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DAY9: 崖の上のタテヴ

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ゴリスで迎える朝、夜明け前の5時に目を覚ます。そもそも昨日5時間近くもかけてここまで来たのは崖の上に建つタテヴ修道院の夜明けを見たかったからだった。コーカサスまでの飛行機の中、雑誌「旅行人」のコーカサス特集に掲載されていたタテヴ修道院の写真。夕日か朝日を浴びて断崖絶壁に建っているその姿がとても美しくて、ウシュグリ同様ひとめぼれしてしまったのだ。写真が見つからないのが残念だけど。

かくして朝日を浴びるタテブを見るために早起きしたものの、空は厚い雲に覆われている。少し明るくなってきた外を見渡してもここから20km離れたタテヴへ行ってくれそうなタクシーが見当たらないので、谷の向こうのオールドゴリスまで散歩する。道を歩くと大量の牛たちが朝のお散歩中だった。

宿のおばちゃんの話によるとここゴリスでは100年ほど前まで人々は横穴を住居として暮らしていたらしい。その洞窟のような穴が今でも残っていて、それをオールドゴリスと読んでいる。川を渡り対岸のオールドゴリスまで足を伸ばしてみると、今では墓地になっていた。

オールドゴリス散策中にすっかり夜は明け、町がにぎわい始めてきた。時計を見るともう7時を回っている。タクシーを捜すと、今にも止まりそうなボロボロのプジョーがすぐに見つかり、往復7,000ドラム(18US$)でタテヴまで行ってくれることになった。ここゴリスがそうであるように、このあたりは河の流れが深い寝食谷を作り出していて、車はその谷に沿うように進んでいく。九十九折の坂を何度か登ったり下りたりするたびにおんぼろの車が止まってしまわないか心配しながら進むこと30分、視界の先にタテヴの修道院が見えた!すごい、本当にギリギリのところに建てられている。

後で聞いた話によると、途中の街からタテヴの修道院を結ぶロープウェーができていて、それに乗れば速く着くらしい。僕もドライバーもそんなことは知らずおんぼろルノーで坂を登りここまでたどり着いた。まだ朝早い時間のせいか、僕以外に観光客は誰もいなくてひっそりとしている。静謐との言葉がぴったりな雰囲気だ。

修道院の礼拝堂から何か音が聞こえてきているので、木製の重い扉を開けると中で二人の修道士がアルメニア語で祈りを捧げていた。窓から差し込む朝の光、修道士、そして意味のわからない祈りの言葉。きっと中世の礼拝のようすもこんな感じだったのかな。

しばらく礼拝堂でたたずんだ後外にでる。タテヴの修道院に着いてから30分くらい経つけれど、誰もやってこない。この雰囲気を独り占め。アクセスが悪いせいか、教会や遺跡に行く時は他に観光客がいない時に行くのが一番だ。

結局タテヴには1時間ほどいてゴリスの街に戻り、宿で遅めの朝食をいただく。朝ごはんを食べながらマスターと話していると、どうやら3,500ドラム(9US$)でエレヴァンまでの乗り合いタクシーを手配してくれることが判明、しかも宿まで迎えに来てくれるとか。ゴリス滞在の間、ずっと厚い雲が空を覆っていたけれど、ゴリスの街は石造りの家が並んだきれいな町並みで、また来たいと思わせる場所だった。

宿でタクシーが来るのを待っていると、マスターの言葉通り10:30にタクシーがやってきた。僕を乗せた後街の中でさらに3人を乗せ、昨日バスで通った道を一路エレヴァンへ向かう。途中、今はトルコ領になっているアララト山がきれいに見られるスポットがあるのだけど、今日も厚い雲が覆っていてくっきり見えなかった。残念。大アララトとと小アララトがあって、左が小、右の麓しか見えていないのが大。大アララトは標高5,000以上もある巨大な山だ。信仰の対象になったのもよく理解できる。

午後1時過ぎ、4時間足らずでエレヴァンに到着。やっぱり乗り合いタクシーは速いな。到着した場所が地下鉄の通っているバスターミナルだったので、地下鉄に乗って街の中心に戻る。ところが、このエレヴァン地下鉄、アルファベット表記がまったくなくて全然読めない!始発駅だったから迷わなかったけど、これはアルメニア語がわからない人には大変だ。

アルメニア滞在の間、ずっと厚い雲が覆っていたけれど、エレヴァンで迎えた午後ようやく雲の切れ間から青空が見えたので、しばしエレヴァンの街を歩いてみる。街の中心Republic Square にあるマリオットホテルから眺めたアルメニア国立美術館。ここのアルメニア史の展示は紀元前の大アルメニアからの歴史と出土品が展示されていて見ごたえがあった。

街の中心部に唯一残るモスク、ブルーモスク。中は緑があふれていて近所の人、ムスリムたちの憩いの場になっていた。ここで英語が話せるイランから来ている学生がいたのでしばしおしゃべり。旧ソ連時代はアゼルバイジャン人が多く暮らしていて、彼らが通ったモスクがあったみたいだけど、ナゴルノ・カラバフ紛争が始まるとほとんどアゼルバイジャン人はアルメニアを去り、モスクは壊されてしまったとか。ここはイランがお金を出して修復、整備しているそうだ。一見平和そうなモスクの中も10年ちょっと前にはそんな歴史がある。そういえば大学の授業でコーカサスはバルカン半島と並んで民族が入り乱れて住んでいたことを議論したっけ。その現実をふと垣間見た瞬間だった。

翌朝早い便でモスクワへ飛ぶので、おみやげを探すがてら夕暮れが沈むイェレバンの街を歩く。アルメニアの国土は山ばかりで産業もなく寂しい国だけど、この首都だけは別世界のようにきれいに整備され人々もおしゃれ。ゴリスの宿で一緒だったイギリス在住のアルメニア人のおっちゃんによると、ユダヤ人と並びディアスポラの多い海外在住のアルメニア人からの投資もイェレバンに集中しているようだ。アルメニアンブリックとこの花屋さんの色使いが僕は大好き。

夜はホステルのメンバーとバーに行き、コーカサス名物のハチャプリを食べ収め。小麦のおいしさもぴかいちだったな。いよいよ明日はコーカサスとお別れかと思うとしんみりとしてきた。

Written by shunsuke

2012年10月14日 at 10:12 PM

DAY7: 山と教会の国、アルメニア

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昨夜遅かったこともあり、この日の朝はゆっくりと8時くらいに起きる。今朝もトビリシはいい天気だ。

ミスタービーンそっくりな宿のオーナーから教えてもらった、アルメニア行きのバスが出るオルタチャラバスターミナルへと向かう途中、グルジアワインを買いに近くのワインショップに寄る。旧市街のJerusalem Square付近には観光客向けの店が並んでいて、グルジア各地でつくられたワインを試飲させてもらいながら選ぶことができる。何軒か並んでいたうちの一軒、Vinothecaに入り、軽いフルーティなものからフルボディのしっかりしたものまで、6種類くらい試飲させてもらって計4本おみやげに購入。バックパックに入れて持って帰ることを伝えると、割れないようにと二重に梱包をしてくれた。スタッフも英語が堪能な上、ノリもよくていい買い物ができた。ありがとう!

4本のワインをバックパックに詰め込み、改めてオルタチャラバスターミナルに向かう。旧市街からタクシーで10分ほどで到着。ここは周辺各地への長距離バスも発着するターミナルのようで、イスタンブール行きなんてバスもあった。イスタンブールって文字を見るとヨーロッパの一部ってことを実感する。

イスタンブール行きに惹かれつつも、帰りの飛行機が待つアルメニアの首都イェレバン行きのマルシュルートカを見つけて乗り込む。一人30ラリ(17ドル)くらいだった。乗り込んだところでちょうど定員になり、イエレバンに向けて出発!1時間ほどで国境に着き、ここで乗客は歩いてイミグレを抜ける。ここでアルメニアのビザが必要なツーリストはアライバルビザを申請する。乗客がみんな必要のない人たちばかりだったのでちょっと心配だったけど、運転手さんはちゃんと待っててくれた。

ここから首都イエレバンまでは4時間ほど。一気に行ってしまいたいところだけど、国境から1時間ほど走ったアラヴェルディ(Alaverdi)で途中下車。この周辺に集まる修道院、中でもサナヒン修道院とハグパット修道院が見所になっていて、トビリシから一緒になったツーリストとタクシーをチャーターしてまわることにした。グルジアからアルメニアに入ったとたん廃墟の工場や古いアパートが目立つようになってきた。グルジアとアルメニアの経済格差の差が如実に現れている。

このあたりは公共交通機関がほとんどないので、修道院をめぐるにはタクシーをチャーターするしかない。だからきっとアラヴェルディにはそんな観光客を目当てにしたタクシーがたくさんいるのだろうなと思いつつマルシュルートカを降りるとやはりいた。二つの修道院をめぐるのに1台5000ドラム(約1,000円)で交渉成立。乗り込むとバックミラーにもちゃんとアルメニアンクロスがぶら下がっていた。

まずはサナヒン修道院に向かう。このあたりは川が100mくらいの谷をつくっていて、谷の底にアラヴェルディの街があり、谷を見下ろす丘に修道院を囲むように街がつくられている。アラヴェルディからサナヒンに向かうには渓谷の坂を登っていく。そして登りきった断崖の上に修道院はあった。

10世紀に建てられ、モンゴルやイスラム系の襲来を乗り越え、ほとんどが当時の姿のまま残っているという。修道院の建物の床がそのまま墓になっていて、床が墓標になっていた。中に眠っている人には申し訳ないがその上を歩く。

修道院の中ではろうそくが1本300ドラム(約60円)で売られていて、火を灯し燭台に祈りがささげられていた。ろうそくの光にアルメニア正教独特の十字架。

礼拝堂の中で祈りをささげているらしき少女の姿がとても印象的だった。数百年前から変わらないひっそりとした建物の中でろうそくに祈りをこめる姿を見ていると、こちらも厳かな気持ちになってくる。

次はハフパット(Haghpat)修道院、こちらはサナヒンの対岸にあり、同じく断崖を登った台地の上、ハフパット村の中にある。サナヒンがしっとりと思い雰囲気だったのに対し、こちらは少し開放的な雰囲気な建物、緑に覆われていてラピュタに出てきそうな雰囲気だ。

40cm四方ほどの石を積み重ねて築き上げられた教会。壁を見ると石のひとつひとつに十字架が彫られていて、番号がつけられていた。これって何の番号なんだろう?

屋根の上にもクロスが掲げられていた。ここアルメニア正教で使われている十字架はアルメニアンクロスと呼ばれていて、各諸派あるキリスト教の中でもアルメニア正教しか使われていないとか。グルジア正教のクロスも似たようなものだったけど。

さて、二つの僧院を見終わり、アラヴェルディの街から今日宿泊予定のエレバンに行こうとするが、定期バスも乗り合いタクシーのマルシュートカもない。タクシーと交渉するとエレヴァンまで1台10,000ドラム(約2,000円)で行ってくれることになり、迷わずタクシーをチャーターすることにした。

アラヴェルディからエレヴァンまではおよそ200km、4時間弱の行程だ。車は標高2,500mくらいの峠を越えるため、ぐんぐん高度を上げていく。灰色の厚い雲が次第に真っ黒になり、大粒の雨も落ちてきた。

1日しかいなかったアゼルバイジャンは別として、グルジアと比較してここアルメニアには全然木が生えていない。もちろん標高が高かったりと樹木の生育に向かない気候なのかもしれないけど、ここまで生えていないのにはびっくりした。草地や畑と化した大地には寝食谷が広がっているところもあった。紀元前から人が住む古い土地の上、農業国で、牧畜も盛んだから仕方ない。たいていどこの場所でも家畜の数と樹木の数は反比例するものだ。森林は畑に変わり、樹木の幼木は家畜に食べられてしまうんだろうな。

200km強の道のりを3時間ちょっとで駆け抜けて、暗くなる前に無事にエレヴァン到着。エレヴァンはこれまで通ってきたアルメニアと異なり、近代的な建物が並びファッショナブルなきれいな人たちが通りを歩く大都会だった。よれよれのユニクロ服に身を包んだ僕はちょっと肩身が狭い。明日はアルメニア正教の総本山、エチミアヂンへ行きゴリスへ向かいます。

Written by shunsuke

2012年9月17日 at 10:21 PM

カテゴリー: 2012/05 Caucasus

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DAY8 ロライマトレック5日目: さよならロライマ

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●ロライマトレックマップ

昨夜、久しぶりに飲んだビールの酔いもあって、昨夜は20時過ぎに就寝。ぐっすり寝て朝目が覚めると、きれいにクケナンが見えた。昨日はちょうど同じ時間にロライマのてっぺんから同じ光景を見ていたんだ。そう思うとふつふつと達成感が沸いてきた。

この日は最終日、ガイドのアレックスと行動するのも今日で最後、彼のつくる朝ごはんを食べる機会もなくなるんだな。そう思うと、これまで毎朝のように食べてきた、トウモロコシからつくったアレッパも特別な味のように思えてきた。

最終日はリオテックのキャンプサイトから出発点のパライテプイまで戻る10km程度の道のり。これまでよりゆっくり支度をして8時過ぎに出発。初日に来た軽いアップダウンが続く道を戻っていく。街に戻れば5日ぶりにシャワーが浴びられるのはうれしいけれど、この景色とお別れしなくてはならないのはやっぱり寂しい。この景色を目に焼き付けるように何度も振り返ってロライマとクケナンを眺める。

5日間、時に楽しく時には厳しくガイドしてくれたアレックス。最後まで僕のことは”Tonto”扱いだったけど、愛嬌のあるいいガイドだった。正月は気をつけて歩いてガイアナに帰るんだよー

3時間半ほど歩くと初日に出発したパライテプイの 集落が見えてきた。歩ききった達成感とトレックが終わってしまう寂しさが同時にこみ上げてくる。

午前11時40分、パライテプイ到着。何も持ち帰っていないか荷物検査をした後、5日間の苦楽を共にしたGとAnna、アレックスとフェルナンドみなで乾杯!

30分ほど待つとオペレーターの車が迎えに来て、2時間かけてサンタエレーナの街に戻る。それにしても雲も空も高いなあ。この土地と日本の社会が同じ地球上にあるとは思えないほど、のんびりしている。アレックスによるとこのあたりは映画ジュラシック・パークの撮影にも使われたそうな。それくらい昔から変わっていないんだろうな。

サンタエレーナ・デ・ウアイレンの街に戻り、ツアーオペレーターのフランシスコが手配してくれていたプエルト・オルダス行きのバスチケットを受け取る。「年末年始はバスなんてないよ」最初にこの言葉を聞いたときはどうなるかと思ったけれど、これで何とか日本まで帰れそう。まずはシャワーを浴びて久しぶりにゆっくりとごはんを食べる。とてもジャンクな感じだけど肉がうまい!

19時サンタエレーナ発に乗るので、18時過ぎに街を出てバスターミナルへ向かう。フランシスコのオフィスがバスターミナルにあるので、オフィスでコーヒーをいただきながらサンタエレーナ最後の時間を過ごす。世話好きでいつもツアー客とガイドの調整に電話で対応していた彼、最後まで世話になったなあ。メールやウェブサイトでもっと気軽にコミュニケーションができれば楽だったんだけど、心のこもった対応はうれしかった。

19時過ぎにバスは満員の客を乗せて出発。ゴールデンウィークに続き今回は2回目のサンタエレーナだったけど、アレックスをはじめとして出会った人と景色は忘れがたい思い出になった。さよならロライマ。

Written by shunsuke

2012年6月13日 at 10:05 AM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY7 ロライマトレック4日目: てっぺんから下界を望み、感慨にひたる

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最終日の朝、4:50にセットしていた目覚ましで目を覚ます。昨夜台風のように雨と風が打ち付けていたロライマのてっぺんは、不思議なくらい静まり返っている。テントを出て外を見ると風が雲を押しやって頭上には星が瞬いている。これはいい朝日が見れる!僕とGはすっかり興奮してガイドのアレックスを叩き起こす。

「寒いから行きたくない」と駄々をこねるアレックス。おいおい、なんというガイドだ。よく聞くと半そで以外は持っていないとか。それなら寒いのもわかるけど、そうこう言ってられないので、アレックスを引っ張り出し昨日も来た高台へと向かう。昨夜の大雨でいたるところが水たまりになっていたけど、そんなことお構いなしにひざまで水につかりながら進んでいく。次第に明るくなっていく空。きれいに晴れた空を目にして高まる期待。40分ほどで高台に到着。

昨日の夕方ここに来たときもすばらしい景色だったけど、日が昇る少し前のこの時間の風景はまた格別だ。ただの水溜りさえも神秘的な光景に見えてくる。

6時10分頃、地平線を昇ってきた太陽がロライマのてっぺんに顔を出す前に、隣のクケナンの南壁を赤く染め始めた。

興奮気味の我々をよそ目に寒さに耐えるアレックス。この朝も風が強く体感気温は5℃くらい。そりゃ半そで半ズボンは寒いよな。来たくなかった気持ちもわからなくはないが、それが仕事なんだ。もう少し我慢してくれ。

クケナンに当たる朝日に見とれている僕と間逆の方向で、昇り始めた太陽と崖の下から沸きあがってくる雲の動きに夢中になるG。この視界に見えるすべての景色、どこを写真に収めても絵になる。

6時15分、ようやくロライマの頂上を太陽が照らし始めた。これまで暗闇だった世界を強烈に照らす赤道間近の太陽だ。これをここから見たかったんだよ。太陽の光を浴びたとたん、ここから見えるあらゆる景色が変化し始める。

後ろを振り返ると、クケナンに僕らの姿が映っていた。生まれて初めて見たブロッケン。 雲や霧の中に日の光が射しこんだ時に虹のような色をともなって見える。こんな場所で見られるなんて。

30分ほど自然のショーを楽しんだ後、Hotel Californiaに戻りパッキング。今日はこのまま初日に通り過ぎたRio Tekのキャンプサイトまで戻るのだ。名残惜しいけど一日半滞在したロライマとお別れをする。昨日の雨が過ぎ去った快晴の朝、昨日の雨がつくった水たまりも雲ひとつない空も、突き抜けるような青色だ。

下界へと下る道の手前で最後の記念写真。ここから見える景色はほんとに言葉では言い表せないよ。登った者にしかわからない気持ち。ヘリコプターでちょこっと来ただけではこんな気持ちにはならないだろうな。

クケナンのほうを見ると、雨が降った後にしか現れない幻の滝クケナンフォールが見えた!物知りなGによると、世界で5、6番目くらいに落差が大きい滝だとか。

午前8時、いよいよ下りはじめる我々。僕は前日にしこたま打ちつけてずきずき痛む左足をひきずりながら下っていく。おまけに膝を曲げると傷口が開き初めてまた血が出てきた。先行き不安なこと、この上なし。

今から下る道を眺める。憂鬱な気分になるくらい道のりは遠い。

 まずはロライマの壁面に沿った岩だらけの道を下り、3時間半かけてCampament Baseに到着。ちょうどこの日からロライマの頂上で初日の出を見る人たちが頂上に登り始めていて、僕らが登った時には2日間で10人くらいしかすれ違わなかったのにこの日の午前中だけで30人くらいすれ違った。頂上には150人しか泊まることができないように人数制限がされているので、今日からは頂上のホテルはどこも一杯だろうな。こうして下からロライマを見上げると、ついさっきまであの上にいたのが信じられない。

昼ごはんを食べた後、再び黙々と着た道を下り続ける。頂上を目指すという明確な目的のある登りと違って、モチベーションの沸かない下りはいつもながら苦手だ。

それでも時おりすれ違う登山客、ガイドの人たちとの交流で元気が出る。おっちゃんはもうここで35年ずっとポーターをしているんだって。

膝出血事件以来、Gと一緒に僕を”Tonto”と名付けてとても客とは思えない扱いをしてきたガイドのアレックス。コモンウェルズのガイアナ出身の彼はスペイン語よりも英語が得意なので、ゆっくり話をする。アレックスの話によると、今一番の楽しみはこのガイドが終わったら、弟のフェルナンドと一緒にベネズエラの国境近くにあるガイアナの実家に帰ってニューイヤーを過ごすこと。

家族で久々に過ごすニューイヤー、いいね。アレックスによると、ベネズエラから彼の実家がある街は直線距離で50kmくらいなのだけど、道が通じていないらしく公共交通機関もない。じゃどうやって帰るの?と聞くと一言。「二日間歩いて帰るんだよ」

いやいや、参りました。公共交通機関がなかったら歩いて帰る。実にシンプルで、これぞあるべき姿だと思う。彼はそういう文化圏に属している人なんだよね。歩いて帰る、この一言で一気にアレックスのことが好きになった。でもね、アレックス。このバッタはびっくりしたよ。

果てしなく思えた帰り道もアレックスとの会話が弾んだこともあり、気がついたら行きに渡った川、リオテックにたどり着いた。行きはもう暗かったので写真が撮れなかったけど、こんな感じで膝くらいまで水かさのある川を渡っていく。足を滑らせれば荷物がすべて水浸し、そんなスリリングな川渡りだ。

 

ロライマのてっぺんを出発して9時間後、午後5時にようやく本日のキャンプ地リオテックに到着。いやー今日は左ひざが痛いながら20km、よく歩いた。ここにはすでにビールが売られていて、到着したときには一足先にアレックスとGがビールで乾杯していた。遠くロライマのてっぺんを眺めながら、あそこまで行って帰ってきた感慨に浸りつつビールで乾杯。最高の夜だね。

Written by shunsuke

2012年4月10日 at 9:58 PM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY6 ロライマトレック3日目: 20億年前から止まった世界を歩く

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ロライマ山頂、Hotel San Franciscoで迎える三日目。今日は丸一日、ロライマのてっぺんを探検する日だ。頂上と言ってもテーブルマウンテンなので起伏のある土地がずーっと広がっている。このてっぺんにブラジルとガイアナ、ベネズエラの国境も通っていて、そこまで歩いていくと片道4時間かかるらしい。それくらい広いところ。僕らは一日しかてっぺんでの時間がないので皆で相談した結果、三カ国の国境地点にはいかずにキャンプサイト周辺の見所ポイントを回ることにした。

あいにくのガスがかかった天気だけど、ゴアテックスを羽織り出発。昨日もいろいろ奇妙なものを見かけたけど、ここではいたるところに見たことないような動植物を見かける。この植物もランのような葉を持つ不思議な植物だった。ここはまだ人間や恐竜が生まれるずっと前、世界がまだ一つの大陸、パンゲアだった20億年前にできてそれ以来ほとんど変化していない場所。20億年前から時が止まった世界だ。

基本的には黒い岩の上にできた場所なのだけど、ここにはいたるところでクリスタルを見かける。アレックスによるとなんでここにクリスタルがあるのかも、どこからやってきたのかもよくわからないらしい。もちろん国立公園なので観光客は持ち帰り禁止、帰りにしっかりと荷物チェックされるらしい。地元の人はいくらでも持って帰っていいんだとか。

30分くらい歩いて、ロライマの頂上では有名なジャグジーに到着。ちょうど人が入れるくらいの形に岩が削られていてすっぽり水につかることができる。ただ、ここは標高2700m。直接空から落ちてきた水はかなり冷たく水風呂に入っているかのよう。それでも最初の冷たさを我慢して水につかると、意外に気持ちいい上に水から出た後もあまり寒くない。トレッキングの汗もこれですっきりだ。

興奮気味にジャグジーに飛び込むアレックス。

アレックスよりも高く飛んでやるぜ!と一緒にはしゃいで水の中に飛び込んだりしていたら、左ひざを水の中の岩に打ち付けてしまった。案の定大出血・・・アレックスとGは大爆笑、これいこう”El tonto”(間抜け)と呼ばれるようになってしまった。客であるトレッカーをトントって呼ぶなんてなんてガイドだ、まったく。まあ、そんなところが憎めないのだけど。

絆創膏で傷口を応急処置して、昼ごはんを食べにキャンプサイトへ戻る。すると朝方からのガスがすーっと晴れてきれいな青空が見えてきた。ガスの中の光景もよかったけど、太陽が出るとすべての色が生き生きとしてくる。でも周りを見る限り僕らがいる場所は晴れ間が広がっているけど、下界は見下ろせない。どうやらロライマの上の雲は晴れたものの、下にはまだ雲がかかっているようだ。

 

昼ごはんを食べた後、午前中に打ち付けた膝が痛む僕は山頂を散策しに行ったメンバーとは別行動で、キャンプサイトでゆっくりすることにした。ここは常に風が吹いているのですごい速さで雲が流れていく。まるでビデオを早送りしているみたい。ドーナツの形をした雲も、犬のように見える雲もすぐに形を変えて過ぎ去ってしまう。諸行無常だなあ。なんてことを考えながらぼーっと流れる雲を見上げていたら、視線と同じレベルのところに虹が出ていた。

雨のあとは動物も植物もみなうれしそうだ。カエルも幸せそうに葉っぱのベッドの中でお昼寝中。

日が傾きかけた頃、キャンプサイトの近くにあるロライマの山頂で一番高い地点に登ってみる。ややこしいのだけど、平らなてっぺんの上にさらに100mくらいの高さの岩があって、そこからは周りがきれいに見渡せるのだ。富士山で言えば剣が峰か。

20分ほどかけててっぺんまで登ると、そこは予想していたよりもすごい景色。ロライマのてっぺんのようすがよくわかる。平たいてっぺんなのだけど、どこにも真っ平らな土地はない。まるで丸二日くらいつけていた絆創膏をとったあとのふやけた皮膚のようだ。

下界方面を見下ろすも、あいにく雲は晴れず。絶え間なく崖の下から上昇気流が吹き付けていて雲が湧き上がってくる。これもすごい光景だ。

 

このあと、夕暮れをここから見ようと1時間ほど粘るも雲が多くなりあえなく断念。キャンプサイトに戻り夕食の準備をしている間に、雨も降ってきた。夜半には雨は強くなり風もびゅうびゅう吹き始めまるで嵐のような天気に。明日は下界に戻らなきゃいけないので、何とか朝日が見られるといいな。

Written by shunsuke

2012年4月6日 at 11:29 AM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY5 ロライマトレック2日目: ロライマ登頂!

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この日は若干ハード。全6日の日程を5日に詰め込んだものだから、今日は標高1050mのKukenan Campから10.5km歩いて一気に2700mのロライマ山のてっぺんまで登る。こちらがロライマトレック全体図。

朝6時に起床してアレックスのつくったパンケーキをしっかり食べて腹ごしらえ。

テントをたたみ、7:30に出発。 一日数回雨が降ると聞いていたけれど、今日も晴れていい天気。ロライマとクケナンが出発したときよりだいぶ大きくなってきたぞ。

昨日は小高い丘を登ったり下ったりしたけれど、ここから先はロライマの麓にある”Campament Base”まで6km歩いて450m標高が高くなるゆっくりとした上り坂。草原の中の小道をひたすら歩く。谷から尾根へ、尾根から谷へ。

次第に雲が出てきて、10時を過ぎると日がかげってきた。なにせ赤道に近いので日差しは強烈。標高が高くなるタイミングで直射日光がさえぎられるのは体力的にはありがたい。歩き始めて3時間ちょっと、11時近くなった頃雨がポツリポツリと降り始めた。ここまで降られなかったのが奇跡的、それだけでも感謝だね。このあたりになってくると、見たことないような植物もちらほら視界に入ってくる。いよいよ植生が変わってきたようだ。

11:30にロライマ直下の”Campament Base”に到着。雨は強くなり、土砂降りになった。ロライマも厚い雲に覆われてるなあ。

ここはちょうどロライマの真下に位置するキャンプサイトで、6日間トレックの場合ここで2日目の夜を過ごす。僕らはここで昼ごはんを食べてそのままてっぺんへ向かう。川が流れていて天気がよかったら水浴びできて気持ちいいんだろうな。ちょうど今朝方ロライマ山頂から下りてきたグループもここでランチを食べていて、みな興奮気味に今朝見えた朝日のすばらしさを語っていた。期待が高まってきたぞ。

ところで、僕はこのロライマツアーに来る前に大きな疑問があった。断崖絶壁に囲まれているロライマにどうやって登るのか?アレックスに聞いてみたところ地元の人たちによって発見された階段状になっている場所があって、そこから登るようだ。ロッククライミングみたいなものを想像していたのでちょっと安心。

ここから1200mの登りに備え腹ごしらえをした後、いよいよロライマの核心へと出発。ここから急に植生が濃くなり、周りは高木に覆われたジャングルとなる。アレックスによると、湿った空気がこのテーブルマウンテンの1200mある岩にぶつかって上昇気流が起き、毎日雨が降るかららしい。納得。

道もこれまでの緩やかな登りから、岩や粘土質の急な坂を登っていく道になる。傾斜が急な上、雨が降っていて足下に水が流れているので滑りやすい。そんな雨ばかり降っている場所なので、木々に覆われた樹幹の下は蒸し暑くあたりは一面苔で覆われている。雰囲気はグアテマラやコスタリカで見た熱帯雲霧林だね。

そんなジャングルの道なき道を登っていくこと1時間、ついにロライマの岩の真下に着いた。なんか距離感よくわからないけど、この岩、高さ800m以上あるんだよね。ただただ、すごい。

岩の真下に到着した後は、階段状になっているポイントまで岩の外周に沿って横に移動していく。途中、ロライマのてっぺんから落ちてくる水が滝のようになっている場所を通過する。こうして足下を流れていった水が集まって、昨日渡った川になっていくのか。

階段状になっている場所は思ったより幅も広く、足下が滑りやすいことをのぞけば特に危険は感じない。ただ、登るにつれロライマの上を覆っている雲の中に入っていったようでほとんど視界がきかなくなってくる。

ロライマアタック開始から3時間、いよいよ午後4時過ぎにロライマ山頂に到着!てっぺんはもっと真っ平らで着いたとたん一面に平べったい頂上の景色が広がるのかと思ってたけど、大きい岩がごろごろしていてあまり登頂した感覚がなかった。気がついたらもうてっぺんだった感じ。さっそくアレックスがロライマ名物のジャンプできないカエルを見つけてきてくれた。この小さなカエルは天敵がいなく逃げる必要がないロライマ山頂で独自の変化を遂げ、ジャンプする機能が退化したそうだ。ロライマの頂上にはこのカエルのように下界と閉ざされたこの世界で独自の進化や退化をとげた動植物であふれている。

ここでは常に下から上昇気流が吹き上がって雨を降らせ、周りに障害物がないことから四方から風が吹き付ける。そんな環境が岩を寝食し、オブジェのような岩をつくりだしている。

来る前にもちろん写真で見ていたけれど、目の前に広がる実物の存在感にただ圧倒された。とはいえ、どこかで既視感のある世界だと思ったら、小さい頃から愛読していた手塚治虫の火の鳥で描かれていた世界にそっくりなんだ。不思議な岩の形、そして無機質な世界。もしかしたら手塚先生はこのロライマの写真や話からヒントを得て火の鳥の世界観をつくりあげたのかもしれない。

雨ばかり降って風が強い頂上でどこに泊まるんだろう?と思っていたら、こんなちょうどいい場所がしっかり確保されていた。その名もHotel San Francisco。頂上にはそれなりの数の宿泊スポットがあって、それぞれ名前がついているらしい。この日はさすがに疲れて20時に就寝。明日は頂上の探検だ。

Written by shunsuke

2012年3月26日 at 2:38 AM

カテゴリー: 2011/12 Roraima Trek

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DAY10: 11年ぶりのママズ・ゲストハウス訪問

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バンコクには朝7時に到着。トランジットの時間が半日ほどあったので、久しぶりにカオサン・ロードに行ってみることにした。

僕は2000年から2001年にかけて大学を1年半休学していたのだけど、その最初の半年ほどはずっと旅行をしていたことがある。その時、このカオサンに一ヶ月くらいいたことがあった。今から振り返ってみると何とももったいない時間の使い方をしていたのだけど、当時は安宿に泊まってギターを練習する退廃気味の日々が楽しかったことを覚えている。

久しぶりに降りたバンコクのスワンナプーム空港には地下鉄がつながっていた。時の流れを感じるなあ。アナウンスも英語、タイ語、日本語が完備でびっくらこいた。

地下鉄とタクシーを乗り継ぎ、空港から1時間ほどでカオサン・ロードに到着。まだ朝の早い時間だから人も露店も少ないけれど、このゴチャゴチャ感11年経ってもまったく変わっていない。 11年前はマクドナルドはなかった気がする。

せっかくなのでここまで来たら当時一ヶ月滞在したゲストハウスに行ってみることにした。カオサンの真ん中くらいを少し北に入った所にあるMama”s Guesthouse。当時一泊50バーツ(200円以下)との破格の値段だったのを覚えている。入れ替わりの速いであろう場所なので、10年経ってもまだあるかどうか不安な気持ち半分で路地を曲がっていくと、同じゲストハウスが立っていた。

懐かしさに門をくぐってみると、11年前も働いていたママがまだ店を切り盛りしていた。そして向こうも僕のことを覚えていてくれたのにはびっくり!店の前にはバーのようなスペースができていたけど、当時もお世辞にも新しくなかった宿がほとんど変わらずに存在していたのがうれしかった。

中に入らせてもらうと、ほとんど中も変わっていない。狭い階段にベニヤ板を貼り付けたような壁、そして所狭しと干されている従業員の洗濯物。11年の歳月だけ古くはなっているけど、ずいぶん遠くに行っていた記憶の断片が思い出されてくる。今思うとよく1ヶ月も泊まっていたなあ。20代前半で体力と時間があったからこそできたんだな。1泊50バーツだったドミトリーが80バーツに値上がりしていたけど、11年で30バーツしか値段が上がっていないのはすごいと思う。

ゲストハウスの周りを歩いてみると、 よく訪れた屋台のごはん屋さんとかシェークのお店とかがまだ健在だった。タイ風のあんかけやきそばとパパイヤシェークを頼んで、70バーツ。11年前はこれで30バーツだった。宿より食料品のインフレ幅のほうが大きい感じかな。味が変わらないのはうれしいね。

食後は近くにあるマッサージに行ってみる。欧米人を中心にバーで昼間からラグビーワールドカップで盛り上がる横で、おみやげ屋や雑貨屋、マッサージ屋が立ち並ぶ。当時はワクワクした覚えがあるこの熱気も、なんだか今となるとああ、みんな若いなとしか感じないようになってきた。年相応になったということなんだろうね。

最後に空港に向かう僕をゲストハウスのママが送ってくれた。思いがけずに覚えていてくれてありがとう。また機会があったら来るよ。

Written by shunsuke

2012年1月15日 at 5:35 PM

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

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