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DAY8: Deadvlei、再び

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午前4時30分、再びDeadvleiを見にいくべく昨日よりも30分早く起き、一路60km離れた国立公園の入口に向かう。今日も快晴、絶好の天気だけどなかなかゲートが開かない・・・車を借りてテントを持ち込めば国立公園の中で寝泊りできるらしい。そうするしかないのかな。

日の出のちょっと前にゲートが開き、一目散でDeadvleiを目指す。昨日と全く同じ道のりなので、風景の姿かたちは変わらないのだけど、時間が早い分朝日を浴びた砂の色が違う。じっと見ていると引き込まれていきそうな赤色だ。

何とか太陽が高く昇りきる前にDeadvleiに到着。今日は無風だった昨日とは異なりかなり風が強く雲も多い。強い風で砂が舞い上がっているのがよくわかる。Big Daddyに登るのが今日でなくてよかった。

Deadvleiに向かう先客の二人組。砂の壁に向かって手をつないで歩いていく後姿が素敵。とても絵になった。

肝心のDeadvleiはというと、太陽が高くなりすぎていて、赤い砂の斜面だけでなく白い粘土質のところにもすっかり日が当たっていてしまっていた。水蒸気が蒸発していく明け方の一瞬しか、National Geographicに出ていたような景色は見られないんだね。残念。

それでも強い風で白い砂が舞っていて、またそれはそれで白黒の不思議な光景を見ることができた。風が強く吹いたり、太陽の傾きが違ったり少しでも自然条件が違うだけでまったく異なる表情を見せる。当たり前のことだけど、一秒たりともまったく同じ景色はない。大自然の不思議だ。1万円払って早起きしてきてよかったな。

風に乗って砂が飛んでくる中レンズを守り、30分ほど最後のSossusvlei を見納めて帰路に着く。いつかまたこの場所に来ることがあったら、次は必ず国立公園の中に泊まって太陽が出る前にこの場所にやってきたい。

この日は午後にウィントフックまで戻るのでまた2時間ほどかけて宿に引き返し、荷物をまとめてNaulkuftを出発する。出発間際、昨日遅くまで飲んだマルコが見送ってくれた。一応これは”ヘビーローテーション”の振り付けのつもりらしい。” I want you”のところね。

極度に乾燥した場所でかなり動き回ったから疲れていたらしく、 ウィントフックまでの道はほとんど寝ていた。国立公園の中に入る仕組み、行きたい場所、見たい景色もよくわかっていなかったり手際が悪かったけれど、想像を超えた自然の光景に圧倒されっぱなしのナミビアだった。

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Written by shunsuke

2011年12月22日 at 1:04 午前

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

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DAY7: 赤と白と青の不思議な世界

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Bigdaddyを登頂したあとは、250mある砂丘を一気に駆け下りる。250mもあるので砂丘というより砂の山だ。安部公房ではないけれど、この景色の中にいると自分が砂に埋もれて砂と同化していくような気持ちにをかき立てられる。なかなか砂山を降りずにはしゃぐL、とっても楽しそう。

この砂山、降りてみると砂が動く時にまるで猛獣が叫んでいるかのような、風が吹き荒れるような音が聞こえてきてびっくり!強烈な日差しで熱せられた表面の砂が移動して中の冷たい砂と交じり合うときに音が発生していると思うのだけど、とても不思議。とにかくものすごい自然だ。

砂丘を下まで降りると、白い大地に枯れた木が何本も立っている場所に着いた。ここはDeadvleiと呼ばれる場所で、雨が大量に降った時に流れ出た粘土質の土が低地に集まり、それが極度の乾燥条件の下で白く硬く固まっている。そこに何十年、中には数百年前に枯れたアカシアの木が立っているのだけれど、枯れても地面が硬いため倒れず、極度の乾燥条件のため腐ることなく立ち尽くしている。

この光景を見て僕は一枚の写真を思い出した。11年の3月くらいにNational Geographicに出ていた一枚の写真、この絵画のような写真が撮られた場所だ。

朝日が斜面だけに当たる時間に来ればこんな光景が見られるのか。Bigdaddyに登った後で、正午を回りすっかり高くなってしまった状況からは信じられないような光景を思い出し、明日の朝にもう一回来ようかなと思い始めた。とりあえず今日はおなかもぺこぺこなのでSossusvleiを後にして宿に戻る。この赤と白と青の不思議な世界にしばしおさらば。きっと明日また来るよ!

宿に戻る道の途中、ダチョウも現れた。砂漠って砂ばかりで生物もいない印象だったけれど、オリックスやスプリングボックスをはじめ、大きな動物もこの過酷な環境で生きているんだなあ。ドライバー兼ガイドのマイケルによると、肉食獣がいないらしいので草食動物にはこれでも過ごしやすい環境なのかもしれない。

宿に戻ると真っ白なテーブルクロスが敷かれたテーブルにランチが用意されていた。砂丘に半日いて細胞膜の中から水分が失われてしまったようなカラカラの身体にフレッシュジュースとごはんがしみわたる。こういう時、豪華ツアーって楽でいい。

昼ごはんを食べていると、食堂の前にリスのような小動物が現れた。ここで人に慣れているらしく、平気で近づいてくる。ひょこっと立ち上がった時の仕草が愛くるしい。

夕方は別のドライバーに夕日ポイントまで連れて行ってもらい、ゆっくりと過ごす。名前を忘れてしまったのが残念なのだけど、適当だった午前中のマイケルと違い知識も豊富で態度も紳士的、すばらしいガイドだった。

結局この日もほとんど雲を見ることなくサンセットを迎えた。砂漠の砂煙のせいか、丸い太陽の形がくっきりと見えたまま沈んでいく。

夜はツアー参加者の三人でご飯を食べているところに宿で働くドイツ系のナミビア人、マルコも混じり遅くまで盛り上がる。大学を出てから数ヶ月この宿でガイドとして働き、その他の時間は南アフリカでDJをしたりしているマルコ、かなりの日本好きでAKB48の振り付けも知っていたのにはびっくりだった(単なるオタクか?)。そんなマルコと話しながら、明日もう一回Sossusvleiに行くことを決定。今度は寝坊も寄り道もせずにまっすぐDeadvleiに向かい、斜面に朝日が当たる瞬間をこの目で見るぞ。

Written by shunsuke

2011年12月20日 at 11:42 午後

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

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DAY7: ビッグダディを登頂せよ!

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Naukluftで迎える朝、朝焼けの砂丘を見にいくため5時前に起床する。当初5:15出発と言っていたのに、準備が遅れて5:30出発となった。泊まっているホテルから赤い砂丘、SossuvleiがあるNaukluft国立公園の入り口までは60kmあって、その距離を車で向かう。当初は国立公園の中の赤い砂丘に朝日が当たる瞬間を見たかったのだけど、ドライバーのマイケルの出発が遅れたこともあって国立公園のゲートに到着した頃にはすでに日が昇りきっていた。

後から知ったのだけど、一部の宿泊客以外は国立公園内で寝泊りすることは許されていないらしく、朝日を見たい人は外に泊まり夜明けのゲートオープンに並ぶらしい。それを事前に調べておけばよかった。そう地団駄を踏みながらも公園の中に入ると、鹿に似た動物が走っていくのが視界に入った。たしかオリックスかスプリングボックス。両方とも何度も見かけたのだけど、結局最後までよく違いがわからなかった。

公園の中に入って20分ほど進むとようやく砂丘が見えてきた。赤い、赤いぞ!

チュニジア 、アルジェリアと砂漠は見てきたけど、ここの砂は段違いに赤い。人を魅了する赤だ。そんな砂丘を見ながらまっすぐ進む道に興奮して、逆立ちをしたくなった男二人。なんで逆立ちかは特に意味はないのだけれど、絶景が広がる中、道の真ん中で逆立ちするなんて贅沢じゃない。

さらに10分ほど行くと、今度はひときわきれいな砂丘が現れた。ここソススフレイの中でも一番有名なDune45と名付けられた砂丘。砂の尾根、そして横からの朝日がつくりだす陰陽、他の砂丘と比べてもはっと目を引く美しいさだ。

ここDune45は砂丘のてっぺんまで登っていく人も多い。青空の下赤い砂山を登る人たち。

ここに登ろうぜ!とマイケルに伝えるも、もっと登るにはいい砂丘があるとのことで国立公園の奥まで進んでいく。もうこれ以上車では薦めない場所まで来て、ようやく車を降りた。ソススフレイの一番奥、Big Daddyと呼ばれる砂丘が僕らが目指す場所だ。

ここから見るとすぐそこに砂丘のてっぺんがある気がするのだけど、いざ歩き出してみるとなかなかてっぺんは近づいてこない。歩き始めて20分、ようやく砂山の麓にたどりついた。これは、かなりでかい!これが全部砂でできているなんて信じられないような高さだ。

砂の上を歩くと、一歩一歩砂に足が埋まっていく。それが斜面だったら埋まっていくことに加えて上から砂が落ちてきて、3歩進んでも2歩分ずり落ちていく。それでも砂が硬そうな場所を選んで 一歩一歩足を薦めていく。誰の足跡もない砂の上を歩くのは気持ちがいいけれど、ずぶずぶと砂の中に足が埋まっていくので大変だ。誰かの足跡をたどるより3倍くらいエネルギーがいる。

そんな僕らをあざわらうかのように、砂の上をすいすいとまるで泳ぐように動き回るふんころがし。あまりに軽やかに移動するので、腹いせに砂をかけて落としてやった。大人気ないって?砂の上ではそのくらい体力を消耗していて、余裕がなかったんです。それにしてもこのふんころがしって不思議な生き物だ。砂山以外では姿をあまり見なかったのだけど、砂の上では彼らの姿しか見当たらない。

登り始めて1時間半ようやく頂上が近づいてきた。ここまで標高で180mくらい登ったのだけど、砂はどんどん赤くなり、空はどんどん青くなってきた。マイケルによるとアフリカ大陸土地が作り出している鉄分が多く含まれているので、こんなに赤い色なのだとか。たしかにこのあたりの砂はまるで砂鉄のように黒みを帯びている。

2時間ちょうどでようやく頂上に到着!ビッグダディという名だけあって、周りのどの砂丘と比べても高い!眼下にはこれまで登ってきた僕らの足跡と、その向こうに見えるDead vleiのある白い粘土質の土地が広がっていた。青と赤と白。シンプルがゆえに美しい。

そして後ろを振り返ると、この世のものとは思えない不思議な光景が広がっていた。まるで雪山のような白、どうやってあの白い色は生まれたのだろう。

登頂の喜びを表すべく飛んでみた。この絶景を独り占め、これはかなり気持ちいい!

DAY7 後半へ続く。

Written by shunsuke

2011年12月19日 at 5:55 午前

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

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DAY6: 大草原の立派なホテル

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ナミビアで迎える最初の朝、首都のウィントフックも他のアフリカの都市同様、高地にあり朝方は息が白くなるほど冷え込んでいた。昨夜は暗くなってから到着したのでよくわからなかったけど、宿を一歩出ると道にはジャカランダが鮮やかな色をつけている。昨年のタンザニアでもきれいだったジャカランダ、ナミビアでも今は春真っ盛りの季節なんだね。

ナミビアでの最大の目的は赤い砂漠を見にいくこと。きっかけは、去年一緒にキリマンジャロに登ったスイス人Markusの一言だった。「今まで見た光景の中で一番fantasticだったとこと言えば、間違いなく僕はナミビアの赤い砂丘を挙げるよ」そんな言葉に乗せられてここまできてしまった僕ら。fantasticな赤い砂丘はここウィントフックから250kmほど南に行ったところのNaulkuft国立公園の中にある。

人口密度2人/km2のナミビアにはほとんど公共交通機関はないので、レンタカーを借りて自分で運転するか、ツアーに申し込むしかない。2泊3日で3,100N$(ナミビアドル、3万円くらい)のキャンプツアーが曜日限定での開催でタイミングが合わなかったので、僕とLは2泊3日で5,500N$(5万円ちょっと)の豪華ツアーしか選択肢がなかった。宿泊した老舗のゲストハウス、Cardboardboxの中にナミブ砂漠へのツアーも取り扱っているオフィスもあって、そこで事前にツアーを申しこんでおいた。

日程が限られているので仕方ない。ナミブ砂漠のキャンプツアーが週に1,2回しか開催されていないので、これに参加することを最優先に日程を組めばよかった。

午後出発のツアーまでの時間、せっかくなのでウィントフックの街を歩いてみる。街は首都だけあってきれいに整備されていて、昼間だったら問題なく歩くことができる。抜けるような青空をバックに白い建物と椰子の木が並び、開放的な気分になる。

こんな街の中心のオフィス街のカフェでランチ。メニューを見ると、チキン、ビーフと見慣れた言葉以外に、オリックスとかスプリングボックスとか何だか野性味にあふれた名前が並んでいる。食に関しては保守的な僕、無難にビーフステーキを頼むと大量のポテトと一緒に固い肉が出てきた。食べるのにも一苦労。

ツアーがスタートする13時ちょっと前に宿に戻り、いよいよ2泊3日の豪華ツアーがスタート。宿で迎えの車を待っていると、10人乗りくらいのマイクロバスがやってきて僕らをピックアップしていった。2泊3日5万円のツアーに参加する客はなかなかいないらしく、メンバーは僕とL、そしてアンゴラで働く日本人の計3名。

人口200万人のナミビア、一歩街を出るとそこはほとんど人の気配がしない世界が待っている。空港までの道は舗装されていたけど、そこを過ぎれば道も砂利道に変わり、道の両側にはどこまでもブッシュが広がっていた。

基本的にバスなどの公共交通機関はほとんどないので、旅行者もレンタカーで旅をする人が多い。そんな人たちのために30kmおきくらいの感覚でキャンプサイトが整備されていた。これにはびっくり。さすが元々ドイツ人が治めていた国だけある。

丘を越え、川を越えて3時間ほど未舗装の道を走ると、あたり一帯を見渡せる丘の上に着いた。これまでは高原地帯だったけど、ここから先は大西洋に向かってずっと平地が続いているらしい。そしてこの先に砂漠が広がっている。

出発してから4時間ほどで、今日と明日2晩泊まる宿にたどりついた。ブッシュと岩山の中にたたずむホテル。自然の中に溶け込んだデザインだ。

原野にあるからと侮ってはならない。冷暖房完備、プールまでついているリゾートホテルだった。車から降りてまず出てきたのはアプリコットのウェルカムドリンク。からからの大地を走ってきた僕たちにはとてもうれしい出迎えだった。

部屋に入ってみると、予想もしなかったふかふかベッドの立派な部屋。さすが3日5万円のツアーだけある。16組客が来ていたのだけど、僕ら以外はすべて白人の年配の方々だった。泊まっている方々の階層がはっきり分かれているのがとっても象徴的。

夕暮れまでの時間、周りをゆっくり散策する。なんとホテルの目の前のブッシュには9ホールのゴルフ場まであった。この遊び心がいいなあ。

夕日を眺めにホテルの前にある丘に向かう。宿の主人に丘の上から夕日が見たいと告げると、宿の犬が僕らを先導してくれた。

大きな岩だらけの丘を10分ほど登り、丘のてっぺんに到着した。てっぺんから見ると見渡す限りの平原、ところどころにポコポコ存在する岩山、そんな不思議な光景が広がっていた。

ゆっくりと沈んでいく夕日を眺める。人がいないってことは、何千年、何万年もまったく変わらない夕暮れの姿なんだよなあ。何万年も繰り返されてきた歴史の中に、自分という存在がいることだけでこの世に生を受けたことをありがたく感じる。こんな手付かずの自然に触れるたびに、僕はいつもそう感じる。生き物としての原点を忘れないように、その感覚を大切にして生きていくために、それが僕が旅をする原点なのかもしれない。夕日を眺めながらそんなことを考えた。

Written by shunsuke

2011年12月14日 at 11:11 午後

カテゴリー: 2011/09 Southern Africa

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DAY6: 時速200kmを初体験

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三日間過ごしたヒヴァにお別れをする日が来た。朝6時半、最後の日くらいは早起きしてみると、昼間のぎらぎらした日差しが嘘のように街はひんやりとした空気に包まれていた。街を歩くと、家々の前では外にベッドを出して寝ている人たちが目に入ってきた。きっと昼間の暑さが部屋にこもって夜も寝苦しいんだろう。中国でもよく見た光景だ。これだけ朝が涼しいと寒くないのか心配になってくるけど、外に寝られるってことはそれだけ治安がいい証拠だね。

宿の周りから足を延ばして城外にある市場に行ってみる。目の前ではスイカを運ぶトラックが横付けされ、その奥ではカラフルな洋服に身を包んだおばちゃんがトマトを大量に買おうと、トマト売りのおじちゃんと交渉している。城内の静けさと対照的に、この時間から行きかう人たちの熱気にあふれていた。

野菜、果物、そして日常生活品がずらりと並ぶ市場。その中でもやはり主役はスイカとメロンだ。どれもでかくておいしそう。

市場のはじのほうでぶどうを売っているのを見つけた。そういえば、まだウズベキスタンでぶどうは食べていなかった。そう思い一つ食べさせてもらうと、これがたまげるほど鮮烈なおいしさ。マスカットのような色、口の中に一粒入れただけでもやもやが吹き飛んでしまうような爽快な気分になる。結局のところ、これだけ昼と夜、夏と冬の寒暖の差が激しくて乾燥していると、植物は自分の身を守り子孫を残すため身に色々なものを蓄えるんだろう。その結果、果物はより甘く、野菜はより濃厚になる。ここはおばあちゃんから孫まで一家総出でぶどうを売りにきていた。こういう家族のつながりが残っているのを見ると、とてもほほえましくなる。

市場を散策し朝食をとって三泊した宿、ミルザ・ボシをチェックアウト。たまたま見つけた宿だったけれど、部屋も清潔な上朝食がとてもおいしくて大満足な宿だった。ヒヴァに行く方、B&Bに泊まるならミルザ・ボシがおすすめですよ。宿に行ったらこんな主人が笑顔で迎えてくれる。


ヒヴァまではおよそ450kmの道のり。まずはヒヴァの北門から乗り合いタクシーに30分ほど揺られ、ウルゲンチでブハラ行きの乗り合いタクシーに乗り換える。ブハラまで一人45,000スム(19ドル)400km以上もあることを考えると安い。いざ出発!と走り出して10分もしないうちに道端のメロン売り場に車を止めてメロンを切り始めた。やっぱり腹が減ったら運転も大変だもんね。それにしてもドライバーの彼、メロンの中にある種が身につかないようにきれいにメロンを切り分ける。

きれいに切り分けられたメロンに早速かぶりつく。毎日メロンを食べているけど、どのメロンも乾いた大地から吸い上げた貴重な水分が濃縮させたようにみずみずしい。僕らだけでなく、助手席に同乗していたお姉さんもオレンジの果肉にかぶりつく。水を飲むような感覚で果物を食べるんだなあ。

ヒヴァからブハラに向かう道はアムダリヤ川に沿って走る。道の両側にはヌクスまでの道同様に運河が張り巡らされ、その水を使った綿花畑が広がっている。運河から畑に水を供給する場所には水門があって、そこで水を調節できるようになっていた。

ブハラまでの道のりはまっすぐな一本道なのだけれど、いたるところで工事をしていて工事箇所になると未舗装の砂利道を進むことになる。舗装されている所でも風が強いこの場所では砂が道を覆いつくしている箇所もあった。そんな砂に車輪をとられたのか、トラックが一台横転中。

面白かったのはこのトラックにはスイカが積まれていて、助けを待つ間ドライバーたちはトラックのボディーの木陰でスイカを食べながら休んでいたこと。ここでは果物はいざという時の非常食になるんだね。

3時間ほどで道路工事の箇所を過ぎると、今度はドライバーが猛烈に飛ばし始めた。恐る恐るメーターを見てみると針が指している場所は、なんと200km/h。周りに砂しかない場所なので臨場感がないけれど、時速200kmは人生初体験だ。そんなドライバーの頑張りのお陰で6時間半でブハラに無事到着。この日は280年前に建てられてユダヤ人商人の屋敷をそのまま使った宿、Komilに宿泊。ふんだんに太い丸太を使った建物で、ベッドルームにも昔の彫刻や絵画が残されている。お金がかかっているなあ。これで一泊35ドルは安い。

街を歩くと、ヒヴァよりも人も街もこぎれいだ。道行く人たちの表情も服装も垢抜けている。

夕方、街一番の見所、カラーンモスクにやってくる。もう中は閉まっていたけれど、夕日を浴びた彫刻と壁の色が美しい。

ここで、タシケントの最初の夜に一緒にごはんを食べに行った韓国人一行とあった。写真の仕事をしているKevin、経済の先生をしているセミョン、日東電工で働いているトングン。年も感覚も近くて思わずはしゃいで、カラーンモスクをバックにジャンプするセミョン。


ヒヴァの街は暗くなるとすぐに人通りがなくなったけど、この街は暗くなっても通りがにぎやか。宿への帰り際にスークの前でガムを売っていたおばあさんと少し話す。まるで街の中に溶け込んでいるようなたたずまいが素敵だった。

Written by shunsuke

2011年9月24日 at 7:29 午後

カテゴリー: 2011/08 Uzbekistan

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DAY5:飛んで歌って、ごろ寝して。

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夜7時過ぎにガルダイアを出発したローカルバスは、途中のトイレ休憩を挟んで順調に砂漠の道を進んでいく。夜9時頃、立ち寄ったオアシスで食事タイムがあった。降りてみると、ものすごく香ばしい羊のにおい。たまらずに一本食べると、これがジューシーでうまかった。

その後も順調に走り、午前2時半に大きな街に止まった。「ティミムーンに着いたぞ」と隣に座ったおじさんが寝ぼけている僕の肩をたたく。着いたって、今2時半じゃない・・・ちなみに乗る時には朝7時に着くと言われていてちょうどいいからこのバスに乗ったはずだったのだけど。

まあ、着いてしまったものは嘆いていても仕方ない。荷物を持って降りると、当然ながら外は真っ暗。ガイドブックもないので、タクシーを捕まえてオテル、オテルと連発する。真っ暗な街の中をホテルを探して走るものの、3軒当たって3軒とも満室。4、5軒目はスタッフが起きても来ず、ドライバーも途方にくれてきた。いや、途方にくれるのは僕のほうですよ。

さあ、困った。どうしよう。こうなったら奥の手、ドライバーに家に泊めてとお願いしてみる。すると「俺の家はここから50kmくらい行ったところだけどいいか?」との返事が。いや、それはあまりよろしくない。ということで、朝まで車の中で寝袋にくるまって寝かせてもらうことにした。砂漠対策で持ってきた寝袋がこんなところで役立つとは。でも、こんな思いをするためにアルジェリアに来たはずじゃなかったのに・・・なんて惨めな夜なんだ。

寝袋でぐっすり寝ること3時間。ガチャっとドアが開き、カフェが開いたとドライバーが教えてくれた。そうだよな、彼も家に帰る必要があるだろうし、3時間寝かせてくれただけでも感謝しなきゃ。ということで、開いたばかりのカフェに行くと、なんか僕と同じように夜中にバスで到着した人たちであふれていた。

さっそく暖かいカフェオレを注文する。寝袋に包まっていたとはいえ、砂漠の街の夜は寒い。5℃くらいの明け方の街の空気の中で飲むカフェオレは身体の中にしみわたるおいしさだった。あー生き返るよー。

1時間半かけて3杯カフェオレを飲みながら明るくなるのを待つ。7時半を過ぎた頃、ようやく東の空が明るくなってきた。明るくなっていく空の青色を燃えつくすような赤だ。

8時になってようやく日が昇り、ホテルを探しに街を歩く。ちょうど今の季節はニューイヤーの休みということもあって、ここの街はアルジェリア国内からの観光客が多い。そしてホテルがどこもいっぱいらしく、みんなホテルの部屋がないと歩き回っている。どうしよう!泊まる予定だったキャンピングサイトもタクシーで行ったら追い返されてしまった。

街の真ん中にある博物館みたいな建物にフェスティバルの宣伝があった。どうやらこの地方の年越しを祝うお祭りが、12月27日から31日まで開かれているらしい。どうりでアルジェリア国内からの観光客が多いわけだ。

観光案内所に来てみると、同じくアルジェから夜中にバスで着いて泊まるところがない四人組と会った。四人組が大学生で少しだけ英語が話せることもあり、泊まるところどうする?と聞くと「案内所に民泊の案内があったのでそこに行ってみる」とのこと。アルジェリアで民泊!とても想像つかないけれど、ホテルがないことにはどうしようもなく、彼らについていってみるとこんな家に連れて行かれた。

中に入ると、こんな感じの部屋。ドミトリー・・・というかごろ寝。オーマイガー。昨夜がタクシーの後部座席で今日2010年最後から2番目の夜がごろ寝ですか。まあ、仕方ない。他に泊まるところないんだし。

宿も見つかったことだし、少し休んで午後に4人組とともに砂漠に繰り出す。ここティミムーンは赤い街並みと砂漠で有名なサハラのオアシス。車で10分くらい行くと、すぐ目の前に大砂丘が見えてきた。おーこれはでかい!

チュニジアのトズルやクサール・ギレンの砂漠もよかったけど、ここの砂丘はひとつひとつの山がとてもでかい。そしてどこまでも続いている。だけど車やバギーのアクティビティが盛んなので、かなり奥まで行かないと車のわだちだらけの砂しかない。初めて来た砂漠にはしゃぐ四人組。

風紋がきれい。まるで砂の上で波うっているよう。

30分くらいかけて誰もいない砂丘のてっぺんに到着。ここで持ってきたズブロッカで乾杯するGodzyとSofia。って、二人ともムスリムでしょ。

お酒が入り、かなりハイになってきた4人組。やっぱり砂漠に来たら飛んでおかないと。4人の中でのリーダー格、Said。

今度はオレ飛ぶぜ!と見事なダイブのGhilles。ほんとにこのまま飛んでいってしまいそう・・・みんなはしゃぎ方が若いなー

横を見ると、夕日を浴びて砂の尾根がきれいだった。

砂漠に沈んでいく太陽。長かった一日が終わっていくなあ。

宿に戻りご飯を食べると、夜の9時から年越しの祭りがあるとのこと。街の中央にある広場に歩いて近づいていくと、手拍子と歌声が聞こえてきた。この祭りはティミムーン近辺に住んでいるAhellil族の伝統的なスタイルを再現した祭りで、夜から始まって夜中まで歌を歌い続けるというもの。どうやら、UNESCOの世界無形文化遺産に指定されているらしい。http://info.endz.co.cc/2010/12/festival-of-ahellil-creates-party.html

白い民族衣装を身にまとったAhellilの人たちが、一人のボーカルと十数人のコーラスで手拍子でリズムを取りながら終わりのない歌を歌っていく。最初のほうは周りは聞いているだけだったけど、どこからともなく手拍子に合わせて手をたたき始め、次第にみんなで大合唱になっていく。

コーラスの女性たちはみんなたくさん耳飾りや首飾りをつけて参加している。それにしてもなんとも言えない独特な雰囲気。踊りだすわけでもなく、ゆっくりなリズムでの歌がひたすら続いていって次第に会場が一体となっていく。エルサレムの聖墳墓教会で皆で賛美歌を歌った雰囲気に少し似ているかもしれない。

結局会場には3時間ほどいて12時過ぎに帰路につく。最後は会場で仲良くなったアルジェから来た5人組と記念撮影。とっても長い一日だったけど、飛んで歌って、最後は民家でごろ寝。なかなかできない体験ができたので貴重な一日だった。

Written by shunsuke

2011年1月12日 at 9:29 午後

カテゴリー: 2010/12 Algeria

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DAY4:サハラの北の端で温泉につかる

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ガルダイア二日目、あまりに言葉が通じないことに嫌気が差してぐだぐだ9時ごろまでホテルでゆっくりする。ガルダイアのあとは砂漠にある赤い街、ティミムーンに行こうかとおぼろげながら計画していたのだけど、なんだか行く気もなくなってきた。うーむ、どうしようか。

さすがにおなかがすいてきたので近くのパン屋に入り、なんとかパンを購入。うん、やればできる。必要は発明の母だ。

旧フランス植民地であるアルジェリアでは、主食はパン。去年行ったチュニジア同様レストランにはたいていバゲットがかごに入って置いてあって、いくらでも食べてもいいところが多い。日本で食べるものよりも歯ごたえがあって、小麦の味がしっかりしている。

おなかが満たされたところで、バスターミナルに行ってティミムーン行きとアルジェ行きのバスを確認してみる。両方とも夜行バスであるらしい。せっかくここまで来たんだし、ティミムーンに行ってみようということで、夜6時半発のティミムーン行きバスのチケットを700AD(7ユーロ)で購入。

昨日に続きガルダイアの旧市街に向けて散歩する。旧市街への入り口にあるカフェを過ぎたところで「ニーハオ」といつもの挨拶をされた。話してみると地元の両替屋、彼の話によると「シノワが多いが、ジャポネも結構来るぞ」とのこと。そりゃ、クラブツーリズムさんが来るくらいですもの。

ガルダイアの広場に出ると、昨日のドライバーアハメッドにばったりでくわした。午後の予定を聞かれ特に何もないと答えると「ハマームに行ってみないか?ハマームナトゥラルだ」との誘いが。ハマームナチュラル、つまり温泉ということ?なに?サハラに温泉があるのか!それは行ってみたい!ということで、午後はアハメッドの友人オマルの車で温泉があるゼファナ(Zelfana)の街を目指すことになった。

ゼファナまではおよそ70km。オマルは片道1時間で行けるぞ、と言うけれど70kmを1時間ってめちゃくちゃ速くない?と思ったらこんな道で納得。走れど走れど、岩と砂しかない道が続く。

途中、ガソリン補充に休憩。そこのサービスエリアみたいなところで、何か食べるものを探していると、どこからともなく人が集まってきた。話してみると「ジャポネに初めて会ったよ!」とのこと。こういノリで何とかなる場は言葉が通じなくても問題ない。

ゼファナまではオマルの言ったとおりぴったり1時間で到着。さっそく街の中心にある温泉に向かう。温泉は入浴料500AD(5ユーロ)、物価を考えるとかなり高い。

中は中東のハンマームのような蒸し風呂を想像していたら、湧き出る温泉を利用した温水プールだった。入り口で水着をレンタルして入るタイプ。温度がぬるめなのでいまいちだったけど、久しぶりに湯船に使った気分ですっきり!そして温泉からあがってみると不思議なくらい肌がすべすべになっていた。サハラの温泉、効能もすごい。

「風呂上りに俺の紅茶はどうだい?うまいぜ」と、いい香りのするミントティーを売りにきたので一杯もらう。小さめのグラスに注がれた香りの強いミントティーを飲み干すと、砂糖のほどよい甘さとミントの香りが風呂上りにぴったりだった。お風呂上りはやっぱりおいしいねえ。うまそうに飲む僕を見てしたり顔のティースタンドの主人。かなり乾燥しているから知らない間に水分も失われているんだろうな。

温泉を満喫した後は18時半のバスに間に合うようまた来た道をガルダイアへと戻る。ガルダイアに近づくとこれまでずっとだだっ広い荒野だった大地に谷が刻まれているのが見えてくる。これがムザブの谷だ。こうやってほかの場所から来ると、ここの土地が谷間のオアシスに築かれた街だということがよくわかる。

「そうだ、絶好の夕暮れポイントがあるからそこに行こう」オマルがそんな提案をしてくれて、ムザブの谷へと降りる道の途中で車を止めてくれた。ここからまた昨日とは違った角度でベニイスゲンの街が一望できる。ベニイスゲンはよく見るとチュニジアのような水色を使った家が目立つ。昨日僕らが昇った見張り台に今日も誰かが上っているのがよくわかる。

右手に目を移すと丘の上にメリカの街が見える。元々この二つの街はそれぞれ丘の上に築かれた別の街だったのだろうけど、今では人口が増えて間がつながっている。こうして町並みを見ながらその街がたどってきた歴史に思いをはせるのは旅の醍醐味だ。きっと中世のラクダのキャラバンも同じ景色を眺めていたんだろうな。一目見てその街の歴史がわかるような町並みって見ていて飽きないよね。

どうだい。とニンマリ笑うオマル。いやあ、最高の場所をありがとう。

ホテルに戻り、今度はちょうど夕暮れの時を迎えたガルダイアの街をホテルの屋上から眺める。

二日間のガルダイア滞在最後の瞬間。深くなっていく空の青に差した燃えるような鮮やかな赤が印象的だった。この後バスに乗って砂漠の街ティミムーン(Timimoun)に向かう。

Written by shunsuke

2011年1月10日 at 11:38 午後