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Archive for the ‘2010/10 Kilimanjaro’ Category

DAY8:埃にまみれたタンザニア、快適なケニア

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ナイロビまでのバスに乗るため、この日は朝5時に起きる。昨夜は12時過ぎまで騒いでいたので、さすがに起きるのがきつい。おまけにひどい二日酔い・・・楽しい夜のあとには必ずそのツケが来るものだ。

予約していたriverside社のピックアップは時間通りにホテルにやってきた。アフリカ、とくにブラックアフリカは時間にいい加減というイメージがあったけど、モシに着いたその日のキリマンジャロ空港でのピックアップをのぞけば、今回の旅行ではどれも時間に正確だった。このシャトルも40USDでホテルまで迎えに来てくれて、そこからナイロビの空港までダイレクトに送ってくれるのはとても便利。

ホテルを時間通り朝6時に出発。これでキリマンジャロともお別れだ。最後に見た朝焼けを浴びた姿も美しかったなあ。キリマンジャロ、楽しい時間をありがとう!

僕らをホテルでピックアップした車はアルーシャ(Arusha)の街のターミナルに向かい、そこでマイクロバスに乗り換える。乗り換えの時間が少しあったので道を歩くと、街路樹が鮮やかな花を咲かせていた。ナイロビでもこの紫色の花を見たけれど、すごく印象的な色だった。こんな街路樹、アジアにはないよね。

アルーシャからケニアの国境までは一本道をまっすぐ北上して一時間ちょっと。 道の両側には乾いたサバンナが広がっていて、時々そこに住んでいるマサイたちにすれ違う。

道はところどころ未舗装で、僕らの乗ったマイクロバスは乾いた埃を巻き上げながら国境へと向かっていく。対向車が来るとあたり一面真っ白になってしまうのだけど、ドライバーは速度を落とすことなく進んでいく。これ、ちょっと怖い。

車が巻き上げる埃で道の両側のサバンナは真っ白。ちょっと不思議な風景だ。

国境を超えると、ケニア側に同じriverside社のバスが数台待っていて、ナイロビ市内と空港行きに乗客は分かれて乗る。とっても便利。ケニア側の道はタンザニアとは違ってすべて舗装されていて快適なドライブ。こんなところはケニアとタンザニアの国力の差が出ているなあ。バスはトラブルもなく順調に14時にはナイロビ空港に到着。オーバーヒートとかパンクとか、いろいろ覚悟していたんだけどあっけないくらいスムーズだった。

ナイロビの空港に無料wifiがあったので、たまっていた仕事のメールを処理する。中国は休みだけど、日本は通常通り仕事をやっているので容赦なくメールがたまっていた。帰りももちろんエチオピア航空。相変わらず機内放送のアムハラ語アナウンスと、セーフティガイドのCGがとてもシュールで気になって思わず写真撮っちゃった。エチオピアの母語アムハラ語、小人が踊っているようにしか見ないのは僕だけだろうか。

この後はナイロビからアジスアベバで北京行きに乗り換えて、一路中国に戻り結婚式に参加です。

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Written by shunsuke

2011年4月17日 at 10:49 PM

カテゴリー: 2010/10 Kilimanjaro

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DAY7: 解放された夜

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Climbing day 6: Mweka Camp(3,100m) – Mweka Gate(1,800m) 10km

6日間のキリマンジャロ登山も今日が最終日。昨夜は初日以来4日ぶりにまともに眠ることができた。やっぱり高度が下がってきたからなんだろう。症状は重くなかったけど、寝られなかったってことは僕も高山病にかかっていたんだろう。

この日は半日かけてゆっくりとゲートまで下っていく。シャワーを浴びることができるのはうれしいけれど、この楽しかった時間が終わってしまうのはとっても寂しい。こうしてスタッフが用意してくれた豪華な朝ごはんを食べることができるのも今日が最後。スープから始まってソーセージにパンにフルーツ。ポーターが6日分を持ってあがってくれて、しっかり毎日こんな朝ごはんが出てくる。それって考えてみたらすごいことだよ。

食事の前にはこうしてボウルにお湯を入れてテントまで持ってきてくれる。この水もポーターが運んできてくれているもの。洗い終わった水はポータブル水洗トイレの水として使われて、しっかりリサイクルされる。このお湯で顔を洗うのも今日が最後なんだな。

最後の記念にLarahaはじめポーター、コックたちと記念写真。僕の荷物を持ちながら僕より後にテントを担ぎ、僕より先に次のキャンプについてテントを建ててくれていたスタッフ。彼らがいなかったらキリマンジャロ登頂は難しかっただろうな。改めてありがとう!

この日はゆっくりと9時に出発。昨日の頂上アタックの疲れがものすごく残っていてひどい筋肉痛。体の節々がギシギシ音を立てている感じだ。そんな身体を強引に動かして、1時間ほど下っていくとまた熱帯雨林の世界に戻ってきた。木々の木陰の道に入ったとたんに乾いていた空気が湿り気を帯びてくる。森は命の源なんだな。

昨日までの砂と岩の世界からくるとすべてのものが美しく、いとおしく見える。登りの時に1.5割増し。特に花の色がきれいだ。こんなにあざやかだったっけ?

とってもでかくて太い木があったので、KarinとLarahaの三人で記念撮影。幹に空洞があって、まるでトトロが中に住んでいそうな大木だった。

出発して2時間半ほどすると、下り坂が平らになってきた。足元を見るとなにか黒いものが動いてる。近づいて見るとアリの大群。日本で見るアリの二倍くらいの大きさのアリが長い列をなして道を横断している。中には踏み潰されたのか死んでいるアリもたくさんいた。だけどアリたちは屍を乗り越えて黙々と前進していく。とても不思議な光景だった。

足下にはアリ、そして頭上を見上げると猿。Larahaによるとブルーモンキーとのこと。結構人に慣れているのか、近くまで近づいてきた。日本では猿って見慣れているけれど、実はヨーロッパにはほとんど生息していない。だから欧州人はみな興奮気味にシャッターを切っていた。

4時間ほど歩くといよいよゴールが見えてきた。ゴールにある広場が近づくにつれ、6日間歩きとおすことができた達成感と、この楽しかった時間が終わってしまう一抹の寂しさが入り混じって複雑な気持ちになっていた。

この6日間、ずっと行動をともにしたLaraha。Moshi近辺の村の8人兄弟に育って、人一倍頑張りやな彼。ガイドの仕方をめぐって最初の二日間はずっと議論しっぱなしだったけど、なかば八つ当たりのような僕の質問や意見にもひとつひとつしっかり答えてくれた。年下だけどアニキのようなそんなLaraha、6日間改めてありがとう。

ゴールのMweka Gateでは昨日Markusたちと先に下りたJohnが待っていて、僕らを迎えてくれた。その後ZARAのバンに乗りホテルに戻って6日ぶりのシャワーを浴び、Marcoと一緒にMoshiの街に繰り出してドライバーおすすめのKilimanjaro Coffee Loungeでカフェタイム。

ドイツの元軍人で10年の軍役を終えた後、今はDanzigにある大学院で学生をやっているMarco。この旅の中でまるで昔からの親友のように仲良くなった。彼はベトナム人の両親を持つ彼女がいるのだけど、キリマンジャロに誘っても着てくれなかったらしい。ドイツにベトナム人の移民がいるのが以外だったけど、旧東独にはけっこういるんだって。知らなかったなーそれにしても頂上アタックして、その日にMoshiまで戻ってきたアンタはすごいよ。

夜は5人のTeam Kilimanjaroで最後のパーティ。これまで登山中は飲めなかったビールをたらふく飲んで、お互いの仕事の話や人生の話に夜中まで盛り上がった。ひと仕事をやりとげた、そんな解放感を感じた夜だった。

ニューヨークで会社経営をしているLise、高山病の症状が出ながらも翌日のプラニングの時など常にパーティのベストを尽くせるようにリーダーシップをとってくれていた。2児の母ながら会社を経営して友達とキリマンジャロまで登りきちゃう、とても50歳を過ぎているとは思えないバイタリティ。こういう風に年をとっていきたいなあ。

オスロで教師兼ヨガの先生をしているKarin。喘息を抱えながら5,500m以上まで行ったのはすごい。「もっと食べなきゃだめよ」と男三人に対していつも気遣ってくれた彼女はパーティのビッグママだった。3児の母で教師とヨガの先生をやりながら、Liseや同級生の友だちと今でも年に数回旅行に行く彼女もエネルギーの塊のような人だった。

スイスのインテリMarkus、アメリカンな英語でちょっと斜めに構えながらもジョークが好きなシャイボーイ。今はアフリカ縦断の旅の途中。フランス語、ドイツ語、英語。どれをとっても何語が母国語なのかわからない上、とても頭がいい。ヨハネスブルグまで気をつけて行ってこいよ!

そして一緒にピークに登頂したMarco、同い年ということもあり仕事からプライベートまで一番よく話をしたなあ。また今度一緒に山に登りに行こうぜ。

Written by shunsuke

2011年4月17日 at 8:03 PM

カテゴリー: 2010/10 Kilimanjaro

DAY6: てっぺんから朝日を見たら涙が止まらなかった

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Climbing day 5: Barafu Camp(4,670m) -Uhuru Peak(5,895m) – Mweka Camp(3,100m) 22km

頂上アタックの日、23:00にシュラフを抜け出し準備にとりかかる。結局この日もほとんど寝ることはできなかった。これで三日連続。それでも頂上アタックへの高揚感か不思議と高山病の症状もなく疲労もほとんど感じない。待ちに待ったアタックを前にして身体の中からエネルギーが湧き出てくるような感覚だ。

「23:00に朝食のビスケットを運ぶよ」と言っていたアシスタントガイドのNikkiは結局23:40にやってきた。こんな大事な日に、と思ったけどポレポレの国だから仕方ない。口に出すとそれがパーティの雰囲気にもつながってしまうこともあるので、ここは言いたいことをこらえて飲み込んだ。この日は頂上まで登った後さらに3,100mくらいのところまで下りる長丁場、朝ごはんはしっかり食べておかないと。

0:10にようやくパーティ全員の準備が終わり出発。今思えばここでアタック前の記念写真でも撮っておけばよかったけど、実のところそんな余裕はなかった。パーティの調子はMarcoを除いて相変わらず万全じゃない。特にMarkusは咳が出始めていて風邪の具合いが悪化しているようだ。

僕らは4,670mのBarafu Campからキリマンジャロ・キボ峰のMachame Routeにある外輪、5,745mのStella Pointを目指す。頂上まで登ってそこから下りてくることを考えると、登るのにあまり時間をかけすぎることはできない。

月明かりが照らす岩と砂利の道をヘッドライトを頼りにして登っていく。登り始めた時から喘息持ちのKarinのペースが上がらずに、僕らは彼女のペースに合わせてゆっくり登っていく。僕自身の体調はかなりいい。ボリビアのワイナポトシの時よりも呼吸も楽で、ほとんど息が乱れない。Marcoとの間ではジョークを交わす余裕もあるくらいだ。

登り始めて2時間弱が経った2時頃、5,000mを突破。途中5分ほどの休憩をはさんで二時間弱で300m、最初考えていたペースよりもかなり遅い。日の出は6時前後。それを考えると頂上から日の出を見るにはあと800mを4時間で登る必要がある。

どうしても頂上から日の出を見たい僕としては少し焦るけれど、ここまで一緒に登ってきたパーティの仲間と一緒に頂上に登ることほうが大切だ。2時30頃、Markusがリタイア。かなり風邪の症状が悪化しているらしく彼自身の判断でリタイアを決断したようだ。「これより高く登って動けなくなる可能性を考えるとここでリタイアするよ」咳をすることで相当量の酸素と体力が失われていく。5,000mを超えた場所でのその消耗は相当なものだったと思う。残念だけど彼の咳の具合いを考えると賢明な判断だった。

5,000mを過ぎた頃からKarinの足取りは更に重くなった。時計が3:00を指した時点で5,130m。ここ一時間で130mしか高度を稼げていないことになる。呼吸がぜいぜい言っているのが後ろを歩いている僕まで聞こえてきて、こちらが気の毒になってくるくらいだ。それでも歩みを止めないKarin、その根性はすごい。

3:30、5,200mの地点でとうとうKarinが歩けなくなった。「Liseも高山病の症状が相当ひどいから私と彼女はJohnとゆっくり頂上を目指すわ。あなたとMarkusは二人で頂上を目指して」仲間からのその言葉を聞き、僕とMarcoそしてガイドのLarahaの三人で先に頂上を目指すことになった。

Stella Pointまではおよそ550m、アタック開始時には5人のメンバーに3人のガイドがいたけれど、残っているのはもう3人。これまでのペースを取り戻すべく僕とMarcoはペースを上げて登っていく。ここまでくると僕とMarcoも会話をする余裕がない。何かを考える余裕すらない。ただ足を動かし、足を動かすために呼吸をする。

Karinたちと別れてから1時間、4:30に長めの休憩をとる。標高5,500m。1時間で300m稼いだことになる。これまでのペースの二倍。ザックを置いて岩に寄りかかると、これまで張り詰めていたものが切れたのかどっと疲れがでてきた。Marcoはまだ足取りもしっかりしているし、呼吸にも余裕があるけれど正直なところ僕には限界のペースだ。

そんな僕に気がついたのかLarahaがとっておきのものを出してくれた。ポットに入れた熱くて甘い紅茶。一口飲んだだけで、疲れと寒さで固まった体中の筋肉と心がほぐされていくように、体中に染み渡っていく。Larahaありがとう。なんかエネルギーが沸いてきたよ。紅茶と一緒に中国から持ってきたオレオでエネルギー補給。泣いても笑っても日の出まで1時間半。Marco、Laraha、残りの仲間の分まで登ろうぜ。

紅茶で復活したものの登り始めて10分もしないうちに言えようもない疲労感が襲ってきた。身体が重く足が進まない。そして猛烈に眠い。前を行くMarcoに遅れないよう気力を振り絞り足を進めていくけれど、ふと意識を失いそうになる。考えてみたら丸3日も眠れていないのだから当たり前だ。おい、俊介ここは気合いだ気合しかないだろ。そんなことを言い聞かせながら、何回か意識を失いそうになりながらも踏ん張りひたすら上を目指す。

そして5:30、とうとうStella Pointに到着。僕とMarcoもザックを投げるようにして下ろし、言葉にならない歓喜の言葉を叫びながら抱きあう。Marcoありがとう。Marcoがいなかったら僕も諦めていたかもしれない。一緒に登れたからここまで来れた。後ろを振り返るとちょうど月と同じ方角から空が明るみ始めていた。

これまで登ってきた道の向こう側から明るくなっていく空を見た瞬間、いろいろなものがこみ上げてきて思わず泣いてしまった。涙が一筋流れるとかではなくて号泣してしまった。なぜだかはよくわからない。キリマンジャロでここまでたどり着いた達成感だけでなくて、南寧で一年ちょっと孤独に耐えながら手探りで生きてきたこれまでの苦労が思い出されたのかもしれない。涙を流したらちょっと肩の荷が楽になった気がした。

15分ほど休み、キリマンジャロの最高地点Uhuru Peakに向けて歩く。もう頂上の一端には来ているので、富士山に例えるとお鉢めぐりみたいなものだ。6:00過ぎに朝日がようやく顔を出した。

横を見ると氷河が朝日に輝いてキラキラ光っていた。150年前はそのほとんどが厚い氷に覆われていたキリマンジャロの頂上も、今では部分的に氷河が残るだけになっている。

氷河の近くを歩いていると数分置きにピシピシッと大きな音が聞こえてくる。Larahaによると、氷河が進んだり、溶ける時にこの音が聞こえてくるんだそう。このペースで氷解が進めば2020年にはキリマンジャロから氷河がなくなってしまう可能性が高いとか。今数mあるこの氷河もなくなってしまうのか。メルー山をバックにした氷がきれいだった。

6:43、出発から6時間半かけてUhuru Peakに到着。よく見るこの頂上の看板の前でMarcoと一緒に記念撮影。下のほうに誰かが持ってきたのかタルチョがかけられてあった。

Uhuru Peakからクレーターを見下ろすと溶け残った雪がポツンと残っていた。ちょっとさびしそう。スキーヤーの三浦豪太さんは30年前にこのクレーターをスキーで降りていったらしい。今ではどこにもそんなことができる場所がありそうにない。

僕もMarcoもかなり疲れていたので名残惜しい気持ちを振り払って10分ほどでUhuru Peakをあとにする。さっきまで登ってきた石と砂利に覆われた外輪山の道を一歩一歩思い出に刻むように下っていく。このあたりの様子は富士山の頂上にそっくりだ。

30分ほどかけてStella Pointまで戻る。そこで最後になったクッキーをおなかの中に入れ、Barafu Campまで1,000mの道のりを下っていく。あれだけ辛かった道のりも下りは楽勝。砂走りの要領でサンドスキーをするみたいに駆け下りる。同じ道なんだけど、登ったときは真っ暗だったので周りを見ていないので全く別の道を歩いているみたいに楽しむことができるのはいいね。

MarcoとLarah、二人とも下りは楽しそう。それにしても空が青い。

9:00、5時間かけて登った道を1時間半で下りきってBarafu Campに到着。ひとまずすべてをほっぽりだし、テントに入って横になる。もう体力もひざもすべてが限界!

昼過ぎ、Larahaに起こされ目が覚める。他のテントを除くとKarinだけがいた。彼女とLiseは5,600mくらいのところで朝を迎え引き帰してきたとのこと。そしてLiseの具合が悪化したのでLiseとMarkusは今日中にふもとまで下ったらしい。僕と一緒に到着したMarcoもそれを聞いて一緒に麓まで向かったようだ。Marco、お前すごすぎるよ。

からっぽになった胃袋にひさしぶりの温かいご飯を流し込み、12:30Barafu Campを出発。Karinのペースにあわせるようにゆっくりゆっくり下っていく。

3時間かけて3,100mのMweka Campに到着。まるで口元が勝手ににやけてくるような登頂を果たした充実感と、いろいろな荷が下りたような安堵感、そして猛烈な疲労に襲われて食事をとってすぐに寝てしまった。長い一日だった。

Written by shunsuke

2011年3月6日 at 10:56 PM

カテゴリー: 2010/10 Kilimanjaro

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DAY5:やるべきことはやった、あとは登るだけだ。

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Climbing day 4: Barranco Camp(3,950m) – Barafu Camp(4,670m) 13km

4日目の朝、この日もほとんど寝付けずに6:30に目が覚めた。昨日しっかり上って下りたのにまだ身体が順応していないのか、丸二日間寝られていないことになる。幸いなことに頭が痛かったり、気分が悪かったりすることはなく身体はかなり軽い。

この日は翌未明のアタックに向けて早めに次のキャンプに着く必要があるためいつもより一時間くらい早く起床し、出発の準備をする。寝られていないこと以外はすべていたって順調。お通じもバッチシだ。このトイレもポーターが運んでくれ、水を入れれば水洗で流せるようになっている。もちろんトイレを囲むテントも排泄物もポーターが運ぶ。Larahaの話によると、このトイレ関係は仕事を始めたばかりの新米ポーターの役割らしい。そうだよな、トイレ運ぶよりかはテントとかのほうがいいよな。

7:30に予定通り出発。まだ谷に太陽の陽が射し込んでいない中を目の前の崖目掛けて歩いていく。途中小さな川を渡ったときに足を滑らせて右足がひざまで泥だらけになってしまった。氷河を源流にしているのでとにかく水が冷たい!朝からついてない。

50分かけて標高差200mくらいあるBarranco Wallを登り切る。崖の上からキャンプサイトを見下ろすと、この谷が氷河によって削られた侵食谷であることがよくわかる。そして上を見上げると迫力のある氷河が目の前に迫っていた。いよいよ頂上が近づいてきたぞ。

ここでETH Zurichの力学のスペシャリストMarkusと重力の話になる。彼いわく4,000mを越えているのだから酸素が薄くなることにより重力が小さくなることで、物理学的には身体は軽くなっている。だけど酸素が薄くなることによって肉体の運動機能が落ちているから感覚的には重くなる。結局平地と比べて軽いのか重いのか?ということで飛んでみた。

結果、飛ぶことについては確かに平地よりも軽かった。間違いない。だけど高く飛んだせいで右ひざを少し痛めた。アホか、俺。Markus、議論を振るのはいいけど自分も飛ぼうぜ。僕より若いんだし。

ここまでくるとセネシオ以外の大きな植物はほとんど目にしない。足元もいかにも火山ですよ!という感じのごつごつした岩だらけになっていく。そんな中僕らは黙々と歩を進める。右ひざ痛い・・・

そんな僕を横目に今日もポーターたちはすいすいと登っていく。彼らはもちろん登山靴なんてはかない。さすがにキナバル山のようにサンダルということはないけれど、みんなスニーカーで重い荷物を担ぎながら登っていく。

11:30、今日は早めに出発したこともあり、昼ごはんもいつもより早めにとる。1時間ゆっくり食べて砂糖たっぷりいれた紅茶でリラックス。歩いているときはもちろん薄着なのだけど、いったん止まると標高4,000mの風が容赦なく身体を冷やす。そんな中食事用のテントに入り温かくて甘い紅茶を飲むとほんと生き返るよ。もう外に出たくなくなるもん。やっぱり殿様登山最高。

あーもうこのままここでゆっくり休みたいなあ、なんて甘ったれた気持ちにムチを入れて午後ひたすら単調な景色の中を登っていく。もうセネシオもいない砂と石の世界。こんな目の前にドーンと高い壁が現れたら登る気なくすよ。

寝不足の僕だけじゃなく、他のメンバーも体調がすぐれない。ノルウェーからの二人LiseとKarinは高山病とぜんそくの症状が出ていて、スイスのMarkusは風邪が悪化している。ただ一人ドイツの元軍人Marcoだけは元気いっぱいだ。こういう時に10年の軍隊経験って強いよね。

しかも歩きながら聞いたところによると、彼は一週間山の中で食料なしで過ごすような特殊訓練もつんでいるらしい。「あの時は俺自身、自分が獣になったようだったよ」だって。そりゃ、これくらいなんともないよな。みんな足が重い午後の行程も彼は一人余裕顔。

15:00、ようやく本日のキャンプ地Barafu Campに到着!サイトに張られたテントのカラフルな色が見えたとたん、みんな急に陽気になった。みんな今日はがんばった!

さすがに標高4,500mを越えると風が強い。ガスが出ては消え消えては出て右から左へ流れていく。ここBarafu Campから眺めたキリマンジャロの最高峰Kibo Peak、明日はここからあの雲の向こうの頂上へ登っていくのか。いよいよクライマックスだ。

流れていくガスの中を鳥が気持ちよさそうに飛んでいた。僕らの身体はこんなに重いのに、なぜそんな軽々と飛んでいくのだろう。少し恨めしく思った。

明日朝0:00の出発に備え17:00に夕食。毎晩夕食の際にガイドリーダーのJohnが翌日のブリーフィングをしてくれるのだけど、今晩は少し特別なメッセージだった。

「喘息の症状とうまく相談しながらここまで来たKarin、高山病の症状も気力でやっつけてきたLise、風邪が悪化する中その気配を感じさせなかったMarkus、いつもみんなをフォローしてサポートしてきたMarco、そして皆を元気づけてきたShun、5人ともよくやった。ここまでくれば80%は登頂したも同じだ。やるべきことはやった、あとは登るだけだ。あとは我々がみんなを頂上まで連れていく。ゆっくりでも構わない、休み休みでも構わない、プロフェッショナルである我々がみんなを連れて行く。みんなであの頂に立とう!」

John、泣かせるなよ。話している内容は特別なことは言っていないのだけど、一言一言メンバーに伝えていく彼の話しぶりが心にしみて目頭が熱くなった。登頂前から泣いてどうする。でもみんな思うところがあるらしくじっと彼の言葉に耳を傾けていた。

彼には元々別のパーティだった僕とLarahaが合流したことを快く思っていなかった節があり、僕もあまりいい印象を抱いていなかった。だけど彼はすばらしいリーダーだ。この一言で僕らパーティの結束を限りなく強くしてくれた。

寝る前に目の前にたたずんでいたMawenzi Peakを目に焼き付けて寝床に入る。John、改めて勇気が沸く言葉をありがとう。

Written by shunsuke

2011年2月26日 at 10:18 PM

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DAY4: 奇妙な植物とアフリカンダンス

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Climbing day 3: Shira Camp(3,850m) – Lava Tower(4,590m) – Barranco Camp(3,950m)  13km

7:10、登山三日目の朝、夜からほとんど寝ることができずに目が覚めた。気分もテンションも最悪朝だ。寝袋の中に入るまではなんともなかったのに、身体は疲れているのに寝つけない。これが高山病の症状なのかな。

テントの外に出てみると霜が下りていた。赤道直下のキリマンジャロだけど、もうここは4,000m近く。快適なテントに豪華な食事、すっかり殿様気分になっていたけど、こういう風景を目にすると改めて山の上にいることを実感する。

8:30、Shira Campを出発。この日は高度順応日ということもあり、4,500mまで登って再び4,000mまで下りる行程。アップダウンがあるのでひざが弱い僕には要注意な日だ。まずは昨日と同じような見晴らしのよい石と岩の道を登っていく。今日も朝は天気がいい。

どうやらMarkusの体調が悪いらしい。当初から風邪気味だったけど、あまり寝られていなくて悪化しているみたいだ。Liseも寝られていないみたいだし、寝られずに苦しんだのは僕だけじゃない。そう思うと少し元気づけられてきた。ただ一人絶好調なMarco。

僕らが登っている尾根沿いのルートとは別のルートでLemoshoからのパーティが同じBarranco Campを目指して歩いていた。こういうの絵になるなあ。

この日も昨日と同じく10時を過ぎたあたりから雲が出始め怪しい天気に。そんな中黙々と歩き14時に本日の最高地点4,500mのLava Towerに到着。Lava Towerとはこの地点にあるぽっかり浮かんだ岩のことらしい。なんだかミャンマーのポッパ山みたいだ。岩の上に立っている人と比べてみてもらうとわかると思うけど、この岩かなりでかい。

パーティの中で疲れがある三人を除き僕とMarcoで岩に登ることに。ほぼ垂直の岩の壁を登っていく。MarcoとアシスタントガイドのNikkiは余裕っぽいけど、ここはかなり本格的。

20分ほどで岩を登頂。さすがにこの岩の上は見晴らしがよくてサイコー!

岩を征服した余韻にひたっていたらプルルルッと音が鳴り、Nikkiが携帯で話し始めた。えーこんなところまで携帯の電波届いてんの!!よりによって岩の上まで!何かあった時に携帯が通じるのは安心だけど、ちょっと冒険ムードは薄れるなあ。

名残惜しい気持ちを残してLava Towerをあとにして今日の宿泊地Barranco Campまで下り始める。するとLava Towerから少しいったところに草食動物らしい白骨が置かれていた。これはここまで動物が登ってきたってこと?

Larah曰く、「肉食動物に追いかけられると草食動物はどこまでも逃げてしまう、そして肉食動物も獲物を追いかけてどこまでも上がってしまうことがある」んだって。たしかにヘミングウェイが描いたキリマンジャロ頂上の豹の存在も納得がいく。

4,500mのLava Towerから3,950mのBarranco Campまでの道は谷を一気に下る道。登りの時は下を見ることが多いためゆっくりまわりの景色を楽しめなかったけれど、下りの時はゆっくり景色を楽しめる。逆に景色に見とれて足元が危ないんだけどね。

と、突然現れたでかいサボテンのようなもの。これがジャイアントセネシオ。キリマンジャロ山やケニア山にしか生息していないキク科の植物で、厚い葉で茎を覆うことによって高地の厳しい気候に絶えられるよう進化してこの形になったとのこと。何がすごいってとにかくジャイアント。

下の茶色の部分が枯れた葉で、上の緑が生きている葉。老兵ただでは死なず。枯れてしまってもしっかり茎を守っているのがすごい。

セネシオ三連発。こちらが僕らが見たThe most giant one。Laraheの身長が190cm近いので、このセネシオは5m近くあったことになる。

こちらはもう一つのキリマンジャロ名物、ロベリア。こちらも厚い葉が茎全体を覆っている不思議な植物。注目してほしいのはこの見事なまでの丸みを帯びた身体のラインと愛嬌のある形。実にかわいらしい。

このロベリア、葉をめくると紫色の花を咲かしていた。こんな鮮やかな花が葉の中に隠れているなんてほんとに不思議!

17:30過ぎにようやくBarranco Campに到着。見晴らしのいい場所に位置していてこれまでのキャンプサイトの中で一番美しいサイトだった。キャンプから見上げるピークもだんだん近くなってきたぞ。

夕飯までの間キャンプサイトをぶらついていたら、急ににぎやかな歌声が聞こえてきた。近寄ってみると、ポーターやガイドたちが歌にあわせて踊っている。

楽しそうだったので思わず僕も飛び入り参加、ボンバーイエーボンバッとリズムに合わせて歌いながら踊ると1分たたずに息が切れてきた。踊りながら仲良くなったPatrickの話によると、いつもこのBarranco Campで登山の安全を祈り、キリマンジャロへの敬意を示すために踊るそうだ。あまり深い意味はないみたいだけど。

このPatrick、僕と同い年で2年前からポーターを始めたとのこと。キリマンジャロ周辺には観光産業以外ほとんど現金収入のチャンスがないんだ。外から来た人が満足して帰っていくことができて、地元の人間もハッピーに暮らせて、この先祖から受け継いだキリマンジャロの自然を後々まで残していけるようなそんなビジネスにしていかないとだめなんだ。と熱く語る彼の口調が印象的だった。最後はみんなで記念写真。ボンバーイエッ

Written by shunsuke

2011年2月25日 at 2:32 AM

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DAY3: It’s awesome!!

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Climbing day 2: Machame Hut(2,900m) – Shira Camp(3,850m)  7km

すっかり放置していたキリマンジャロの続きを。

登山二日目、この日は7時に目が覚める。標高3,000m近いのだけれど、ぐっすり休めて気持ちのいい目覚めだった。筋肉痛もないし、なかなか快調な滑り出しだ。外に出てみると、KarinとLiseが泊まっているテントのようすがなんだかおかしい。どうやらLiseが高山病の症状を訴えているらしい。ゆっくり水分補給しながら登っていこうと皆で励ます。

朝ごはんもしっかりコックが料理してくれる。スープからパン、ソーセージと普段の朝ごはんより立派なくらいだ。登山者一人につき2人から3人がついているんだから当たり前といえば当たり前か。自分でやっておいて言うのも何だけど、食料だけじゃなくて食事用のテントからテーブルと椅子もパーティごとに人力で持ちあげていく登山スタイルは植民地時代の名残が強くてどうも苦手だ。

8:00に朝食を済まし、8:30出発。この日は3,100mのMachame Campから3,840mのShira Campまで7kmの行程。6日間の中で一番短いけど、3,000mを越えた後は急に高山病の症状が出る人が多いので高度順応のためにもゆっくりゆっくり歩いていく。そんなゆっくり歩く僕の横をポーターたちが抜かしていく。食料、テント、そしてトイレまで。全部を運ばせる登山スタイルはやっぱり苦手だ。

30分くらい歩いたところで、見晴らしのいい場所にたどり着いた。昨日から歩いてきた道が一望できて、いよいよ登山ムードが高まってきた。ここから見てもBeard Lichenだらけだ。Larahはちょっと疲れ気味。

この日は10時を過ぎると雲が出始め、次第に小雨が降ってきた10月頭は雨が少ないシーズンなんだけど、長い登山こういう時もあるさ。僕らパーティも雨対策。

12:30にランチポイント到着。小雨が降る中ポーターが先に準備して食事用のテントを立ててくれていた。殿様登山サイコー!!苦手とか言っていたけど、いいものはいい。

標高が3,500mを越えるともう高木は見当たらない。生えている植物も苔っぽいものだったり、とげとげがあるものだったり、気温の変化や乾燥に耐えられるようなものが多くなってくる。

登山道も岩場が増えてくる。

眼下の雲、目の前のガス。

途中、三途の川に来てしまったのではと錯覚を覚えるような光景に出会った。Larahによると、誰かが登山の記念に石を積み始めていつの間にかこんな高さになったとのこと。賽の河原で石を積むという信仰は日本だけだろう。説明するのに時間がかかった。

15:30、本日の宿泊地Shira Campに到着。キャンプサイトの向こう側に見えるのがLemoshoルートの登山道。このキャンプサイトでLemoshoから来たパーティに会ったけど、出てくる言葉がamazing!! fantastic!! awesome!!(only American)と絶賛の嵐だった。アメリカンは何でもawesomeだ。そしてそれをヨーロピアンは馬鹿にしてる(笑)

早めに着いたので、高度順応のため荷物を置いてもう少し上がってみることにした。Larahと一緒に30分ほど自分の最大の速度で登り、300mくらい高度を上げてみる。この高さになっても思ったよりもハイペースで登ることができる自分にびっくり。まだまだ捨てたもんじゃないな。キャンプに下りると夕日が最高にきれいだった。左側に見えるのはメルー山(4566m)、そしてたたずむマルクス。

今回はがんばって三脚を持ってきた。三脚使ってこの夕暮れをパシャリ。混ざりそうで混ざらない青と赤の色合いがきれいだ。awesome!!  わざわざ持ってきた甲斐があったなあ。今晩もおいしいご飯を食べてゆっくり休もう。

Written by shunsuke

2011年2月24日 at 12:55 AM

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DAY2: 愛嬌たっぷりの人たち

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Climbing day 1: Machame Gate(1,800m) – Machame Hut(2,900m), 18km

キリマンジャロ登山出発の朝、ぱっちりと6時に目がさめる。心配していた長時間のフライトによる時差ボケもまったくなくて頭も身体もスッキリ。最高のコンディションだ。ベランダに出てみると、もう地元Moshiの人々の生活が始まっていた。

8時過ぎに今回の登山を依頼したオペレーターが迎えに来た。今回依頼したのは、ウェブで「テント施設と料理がいい」と評判だったZara Tours(http://www.zaratours.com/)。マチャメルート5泊6日、ガイド1人、コック1人、ポーター3人付きで1,400USD(チップ含まず)。ネットで調べる限り入山料が100USD/日くらいかかり、そのほかの費用を含めるとだいたいこのくらいの相場になる。

Zara Toursでレンタル予定だったダッフルバッグとストックを無事レンタルし、9:30に同じマチャメルートに登る10人くらいのメンバーとオペレーターの車でMoshiの街を出発。途中最後の買い物に寄ったスーパーマーケットでキュートなおばちゃんが見送ってくれた。こっちの人はみんな抜群に愛嬌があるなあ。やっぱり大切だよね、愛嬌。人を構成する要素で一番大切なんじゃない?外国で仕事をしている最近はそんな風にさえ感じることもあるよ。

標高800mくらいのMoshiの街から1,800mのMachame Gateまで、コーヒーや紅茶、バナナを栽培するプランテーションを両手に見ながらキリマンジャロの裾野を登っていく。1時間ちょっとで出発点Machame Gateに到着し、入山手続きを済ますといよいよ登山開始だ。

今回は僕一人で申し込んだのだけど、一人で登るのは寂しいので他の4人組と一緒に5人で登ることにした。その今回のTeam Kilimanjaroのメンバー。左からドイツの軍隊に10年いた同い年のMarco、真ん中がメンバー最年少でアフリカを4ヶ月旅行中ののスイス人Markus、オスロでヨガの先生をやっているKarin、同じくノルウェー人だけどアメリカで仕事しているキャリアウーマンLise。この後6日間ほぼ24時間行動をともにすることなるメンバー、飛び入りした僕を暖かく迎え入れてくれた最高の仲間たちだった。

この日の行程は登山のウォーミングアップのような感じで、緩やかで整備された道をひたすら登っていく。最初は手付かずの熱帯雨林の中の道を進んでいく。さすが手付かずの自然。花もあざやか。

6日間の行程、といってもポーターが各登山者に3人ずつついて荷物や食料を運んでくれる殿様登山なので、僕らのザックは20-30ℓの小さなもの。小さいけど、ポーターたちは下の写真のようにみんな頭に荷物をのっけてすたすた登っていく。

ポーターの真似をしてみるLise。地元のポーターたちは時に手すら使わずに運んでいくけれど、僕らにはバランスをとることすら難しい。みんなすごいバランス感覚だ。

我々のパーティのアシスタントガイドNikki。タンザニアは第一次世界大戦までドイツ領だったこともあり、ドイツ風の名前が多い。地元出身の彼、やっぱり愛嬌たっぷりだ。

2,500mを過ぎた頃から木々の枝に白い変なものがぶら下がっているのを目にするようになってきた。ガイドのLarahに聞いてみると、「これはBeard Lichenだ」とのこと。調べてみると木に寄生するこけみたいなもの。たしかに白いものがぶらさがっているようすは老人のひげそっくりだ。

3時間ほど登っていくと、頭のずっと上まであった木が次第に低くなってきた。

そして4時間半ほどで本日のキャンプ地Machame Hutに到着。到着するとすでに先を歩いていたポーターたちが僕らのテントを建てて料理を作っていた。こりゃ、楽だ。

初日はコックの手間がかかったのか、19時過ぎにようやく食事。夕食前に眺めた夕日、「沈まぬ太陽」の本の表紙を思い出させるような夕日でとても印象的だった。

Written by shunsuke

2010年11月1日 at 9:44 PM

カテゴリー: 2010/10 Kilimanjaro