郷愁がたまらなくあふれ出てくる感じ。演歌のメロディって、日本人のDNAに受け継がれてきた音なのかもしれない。

リベルタージをあとにして空港に戻る。そして、マナウスを経由して午前3時にベネズエラとの国境に近い町、ボアビスタに到着。

Written by shunsuke

2012年2月16日 at 3:06 AM

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DAY1: 遥かなるロライマ

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今回のロライマ山トレッキング、目指す場所ギアナ高地はベネズエラ、ブラジル、そしてガイアナの国境沿いにある。トレッキングの起点となる街サンタエレーナ・デ・ウアイレン(Santa Erena de Uairen)は、ベネズエラ領内にあるのだけれど、ここまではベネズエラ国内線の定期便が飛んでおらず非常にアクセスが悪い。

今回のトレッキングは、5月にロライマ山を断念した際にはすでに決めていたトレックだった。なので夏過ぎから手配をはじめ、バスターミナルでよい対応をしてくれたFranciscoのやっているRepresentaciones y Servicios Turisticos Alvarezをはじめとするにツアーオペレーター数社に3ヶ月ほど前からコンタクトをとり、年末年始のロライマトレックでどんな日程が可能かどうか探っていた。

最初はロライマの頂上で初日の出を見たかったのだけど、日本から往復で6-7日はかかるため年末年始に二週間以上会社を休まないと行くことが難しいことがわかり、初日の出は断念(さすがに二週間は厳しい)。加えて現地からの話だと12月31日から1月3日まではバス会社がお休みでサンタエレーナからギアナ高地の基点となるシウダーボリバル(Ciudad Bolivar)へのバスが出ないとのこと。これには困った。

結局Franciscoに何度か電話をして6日間のトレックを5日間にしてもらい、12月26日から30日までの日程でトレッキングを予約。エア・カナダで12月23日に日本を出発してサンパウロからブラジル国内線で北上、5日間のトレッキング後に1月2日にカラカスから帰る日程になった。

初日は成田を17時過ぎに出発。13日間の日程のうちホテルに泊まれそうなのは3~4泊との、9日間でキリマンジャロを思い出させるハードな旅が始まった。

Written by shunsuke

2012年2月12日 at 4:34 PM

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ロライマ山で感じたこと

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今回の年末年始はゴールデンウィークに登れなかったギアナ高地のテーブルマウンテン、ロライマ山トレッキングでした。通常6日間のコースを5日間で手配して、アルゼンチン在住の友人と現地合流して登ったロライマ山。真っ青な空にそびえたつ岸壁、てっぺんで遭遇した奇妙な動植物たち、そして突風が吹きすさぶてっぺんから眺めた神々しい朝日。ロライマの話は書物や体験談で聞いていたものの、実際の体験は予想していたよりずっとずっと驚きと感動に満ち溢れていた。

そんなロライマトレッキングを通じて感じたことを箇条書きにして書いておきます。

・日本以外にある世界で一番大きな日本人街、ブラジルサンパウロのリベルタージは日本から来た人間にとっては色々な思いが交差する複雑な場所だった。通りにのぼりと鳥居が並び、銀行やマクドナルドも日本風の建物で統一されている通りに、店から流れてくる山本譲二の「みちのく一人旅」、そして日本的なよい部分を大切にしている二世の人たち。そんなリベルタージにも近年中国系や韓国系の移民が増え、中国で有名な涼茶「王老吉」のダンボールが転がっていたのが印象的だった。

・ブラジルはでかい。サンパウロからマナウスまで3000km近くあった。でかくて暑くて雨もたくさん降る。そして平地も多い。そりゃ植物がよく育つわけだ。

・ベネズエラ、ブラジル、ガイアナの三カ国にまたがるギアナ高地には、ガイアナで共通語とされる英語、ベネズエラ人の話すスペイン語、そしてブラジル人の話すポルトガル語と三つの言語が飛び交っていた。隣の仏領ギアナでは肌の色も文化背景もほとんどガイアナと変わらない人たちがフランス語を話している。言語による文化支配ってこういうことなんだろう。

・テーブルマウンテントレッキングの費用は、6日間ガイド食糧、ポーター付で国立公園入場料込み400USD程度。ネパールやキリマンジャロなど他の有名なトレッキングと比べると破格の値段だ。今はベネズエラが石油で潤っていて観光にやる気を出していないけれど、今後ギアナ高地までの空路が整備されたりすると世界中からトレッカーが訪れるだろう。それくらい世界の他のどこにもないすばらしい魅力が詰まった場所だと思う。

・アジアに比べると南米はなんて贅沢な土地の使い方をしているのだろう。ベネズエラも例外でなく国民の8割が都市に住み、農地や林地にできそうな土地の多くは手がつけられていない。いつか機会をつくって南米の農林業にかかわりたい。

・ベネズエラでは新年に誰も仕事をしない。ロライマトレッキングのベースとなる街、サンタエレーナ・デ・ウアイレンを出発するバスは12月31日から1月3日まで運転手が休みのため動かず、1月1日にはカラカスのマクドナルドやサブウェイも閉まっていた。まるで中華圏の旧正月、油断していました。

Written by shunsuke

2012年1月19日 at 1:44 AM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek