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Archive for 3月 1st, 2010

DAY6: ベルベルの街、タタウィン

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朝焼けとともに目が覚め、タクシーでバス・ステーションに向かう。朝から感じのいいおっちゃんのドライバーと出会い話がはずむ。こういう観光地じゃない場所でこそ、その国やその国の人々のありのままの姿が見られることが多い。もちろん有名な観光地は外せないけれど、あまり観光客の来ないこういう場所って結構好きだ。
 
 
2TD払ってバスターミナルから7時30分のタタウィン行きの乗り合いタクシー、ルアージュに乗り込む。アラブのほかの国同様、チュニジアでもこの乗り合いタクシーが町と町との間を結んでいてとっても便利。中東ではセルビスって言ってたっけ。チュニジアではこの赤ラインが目印。
 
 
海に近いメドニンから内陸に入ったタタウィンに向かっていくと、すぐに緑が消え乾燥した茶色の土地になっていく。カルタゴの時代は肥沃な土地だったらしいけれど、今は海沿いの少しをのぞいて農業は厳しいらしい。そんなところにでも街路樹として見慣れたユーカリが植えてある。
 
 
メドニンからタタウィンまでは一時間かからずに到着。ここからクサール・ギレン、ドゥーズに向かうツアーを組むため旅行代理店を探すがここでアクシデント、尋ねるタクシードライバーたちが誰も代理店の場所知らない。こりゃ、困った。結局観光案内所に行くと、ようやく一軒だけあるらしいエージェントを紹介してもらえた。だけど「やっているのは一軒だけよ」だって。
 
英語が通じるエージェントでタタウィンからベルベル人の村、シェニニ(Chenini)と廃墟ゲルマサ(Guermassa)に寄り、クサール・ギレンに一泊、そして翌日ドゥーズまで抜けるツアーを組んでもらう。が、いかんせん一軒しかないと言われたエージェント。今がシーズンオフだからどこもやっていないのか、本当に一軒しかないのかわからないけれど比較対象がないと「こんなの高い!ほかに頼むよ」とも言えず、30分ほど交渉して一人240TD(1万5000円)で話をつける。高くついた。
 
ま、こうなったらとことん楽しむか。その前に一時間ほどタタウィンの町を歩く。ここまで来るとチュニスにいる人たちとは明らかかに違う人ベルベル系の人たちが暮らしている。肌の色だったり、着ている服だったり。
 
 
街中の風景もちょっとワイルドになっている気がする。
 
 
ここでようやく朝ごはん。スークにあったスタンドでパンにたまねぎ、オリーブ、チキン、パセリと焼きたての卵をはさんで食べる。これが抜群においしかった。
 
 
香辛料がカラフル。
 
 
そしてお皿の色もデザインも見ていて飽きない。買って帰ろうかなあ、でもこれ持ち帰るの大変だなあ。
 
 
チュニジアは中学校から第一外国語としてフランス語を教えているとのことで、ほとんどの人がフランス語を解すのだけれど、ここまで来るとフランス語を解さない人も結構多い。おじちゃんもアラビア語オンリーだった。
 
 
チュニスもそうだったけれど、町を歩いているといたるところに絵心あふれるお店があった。こういうの好きだ。
 
 
ここは床屋さん。ここに入ればみんな彼のようにバッチリ決まるんだぜ。
 
 
スペシャリテコロネ・ドゥ・ガゼル。
 
 
なかなか密度の濃い一時間を過ごしていよいよクサール・ギレンに出発。まずはベルベル人が今も住むシェニニの村に寄る。ベルベル人はもともと平地に住んでいたのだけれど、アラブ民族の南下にともなって争いが激化する中で、砦も兼ねて山の上に家をつくるようになったとか。ここの村では今でも200人くらいが暮らしているらしい。
 
 
次に寄ったのは廃墟ゲルマサ。30年くらいまでは人が住んでいたらしいのだけれど、今ではみんな山を降りてすぐそばの平地に集落をつくっている。水をふもとから運ばなきゃいけなかったりするわけでそれも納得。
 

 
ゲルマサの廃墟から来た道を眺める。下に見えるのが今のゲルマサの村。
 
 
ゲルマサの廃墟で一人おじちゃんがたたずんでいた。昔の墓が残っていて、たまにこの廃墟に来て墓参りをしているとのこと。もう廃墟はどこも屋根が崩れてしまっているのだけれど、それでもゲルマサの人たちが山を下りても昔の家のすぐそばに住むのは、ここに残っているものを守るためなのかもしれない。
 
 
DAY6後半に続く。

 

Written by shunsuke

2010年3月1日 at 3:02 午前

カテゴリー: 2010/02 Tunisia

DAY5: ひたすら南下、再びハマム

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チュニジアでの初めての朝、かなりぐっすり寝て8時過ぎに目が覚める。昨日意気投合したYさんと10時過ぎに宿を出発することを確認し、朝のメディナを歩いてみるとたくさんの猫が迎えてくれた。不思議なことに猫はどこにでもいたのに犬はほとんど見かけなかった。食べられたのかな?いや、まさかね。

青!といえばシディ・ブ・サイド(Sidi Bou Said)が有名だけれど、チュニスのメディナでも白い壁にチュニジアンブルーが映える。

今日は日曜日なので、普段騒々しいスーク(市場)も空いている店は少ない。静まり返ったメディナは厳かな雰囲気が漂っていた。

われわれ二人の目的地は赤い砂の砂漠、クサール・ギレン(Ksar Ghilane)。そこに行くにはとりあえずチュニスから南下してドゥーズ(Douz)やマトマタ(Matmata)、タタウィン(Tataouine)など最寄りの街でランドクルーザーをチャーターする必要がある。

かなり行き当たりばったりの我々は、とりあえずバス・ステーションに行き早くに出発するバスに乗ることに。だけど長距離バスは朝の時間帯に集中しており、11時を過ぎてノコノコバスターミナルに向かった我々の選択肢は多くなく、選んだのは所要8時間ほどのタタウィンに近いメドニン(Medenine)行きのバス。23TD(2000円ちょっと)ほど払って乗り込み、バスは南へ向かう。

天気は絶好。こんな青空の日にずっとバスの中にいるなんてもったいないなあ。道はすいているのだけれど、こうして街に着くたびにターミナルに寄るのでなかなか時間がかかる。

海岸沿いを走るバスの車窓には一面オリーブ畑が広がっていた。

スース、スファックス、ガベスと停車していき、日が暮れていく。

予定ぴったり8時間でメドニンに到着。疲れていたのですぐに宿を探すがシャワーのない宿しか見つからない。仕方なくそこに決め、Yさんと一緒に近くのハマムに行くことに。二日連続のハマムだけれど、昨日と違ってほとんど匂いもせず清潔。あまり観光地でもないメドニンのハマムに来るツーリスト、しかも東洋人は珍しいらしくみんな暖かく迎えてくれた。

この日は、ぽかぽかに温まった後すぐにベッドの中にもぐりこむ。明日はいよいよ砂漠で砂まみれ。

Written by shunsuke

2010年3月1日 at 1:29 午前

カテゴリー: 2010/02 Tunisia