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キーンベック病 Index

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右手首の痛みが出てから2年の間、原因がわからなくて悩み、10軒近く病院に行ってキーンベック病という病名がわかってからも情報がなくて大変だった。手首の痛みで悩んでいる人、キーンベック病の治療で悩んでいる人、手術しようかどうか迷っている人。少しでもそんな人たちの参考になればと思い、僕のキーンベック病の経緯についてまとめてみました。

■体験記まとめ

キーンベック病体験記(1)キーンベック病ってこんな病気
キーンベック病体験記(2)手首の痛みの発症と初期治療
キーンベック病体験記(3)痛みの悪化と手術の決断
キーンベック病体験記(4)手術と術後の経過

キーンベック病体験記(5)プレートとボルトの除去 ←2013年5月更新!

■時系列まとめ

2006年5月:右手首に痛みが出始める。整骨院、病院へ行くが「腱鞘炎」と診断される
2008年1月:痛みが悪化し、何箇所か整形外科を回ったあと名古屋の中日病院の手の外科にたどり着きキーンベック病と診断される
2008年3月:ステージ3との診断され、これ以上の病状の進展を防ぐため橈骨楔状骨切り術および、月状骨への移植手術を決断
2008年5月:橈骨楔状骨切り術および、月状骨への移植手術。執刀医は中村寥吾先生
2008年7月:一ヵ月半でギブスを外しリハビリ開始。転勤に伴い、昭和大学付属豊洲病院に転院。
2009年4月:1年かけてほとんど骨がくっつく

2013年4月:手術の際に埋め込んだプレートとボルトを除去(通常は2、3年で除去)

■病気・入院レポート

ギブス(2006年5月)
手術と入院(2008年5月)
入院便り(2008年5月)
感謝のキモチ(2008年5月)

Written by shunsuke

2013年5月2日 at 6:12 PM

カテゴリー: キーンベック病

キーンベック病体験記(5)プレートとボルトの除去

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2008年5月のキーンベック病による橈骨楔状骨切り術および、月状骨への移植手術から丸5年。この2013年4月末にようやく手術の際に埋め込んでいたプレートとボルトを除去した。

以前の経緯はこちらを参照→キーンベック病 Index

手術で真っ二つにした橈骨をつなげるために、5cmのチタンプレートを5本のボルトで骨と固定、それを今回取り出した。別にボルトを摘出しなくても大きな問題があるわけではないが、日本だと僕のような30台の場合とりだすことがほとんどだそうだ。欧米の場合は取り出さないことのほうが多いとのこと。

僕が通っている昭和大学付属豊洲病院の富田先生によると、取り出したほうがよい理由は以下の二つ。①まだまだ骨が若いのでプレートを入れっぱなしだと骨がプレートに頼ってしまう。②万が一プレートがある場所を骨折した場合、骨が複雑な折れ方をしてしまう。前の手術痕からメスを入れて取り出すだけの簡単な手術なので2013年3月に手術を決断。4月末に手術を行った。

日程は全部で4日間。初日に入院、二日目に手術、三日目経過を見て、四日目に退院。昭和大学付属病院の場合、全身麻酔でやるのだが思ったより術後の気分が悪い時間が長くて大変だった。

2008年の手術後の写真

キーンベック病体験記(4)手術と術後の経過

こちらが5年間身体の一部だったプレートとボルト。取り出されてみると不思議な気分だ。ウユニ、キリマンジャロ、サハラ砂漠、パタゴニア。この5年間一緒にいろんなところへ行ったなあ。

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そして手術後に撮影したレントゲンがこちら。これまでプレートとボルトが埋まっていた痕がくっきり残っている。富田先生によるとこの痕は骨が次第に埋めていき半年もたてば元通りになるそうだ。

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術後はしばらく骨が痛い感覚が残ったけど、手術から5日ほどでそれもなくなり文字を書いたりキーボードをたたいたりするのも苦なくできるようになってきた。2006年から苦楽をともにしたキーンベック病の治療もこれで終了。これからの人生、再度悪くならないようにできる限り手首に負担をかけないようにしながら生活していきたい。

Written by shunsuke

2013年5月2日 at 6:06 PM

DAY1: 世界のハブ、ドバイ

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12月21日、定時に仕事を終え18日間の旅行に向けて成田へ出発する。今回は初めてのエミレーツ航空、年末年始のこの時期に北米経由便よりもだいぶ安く20万円ちょっとでブエノスアイレス往復チケットが買えたので、西回りで南米に向かうことになった。

エミレーツは話に聞いていた通り、各国からのCA、クルーが集まっていて、東京-ドバイの便でも英語、中国語、日本語、アラビア語、ロシア語、スペイン語、韓国語など10ヶ国語以上に対応していて、驚いた。ドバイで降りる際に米国籍のCAと5分ほど話をしていたのだけど、「各国から集まったクルーがそれぞれの文化を持ち寄りつつ、英語を共通の受け皿にして互いの意見をぶつけ合って仕事をしている」との彼女の言葉が印象的だった。

彼女によると、120カ国からのクルーが働いているとのこと。多国籍企業とかグローバル企業とかよく聞くけれど、これほどバランスよく世界の国から人が集まっている国、企業も少ないだろう。UAEがもともと人的資源が少ないこともあるけれど、世界から人をドバイに集めてくるとの戦略を垣間見た気がした。

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もうひとつ感じたエミレーツ航空のすごいところが、どこのアライアンスにも属さずにこれだけ各国にフライトを飛ばして人をドバイに吸い寄せていること。スターアライアンス、スカイチーム、ワンワールドと3つのアライアンスのどこかに属する航空会社がほとんどの中、エミレーツは各個別の航空会社との提携にとどめて独自路線を貫いている。エミレーツ航空の目的が、航空会社として利益を上げることもそうだけど、トランジットを含めてドバイに人を吸い寄せることにあるからなんだと思う。

エミレーツはドバイ政府が運営している国営企業だ。そして元々石油で財を成したドバイは2000年代からドバイを観光立国にすべく、人を引き寄せる仕組みを生み出し続けてきた。世界各国とドバイを結ぶ便を充実させ、どの航空会社よりも早く最新の航空機を導入し、適度な価格で素晴らしいサービスを提供して、ドバイを通じて世界の人を結びつける。ドバイに人を集めるという国家戦略を実行させるための手段、それがきっとエミレーツ航空の位置づけなのだろう。旅行客にエミレーツを選択してもらいドバイに寄ってもらうよう、どこのアライアンスにも属さずに自らが世界のハブを目指す。そんなドバイとエミレーツ航空の野望を感じた。

ちょうどドバイは空港50周年だそうで、50年の変遷を写真で展示していた。30年前まで何にもなかったこの場所が世界のハブになっていくなんて、当時は誰も予想できなかっただろう。

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東京からドバイまでは12時間、2時間のトランジットの後さらにリオデジャネイロ経由でブエノスアイレスまで19時間、合計で33時間。南米は遠いぜ。

Written by shunsuke

2013年1月7日 at 6:32 AM

新年の挨拶とご報告

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新年あけましておめでとうございます!

報告が遅れましたが、昨年11月20日に入籍をし苗字が変わることとなりました。聞いたところによると、結婚の際に97%の夫婦が男性側の苗字を選択するとか。ということは僕は3%しか経験できない貴重な経験をしたことになる。どちらにしても34年の独身生活と16年間の一人暮らしにピリオドをうったのは感慨深いです。これからは家族とともに歩む人生をみなさんと共有していきたいと思うので引き続きよろしくお願いします。

さて、今年の新年はパタゴニアで年越しでした。18日間の休みをもらい、イグアスの滝で水浸しになり、世界最南端の町ウシュアイアでペンギンと鳥とアシカとたわむれ、フィッツロイとパイネの山々を歩き、氷河を探検してきました。何も言わずに送り出してくれた妻に感謝、ほんとありがとう。

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今年は家族と過ごす時間を大切にしていきたいので旅に出る機会も少なくなると思いますが、皆さま今年もよろしくお願いいたします。

Written by shunsuke

2013年1月6日 at 6:51 AM

風の国パタゴニアへ

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今年の年末は18日間で南米パタゴニアに行くことになりました。イグアスの滝で水しぶきを浴び、世界最南端の街ウシュアイアでビーグル号がたどった海をクルーズし、ペリトモレノの巨大な氷河の上を歩き、  チリのパイネとフィッツロイをトレッキング。

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実は今年の年初から企んでいて、上司を説得しながら休みを無事に確保。会社の同僚、そして理解してくれる妻に心から感謝です。

思えば僕が初めて「パタゴニア」の名前を聞いたのは、今から20年以上前のこと。椎名誠さんの「パタゴニア」を88年くらいに読んで、それ以来あこがれの土地だった。

「いつかはクラウン」ならぬ、「いつかはパタゴニア」。

今回改めて読み直して、パタゴニアに吹く風と原野を埋め尽くす一面のタンポポの光景に思いを馳せてみた。風の国、パタゴニア。どんな景色との出会いが待っているのか、想像するだけで興奮してくる。

ちょうど今はブエノスアイレスまでの経由地、ドバイに到着したところ。ではではいざパタゴニアへ!

Written by shunsuke

2012年12月22日 at 12:05 PM

カテゴリー: 2012/12 Patagonia

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北海道/つくばマラソン完走!

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もう三ヶ月くらい前のことになるけど、8月26日に北海道マラソンを無事に完走しました。5時間の時間制限があって、なおかつ真夏に開かれる大会なので走りきれるか心配だったけど、ネット4時間45分台で無事に走り切れたのですよ。去年のつくばマラソンで5時間24分かかったことを考えると、これはうれしい。

札幌は小学校1年の秋まで3年間住んでいた思い出の地で、この年になって久しぶりに訪れてみて改めて今の自分を形作っているものの原点がある場所なんだなと感じた。走っている途中に昔の記憶の断片を探りながら、豊平川の流れを見て鮭の幼魚を放流したことを思い浮かべたり、ビルの間に挟まれた時計台を見ながら家族で来たことを思い出したり。

そして、マラソンのゴール前に忘れられないことがあった。

ゴールまであと1kmほどの北海道庁で70歳くらいのじいちゃんが一人トランペットで北の国からを演奏していたんだ。40kmを過ぎて気持ちも身体もへとへとで限界に近づいていたそんな時に、あのメロディが耳に入ってきて、そしたら3年間の間に家族で訪れた北海道の各地の思い出がフラッシュバックのようによみがえってきた。空を埋め尽くすような然別湖の星空、圧倒された知床の自然。もう25年以上も前なのにほんと不思議なくらい鮮やかによみがえってきたんだ。その瞬間、限界に近づいていたことと懐かしさの気持ちがあふれて涙が止まらなくなってしまった。もう、ほんとサングラスしていてよかったよ。

30歳を過ぎていっそう涙もろくなってきたけれど、こんなに涙が止まらないのは5年ぶりくらいの経験だった。

そして11月にはつくばマラソンを4時間38分で完走。一週間前まで風邪を引いていて途中10日間も走れなかったことを考えるとまあまあの出来。だけど、今年の目標にしていた4時間切りは来年に持ち越しだね。

肝心の体重はマックスの73kgから5kg減って68kgになった。だけど思ったより減っていないし、脂肪も落ちていない気がする。来年こそさらに肉を落として4時間切りを目指したいと思います。

Written by shunsuke

2012年12月11日 at 4:39 PM

コーカサス旅行 Index

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■日程:2012年4月27日~5月7日

■旅程
4/27 SU261 成田 (NRT) 1200 モスクワ (SVO) 1710
SU1852 モスクワ 2035 バクー (GYD) 0035 (+1day)
4/28 バクー →
4/29 → トビリシ (Tblisi)
4/30 トビリシ → メスティア (Mestia)
5/1 メスティア → ウシュグリ村 (Ushguli)
5/2 ウシュグリ村 → メスティア → トビリシ
5/3 トビリシ → エレヴァン (Erevan)
5/4 エチミアジン → ゴリス (Goris)
5/5 ゴリス → タテヴ (Tatev) → エレヴァン
5/6 SU1865 エレヴァン (EVN) 0700 モスクワ (SVO) 0850
SU262 モスクワ 2000 成田 1020

■日記
DAY1:広いぜロシア!
DAY2:新しさと古いものが同居する街、バクー
DAY3: モスクの国から教会の国へ
DAY4: 塔が建ち並ぶ谷
DAY5: 雪山と新緑、そして血塗られた村
DAY6: グッバイ、ウシュグリ
DAY7: 山と教会の国、アルメニア
DAY8: 谷の町ゴリス
DAY9: 崖の上のタテヴ
DAY10: モスクワの街を戦車が走り抜ける

コーカサスで感じたこと

Written by shunsuke

2012年11月13日 at 8:12 PM

カテゴリー: 2012/05 Caucasus